恋するキモチ


<3>


おれの朝は早い。
4時半に起きて、身支度だけ整え、近所の新聞販売店へ向かう。
そこのおじさんは昔から知りあいで、おれの家庭の事情も知っているため、校則違反の高校生も雇ってくれて、しかも自転車で廻れる範囲の場所を担当させてくれている。
おれは、毎日、一時間みっちり配達をこなす。
家に帰ると、洗濯機を回し、朝食の準備をしながら、弁当を3つ作り、7時になると兄弟を起こし、洗濯物を干す。
朝食はなるべく一緒にとるようにしている。いろんな連絡事項もあるからだ。
「今日はかあさん、夜勤明けだから、家にいると思うけど、ちゃんと休ましてやれよ?」
「わかってるよ、兄ちゃん今日バイトは?」
そう聞くのは、二番目の康介。中3.。学年トップの成績の持ち主。おれの手伝いを進んでしてくれる。
「今日は弁当屋だ。だから、晩メシ待ってろ。おかず持ってかえってくるからな」
やり〜おれ、から揚げが食いて〜」
これは、三番目の純平。中1。とにかくやんちゃで手がかかる。
「ぼくは、エビフライがいいな〜」
最後が、陸。小3.オヤジが死んだ時まだ小さくて、こいつはオヤジたるものを知らない。いわゆるおれがオヤジ代わりだ。
「つうわけだから、メシだけ炊いとけ!」
「康介、よろぴく」
「純平!おまえは何でいつも康介に押し付ける!それに呼び捨てはやめろ!兄貴だろうが!」
おれは、純平を注意するが、これも毎朝のこと。
「おれは、何かと忙しいんだよっ。その点、康介は真っ直ぐ家に帰ってくるからヒマだろ?」
「純―――」
「いいよ、兄ちゃん。おれがやっとくから。洗濯物も取り入れとくから」
ほら見ろといわんばかりの純平。
だけど、おれもオフクロのあの姿を見るまではそんなだったから仕方ないか。まだ中1だし、いつかわかる時がくるだろう。

「亮兄ちゃん、もう時間なんじゃ・・・・・・」
陸が、テレビの占いを見ながらおれに言った。
そう、おれがいちばん早く家を出なくちゃいけないのだ。

「じゃあ、ちゃんと戸締りして行けよ!後片付け頼む!」
弁当をカバンにつめこみ、靴を履いた。
後ろで、「じゃ、康介、お願いな」そう言う純平の声が聞こえた・・・・





********





おれの通う明倫館高校は、いわゆる金持ちのボンボン学校だ。
寄付金がたんまり集まるから、おれのようなヤツの学費免除制度を実施することが出来る。聞こえはいいが、税金対策ってとこか。

だからなのか、おれにはあまり友達がいない。
類は友を呼ぶという格言は的を得ていると思う。
奨学金を受け、バイトのために付き合いが悪いやつと仲良くしようなんて、そんな奇特なやつはこの学校にはいない。

「オッス!今日もかっこいいね〜」
その奇特なやつのひとり、二ノ宮圭がおれの背中をバシッと叩く。
「ほらほら、聖マリの女の子が見てるよ」
うちの高校は、幼稚園から大学まで、カネとある程度の頭があればエスカレーターで進める。
地元でも有名で、この制服は男子高校生の憧れらしい。と同時に、女子高生の憧れでもあるのだ。

聖マリとは、最寄り駅が同じの、聖マリア女学院。有名なお嬢様学校だ。
おれは、これでもなかなかモテるのである。自分でもけっこうイケてると思ってたりして。
身長だって高いほうだし、あの美人のオフクロにそっくりらしいのだ。
多少は自信を持っていいだろう。

そして、この奇特な友人、二ノ宮圭も、なかなかかっこいいのだ。
おれらふたりは、毎日駅で、女の子の熱い視線を浴びている。
二ノ宮とは、入学と同時に知り合い、同じクラスで名簿が続きだった。
クラスの9割が内部進学ですでに出来上がっている中、二ノ宮が声をかけてきた。
彼は外部進学だったらしい。ここの外部受験は、かなり難関だ。
それを突破してきただけあって、かなり物知りな彼とは会話が弾んだ。
それから2年、信頼のおける友人、親友ってやつになった。

「うるせ〜二ノ宮を見てるんじゃないのか?」
「いや、おれらふたりだろ?かっこいいからな」
冗談とも本気ともつかない口調で、さらっと言ってのける二ノ宮と学校へ向かう。
「おまえ、昨日、片岡の車で帰ったろ?」
二ノ宮に突然、指摘されて、おれはびっくりした。
「えっ?な、なんで?」
明らかに動揺してしまったおれを、全く気にすることのない二ノ宮。
「いいって隠さなくても!ちらっと見ただけだから」
にやりと不敵な笑い・・・なんだ?
「おまえさ、こんなウワサ知ってる?」
「ウワサ・・・?」
「おう、片岡ってきれいでかっこいいじゃん?うちは男子校だしさ、いろんなヤツがいるじゃん。ましてやずっとエスカレーターでオトコに囲まれて多感な思春期を過ごしてりゃ、おかしくなるヤツだっているだろうしな。そんなヤツらにとっちゃ、片岡はたまらんわけよ」
「たまらんって・・・」
「まあまあ聞けよ。で、いろんな方法でアプローチをかけるわけ。でも、片岡は冷静に全部処理してくんだ」
「へ、へぇ〜」
「そして、こんな話が蔓延してる。あの片岡の助手席に乗るのは誰か・・・?」
「―――は〜?なんで、急にそこに行く?」
「知らね〜。けど、これはほんとの話。片岡、ぜってー人を乗せないんだと。片岡に気のあるヤツなんかが、仮病使って送ってくれっていっても、タクシー使うんだと、片岡は」
そ、それって・・・
「なのに、おまえ、昨日すんなり乗ってたじゃん。あれ誰かに見られてたらウワサになるぜ?まっ、裏門だったし、一瞬だったし、バレてないと思うけど」
片岡とウワサ〜?それはゴメンだ。嫉妬の対象になるなんて、絶対イヤだ!
ああ、頭がくらくらする・・・・・・
「まあ、おれはおまえがホモでも、今まで通り親友でいてやるから安心しろよ。相談があったらおれに言えよ」
「二ノ宮っ、冗談でもやめてくれ・・・・・・」
「冗談?おれは本気だぞ?おまえと片岡、けっこうお似合いだと思うぜ」
二ノ宮の言葉に、おれはますますくらくらした・・・・・・





乗っていけって言ったのは、片岡なんだ。おれは、バイトに遅刻したくなくて・・・・・・
だれも乗せないっつたって、下心見え見えの生徒を乗せないだけだろ?
オンナとか乗せてるに決まってる。あいつ、すげーかっこいいからな・・・
教壇で、黒板に数式をすらすらと書いている片岡の後姿を眺める。
細身のくせに広い背中。がっしりした肩のラインに、キュッとしまった腰。
今は真っ白なカッターシャツに覆われているけど、脱いだらすごそうだ。

それに、腕まくりしているため露わになっている腕には血管の線が浮き出ていて、仕事をしている大人って感じ。
チョークを操る手・・・あの手がおれの頬に・・・髪に・・・・・・

振り返った片岡とバシッと目が合い、おれは咄嗟に顔を伏せた。
お、おれ、何考えてんだ?おかしい・・・絶対おかしい・・・・・・
「じゃあ、これを・・・成瀬!前に出てやってみろ!」
「―――るせ!おいっ」
後ろからイスを蹴られて我にかえった。
「おまえ、指されてるぞ!」
二ノ宮が小声で後ろから声をかける。
お、おれ〜〜?
前を向くと、片岡がにこりともせずにこちらを見ていた。
おれは、仕方なく教壇に上がり、問題を解き始めた。
「他のやつは、ノートにやるように!」
横から、視線を感じる。あの日車の中で感じたのと同じ視線。
気が散る〜〜

バキッっとチョークが折れた。
しゃがんで拾おうとすると、同時に片岡もチョークを拾おうとしゃがんだのかと思いきや、おれにこそっと耳打ちした。

「今日、バイト先に行くから」
そして、何もなかったように、いつもの数学教師に戻っていった。





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