恋するキモチ


<2>


あれから、一週間、あの告白が嘘のように、片岡は何も言ってこない。
週に1回の授業だっていたって普通だし、廊下ですれ違っても全くの無視。
まあ、みんなの前でアプローチかけられたって困るんだけど、なぜかしっくりこない。

逆におれのほうが意識しずぎなのだろうか?
授業中もあいつをじっと見てしまったり、用事があって職員室に行っても、あいつの姿を探したり・・・・・・
告白されたんだ、意識してもしようがないよな・・・?
自分に言い聞かせた。






********





その日、おれはかなり焦っていた。
昼にバイト先からメールが入り、大量の予約が入ったから、何とか5時までに入ってほしいとのことだった。
やっべ〜メール入ってるの気づかなかったよ!
考えてみれば、突然の時間変更、困るのは店のほうであって、おれがそんなにあせる必要もないんだけど、おれはこのバイトが気に入っていたし、おやじさんにも何かとよくしてもらっていた。困った顔のおやじさんとおばさんが頭に浮かぶ・・・
少しでも近道をと、裏門へ向かって突っ走っていた。
「おい、成瀬」
突然、引き止められた。
「あっ、センセ・・・」
なにやら帰り支度を整えた片岡が、車のキーをちゃらちゃら鳴らしながら近づいてきた。
「どうした?なにか急いでるのか・・・?」
片岡は、おれン家の事情も、おれがバイトしていることも知っている。おれは、バイトに遅れそうだと正直に話した。
「なら、乗れ。送ってやるよ」
「えっ・・・?」
「ほらほら、遅れるだろ?」
―――とにかくバイトに行かなきゃな・・・
おれは、車の助手席に乗り込んだ。





15分くらいで着くからと、車を発進させた。
車の助手席ってすごく緊張する。だって密室だぜ?
片岡も無言で、ただ前方を見ている。
おれはこの沈黙が息苦しくて、何か話題をと頭をめぐらしていた。
「せ、先生。これってワーゲンのビートルだろ?すっげー古いんじゃないの?」
「おまえ、人の車に乗っといて何を抜かすんだ!これはな〜2001年式だ!おれの自慢なんだ!」
シルバーってところが大人って感じだろ?なんて、得意げに話す片岡が、かわいく思えた。
はっ?こいつがかわいいだと・・・?こんな大人を・・・・・
自問自答していると、横からの視線を感じた。
信号待ちの間・・・おれを見て・・・た?
目が合った途端、視線はそれ、車は走り出した。
「―――成瀬・・・」
名前を呼ばれてドキリとする。
「おまえ、バイトしなくちゃならないのはわかるけど、あんまり無理するな?成績だってずっと10番以内を保持してるっつうことはそれなりに勉強もやってんだろ?」
片岡のよく響く声で紡がれた優しい言葉に、胸がキュンとなった。
なんだか、今日のおれ、おかしくないか?
片岡がかわいいだの、片岡に胸キュンだの・・・

そうこうしているうちに、バイト先に着いた。
「せんせ、助かった。サンキュー」
シートベルトを外そうとすると、片岡の手が顔に近づいてきた。
その手がおれの頬をとらえる。シートベルトにがっちり固定されていたため、逃げようにも逃げられなかった。
げっ!
「なに―――」
せめて口だけででも抵抗しようとしたおれの言葉を、片岡はさえぎった。
「おまえ・・・やせたろ・・・?」
その心配そうな声と、おれを覗きこむ悲しげな瞳に、おれは言葉を飲み込んだ。
その手が、頬から頭へと移動し、髪に指を絡め、優しく梳き始めた。
どうして、おれは抵抗しないんだろう・・・?
こいつが・・・あまりに優しいから・・・?
「マジで、無理するな・・・ほら、行け」
最後に、おれの頭をくしゃくしゃとなでる。昔、よくオヤジにやってもらったように。
「じゃ」
おれは、短い言葉を残して、急いで車から降りた。





バイトを終え、家に帰り、雑多をこなし、自分の時間が持てるのは日付が変わってから。
今日は、予習をする気にもなれず、さっさとふとんにもぐりこんだ。
おれには、弟が3人いる。いわゆる4人兄弟の長男だ。
父親は8年前、おれが小4の時に事故で他界した。母親が看護婦として病院に勤め、おれたちを養っている。

オフクロは、いつだって元気でパワフルで、おれたちの前で絶対弱音を吐かない人だ。
オヤジが死んだ頃は、おれもまだまだ子どもで、女でひとつでオトコを4人も育てることがどんなに大変なことか、全く理解していなかった。
中学時代も、ほとんどを部活で過ごし、あまり家のことも気にかけず、好きに毎日を送っていた。
しかし、中3の時、おれは、オヤジの写真を抱き抱え泣いているおふくろを見てしまった。
その時思った。
昔は、とてもきれいでおれの自慢だった。
今だってきれいだとは思うけど、よく見ると白髪だって増えた。あんなにツヤツヤした黒髪の持ち主だったのに。
そういえば、夜勤明けで帰ってきても、おれたちの弁当を作り、家事をこなし・・・いつ休んでるんだろう?

おれは、この家の、いちばん大きなオトコなのに、何をしてるんだろう?
生前、オヤジは、よくおれを膝の上に乗せ、頭をくしゃくしゃしながらよく言っていた。
「亮、オトコはな、家族を守らなきゃいけないんだ。いつか、おまえに家族ができたら、しっかりおまえが守ってやらなきゃいけないぞ?」
それをそばで聞いていたオフクロは、まだまだ先のことを、ってくすくす笑ってた。
オトコは家族を守らなきゃいけない。今おれが守るべきものは、オフクロと、兄弟たちなんだ!
それから、おれは、積極的に家事をこなした。弟たちの面倒も見た。
高校は、中学の担任のススメで、私立だけれど、成績優秀者は学費が免除されるという、明倫館高校を選んだ。おれは、頭には自信があったから。
高校に入学してからは、バイトに精を出した。
家計を助けたかったのもあるけれど、おれは大学に行きたかった。
もちろん、オフクロは、おれのバイトに反対した。そんなことしなくても、亮が大学に行くくらいの貯えはあると。

しかし、まだ下に3人もいるんだ。お金はあるに越したことはない。
おれは、社会勉強の意味もあるんだと、説き伏せ、校則違反のバイトを始めた。
朝は、新聞配達。夕方から、週4回の弁当屋でのバイト。もちろん内勤。
バイトがバレたら停学だし、学費免除が打ち切られたら堪らない。
そのほかも、土日などには、出来るバイトはこなしていた。

しかし、弁当屋でバイト中、人出が足りず、店頭に出たおれは、たまたま弁当を買いに来ていた当時の担任片岡とばったり出くわしてしまった。
おれは、もちろん停学を覚悟したし、奨学金が打ち切られれば、退学も考えた。
しかし、片岡は何もいわなかった。
担任だったし、おれの家庭の事情も知ってるからだろうか。

おれは、一度だけ、二者面談の時、聞いてみたことがある。なぜ、黙認しているのかと。
すると、片岡は言った。
「家計を助けるために、バイトをして何が悪い?おれは、この学校に溢れている、親のカネで遊びまわって校則を守っているやつらより、成瀬のほうがよっぽど人間らしいと思う。ただそれだけだ」
そして、最後にこう言った。
「成績も10番以内を保持しないといけないだろ?あまり・・・無理をするな」
あいつ、今日もそう言ったっけな・・・
片岡がふれた頬に手を当ててみる。
こんなんじゃなかった・・・もっと大きくて・・・きれいな顔に似合わず大人って感じの・・・・・・
思い出すと、身体が熱くなる。
おれ・・・あいつに嫌われるように仕向けるはずなのに・・・・・





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