恋するキモチ


<4>


「亮ちゃんっ。おばちゃん、キャベツを千切りにしてって頼んだわよね?・・・・・・亮ちゃん!」
「えっ?あっ・・・・・・」
目の前に、みじん切りのキャベツ。
「す、すみません・・・」
「亮ちゃん、今日おかしいわよ?」
そう、おれは今日仕事に集中できていない。
さっきはエビフライをから揚げと間違え、その前はのり弁にのりを乗せるのを忘れた。その前は・・・・・・

おれは、この弁当屋の厨房でバイトさせてもらっている。
オヤジさんとオバサンは、おれの事情をわかってくれた上で雇ってくれ、レジに出なくてもいい厨房での勤務にしてくれている。

なのに、今日のおれ、失敗ばっかだ・・・だって、あいつが来るって言うから・・・・・・
バイトがバレたのも、あいつがここに弁当買いに来たからだし、家近いのかな?その割りに、もう何年も見かけないぞ?
「あら〜センセ!今日は早い時間にどうしたの?」
パートの向井さんの響く声。センセって言ったぞ?
出来た弁当をカウンターに差し出す小窓から覗くと・・・・・・あいつだった!やっぱ来やがった!
だけど、ドキドキしてる・・・おれ・・・・・・
「成瀬、時間だ。上がっていいぞ」
オヤジさんがおれに袋を差し出す。
頼んでおいた我が家の本日の夕食。いつも半値で提供してくれる。
「オヤジさん。今日はすみませんでした!」
一礼すると、「次からはしっかり頼むよ!腹空かして待ってる坊やたちに早く食べさしてやれ」と、包みを入れた袋を握らせてくれた。
通りに出ると、片岡が待っていた。
「送ってやるよ」
止めてある車に向かうのはいいけど、おれは乗るのを躊躇った。
今朝聞いた、二ノ宮の言葉が頭をよぎる。




―――片岡、ぜってー人を乗せないんだと―――



ドアを開けないおれに気づいて、先に運転席に乗り込んでいた片岡が、窓を開けた。
「何してる?さっさと乗れよ」
「先生、誰も乗せないんじゃなかったの?生徒は誰も乗ったことないって聞いたけど」
すると、片岡はククッと笑いを漏らした。
「な〜に気にしてんだよ、おまえらしくもない。それに、おれたち付き合ってるんだろ?おれはお前が好きなんだからいいんだ。おまえには乗る資格があるんだ。早く乗れ」
おれが・・・好き?
ははっ、そうだよな?おれのこと好きだから、付き合おうとか言ったんだもんな?
わかってたはずなのに、こっぱずかしくてたまらない。
「行くぞ?」
促され、おれは車のドアを開けた。





弁当屋から自宅まで、電車で3駅。車だと20〜30分てとこか?
車内には、おれが聞いたこともないような音楽が流れていた。またそれが、片岡に似合っている。
「先生、なんでおれのバイト上がる時間知ってるんすか?」
タイミングよく現れすぎだ。
「圭に聞いた」
「圭?」
「そっ、二ノ宮圭。おれの従兄弟」
・・・・・・はぁ〜〜〜?い、従兄弟???
「い、従兄弟って!」
「知らなかった?」
平然と言ってのける片岡。
「まぁ、誰にも言ってないからな〜」
ふふんと鼻で笑う片岡。笑いごとじゃねえっつうの!
「で、何で今日来たの?」
「デートに決まってんじゃん」
・・・・・・デ、デート〜〜〜?
だめだ、おれ、こいつの一言一言に振り回されている・・・疲れた・・・・・・
「学校じゃ、マズイだろ?かと言って、おまえはバイトで忙しそうだし、休みの日に連れ出すのもな・・・」
何だ、おれに気ぃ使って、一週間も放りっぱなしかよ・・・
で、なんでおれはここで残念だと思ってしまう・・・?
「一週間、淋しかったか?」
心を読まれた気がして、ドキッとしたが、すぐさま否定した。
「な、なんでおれが淋しがるんだよ!変なこと抜かすな!」
片岡は、またククッと笑って「まあいいけど」と言った。
何か、その余裕が気に入らない。付き合ってくれといったのは、あいつのほうなのに、おれのほうが振り回されて、かき乱されて・・・面白くないぞ?
「先生ってさぁ、ホモなの?」
おれのそんな言葉にも、動揺のひとつも浮かべない。
「いや、おれは根っからのオンナ好きだけど?」
「じゃあ、なんでおれなんだよ」
「―――なんでだろな・・・?だけど抱きたいって思うのは、おまえなんだよな〜」
だ、抱きたいだと〜?おれはおまえの性欲の対象かよ!
一体何なんだ!こいつはよ!
「成瀬はどうなんだ?」
「何が?」
「おまえ、モテるんだろ?圭が言ってたぞ?」
「二ノ宮が?」
「おう。毎朝聖マリの子が騒いでるらしいじゃないか」
「まあね。おれってかっこいいからさ」
そう言ってやった。どういう反応するんだろ、こいつは・・・
「そうだな。おまえ、かっこいいよ。オンナはおまえに守られたいって思うんじゃねえの?けど・・・」
「けどなんだよ!」
「―――まあいい」
んだよっ。気になるじゃねえか。そして続いた言葉にさらに驚いた。
「圭がさ、ぐずぐずしてるとオンナに取られるぞって言うから、焦って告白したんだ」
「二ノ宮・・・?」
「あいつ、おれの気持ち、ずっと知ってたらしいから」
二ノ宮・・・なかなかの食わせ物だぜ!
「先生こそ、そんなにかっこいいならモテるだろ?」
「成瀬は、おれのことかっこいいと思ってるんだ」
あわわわ、つい本音を言っちまった。
「モテたって仕方ないだろ?好きなやつに好きになってもらえないなら、いくらかっこよくたってモテたって何の意味もない。おれは、成瀬が好きなんだから」
本日二度目の告白。
なぜ、こいつはそんなことを恥ずかしげもなく言えるんだ?
それが、経験豊富なオトナってやつなのか?
そのまま沈黙が続いた。
カーステの音楽だけが流れる空間。
だけど、昨日より居心地がいいと感じるのは気のせいなのだろうか?

「さ、着いたぞ?」
気がつけば、家の前だった。
「そうだ、成瀬」
片岡は後部座席に置いてあった紙袋をおれに渡した。
「実家から、大量に肉送ってきたんだ。おれ、あんまり肉食わないから、おまえん家の兄弟で処分してくれ」
もしかして、これ、おれに渡したかったのか?
「ありがと、せんせ」
おれは素直に受け取った。
シートベルトを外し、ドアと開けようとした時、腕を引っ張られ、振り返ると、片岡の顔が目の前にあって・・・
な、なに〜〜〜〜〜?
「じゃ、また明日な」
片岡は、見たら百人が百人ホレるぞと言うような、ニヒルな笑みを残して去っていった。
おれ・・・キスされちまった・・・片岡に・・・オトコに・・・・・・
でも、少しの嫌悪感もないのは・・・なぜだ・・・?






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