恋するキモチ


<1>


「おまえ、おれと付き合わない?」

「はぁ?」
目ン玉が飛び出そうなほど驚いたおれを尻目に、おれの目の前のオトコは、メガネの奥から、探るような、かつ自信ありげな目つきでそう言った。
「せ、せんせ。何言ってるんすか?そんな用で呼び出し食らわしたんですか」
おれは、至極冷静に、関心なさげに言葉を返した。
こいつ、人をからかってやがる・・・・・・
そういうやつには、動揺を見せてはいけない。無視するのがいちばんなのだ。






ここは、数学準備室。
そして、目の前のオトコは、この学校の数学教師、片岡峻哉。

ゴールデンウィークが終わって間もない今日、おれはこいつに呼び出しをくらった。
この数学教師は、おれが1年の時、新任としてこの学校に赴任してきた。
そして、その年、おれの担任となった。
昨年は担任を外れたが、数学の担当は変わらなかった。
そして今年。またもや担任ではなかったが、国立コースに籍を置く今年も世話になることになった。
つまり、片岡と知り合って丸2年。ずっと顔をつき合わせてきたってわけだ。
「嫌か?おれのコト嫌いか?」
下から顔を覗き込まれ、自然と目が合った。
こいつ、ほんと、かっこいい顔してやがる・・・・・・
ここは男子校だけれど、片岡は・・・モテるらしい。
わからないでもない。オトコに興味のないおれでさえ、見惚れてしまうくらいだ。

色素の薄い髪に、整った眉。すっきり切れ長の目に、薄いくちびる。しかも長身ときた。
メガネをかけているため冷たそうに見えるのに、ジョークまじりの楽しい授業をする。
その冷ややかな笑顔にゾクッとくるというやつもいる。
れっきとした男子校なのに、片岡に告白したという生徒のウワサは数え切れないほど聞いた。成就したというウワサは聞かないけれど。
そんな片岡が、おれと付き合わないかだと?
「嫌いとかそういう問題じゃなくて、おれも先生もオトコだし、それにおれにはそういう趣味はないし」
「おれだって、そういう趣味はないぞ?」
「じゃあなんで―――」
「さあな、おれにもわかんね・・・」
立ち上がった片岡に、おれは身構えた。しかし、おれに背を向け、グラウンドに目を落とす。
「おれにもわからない・・・けど・・・気になって気になって仕方ないんだ・・・・・・」
そう言って、くるりとこっちを向いた。
「もう二年も前から・・・・・・」
に、二年前って、出会った頃じゃないか!
ぐいっと片岡が近づいてきたので、おれは反射的に一歩下がった。
「成瀬、逃げるな!」
張りのある声に、金縛りにあったように身体が動かない。
腕をつかまれ、さらに片岡の顔が近づいてきた。おれより、少し高い場所から、つきささる視線。
「おれのこと、嫌いか?顔を見るのも・・・嫌か?」
その、真っ直ぐおれを見る真剣そのものの眼差しから、おれは視線を離せない。
「き、嫌いじゃないけど・・・」
わ〜おれ、何言ってんだ?それって、肯定に取られるぞ?
だけど・・・嫌いかといわれれば嫌いじゃないんだ。好きかといわれれば好きじゃないけど・・・
そう言おうとした瞬間、がばっと片岡が覆いかぶさってきた。おれをぎゅっと抱きしめる。
「ななななにするんだよっ!」
こいつ、細いくせになんて力あるんだ!腕をほどこうにもほどけない。
「よかった・・・成瀬がおれのこと嫌いじゃなくて・・・・・・」
耳元で響くバリトンが、おれの心にざわめきを起こす。
どうなってんだ?おれ、なんでおとなしく抱かれてる?オトコに・・・
「く、苦しいから、は、離せよ!」
おれの苦し紛れの言葉に、やっと身を離してくれた。
「悪い・・・じゃあ、おれと付き合うの、OKだよな?」
さっきまでの、弱々しい声音が嘘のように、いつもの堂々とした片岡が同意を促す。
「嫌いじゃないと言っただけ―――」
「じゃあ、好きになる可能性だってあるってことだろ?」
おれも頭の回転は早いほうだが、こいつにだけは勝てそうもない。
上手にあきらめさせる方法は・・・なさそうだ。もう二年になるんだ。こいつの性格の少しくらいは理解している。
「じゃあ・・・条件がある」
「ん?なんだ?何だって聞いてやるぞ?」
優しい口調とは裏腹に、メガネの向こうの瞳がキラリと光った気がした。
「とりあえず、お試し期間一ヶ月なら付き合ってやってもいい」
「お試し期間?」
「そう、その後のことは、一ヵ月後に決める。その間に嫌なところとか発見できるかもしれないだろ?」
おれにはオトコと付き合う気なんて毛頭ない。そんな趣味もないし、オンナに困ってもいない。
この一ヶ月で、片岡におれをあきらめさせればいいのだ。
そう、おれのことを嫌いにさせればいいのだ。
片岡がおれのことを嫌いになる・・・・・・
なぜか、ほんの少し、胸がチクリと痛んだ。
「いいぜ?まあ、どっちにしろ、おまえはおれのことが好きになるよ」
いやに自信満々に、ふふんと鼻で笑った片岡に、おれはどきっとしてしまった。





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