祈 り




<7>






朝、いつも先に出るはずの姉が、ぼくを待っていた。駅まで、一緒に行こうという。
高校に入って初めてのことだった。
通りすがりの高校生が、みんな姉を見てる。
だって、本当にきれいだもん、お姉ちゃんは。
改めて確認させられた事実だった。

道すがら、予想通り、昨日のデートの報告をする姉。
その顔はとても幸せそうだった。

駅に着いて、電車に乗ると、そこには三上先輩がいた。
そういうことか。同じ車両に乗る約束してたんだね・・・
でも、まだぼくにはつらいよ・・・だけど、こんな時、ぼくはうまい口実が作れない。
二人のそばになんていたくないのに!





「オッス!優」
とっ友樹!そうだ!友樹のこと忘れてた!
見上げると、恐い顔の友樹!こんな時は謝るしかない。
「ごっごめん。待ち合わせ―――」
ぼくの言葉をさえぎって、姉と三上先輩に挨拶した友樹は、ぼくを隣りの車両へと引っ張りこんだ。
「どういうことだよ、優」
こんな恐い顔の友樹は見たことない。今までだって、朝の待ち合わせに遅れたことくらいあったのに。
「ごめん友樹。今朝は、お姉ちゃんと一緒だったか――」
「そのことじゃねえよ!昨日は家族全員で親戚のところに行くんだったよな?そう言ったよな?」
「えっと・・・」
言葉につまる。本来は嘘は苦手なんだ、ぼくは。
「昨日、見たんだ!はるかさんと三上先輩。映画館入っていったよ。何あれ?チケットあげたわけ?あげたのはいいよ。もともと優のだから。でもなんであのふたりが一緒なわけ?」
矢継ぎ早の質問に、ぼくは下を向いて黙り込む。
そんなぼくの姿に、友樹は大きくため息をつき、「おまえのことだから、なんとなくわかるけど、はっきり聞かせろよ。放課後な」そう言って、ぼくを解放してくれた。








放課後、ぼくは友樹に正直に話した。
姉が三上先輩を好きだと知ったこと。
だから、デートに誘う口実にとチケットをあげたこと。
そして、それが功を奏して二人がうまくいったこと。
たったひとつ、先輩も姉を好きだったということだけを除いては。
だって、これだけは口外しないと、先輩と約束した。
ぼくの中のたった一つの思い出だから。
内容がどうであれ、先輩とぼくとのたった一つの共有物だから。

友樹は黙って聞いていた。
話し終わるとたった一言「おまえの気持ちはどうなるんだよ」そう言った。





ぼくの気持ち?そんなものどうだっていいよ。





ぼくは先輩が好きだった。でも先輩はぼくのお姉ちゃんが好き。お姉ちゃんも先輩が好き。
その事実は変わらない。
ぼくの気持ちなんてどうにもならない!

ぼくは、先輩もお姉ちゃんも好きなんだ。幸せになってもらいたい。
そのために、いちばんいいのは、ぼくがあきらめることなんだよ!

しかも、ぼくは同性の三上先輩を好きになってしまったんだ。
ぼくがオトコだという時点で、お姉ちゃんに勝つことはできないんだよ!

ぼくは、今までためていたものを吐き出すかのように友樹にぶちまけた。
こんなどうしようもない話聞かされて、友樹は困ってるに違いない。さっきから返事もない。
そう思って友樹をみると、なんと友樹が泣いていた!
なんで?友樹が泣くことなんてないっ・・・

友樹の涙を初めてみた。
「友樹が泣くことないじゃん・・・」
ぼくが言うと、友樹は「おまえが泣かないから代わりに泣いてやってるんだ」と言った。
本当だ。
こんなに胸が張り裂けそうなのに、涙も出ない。
あの時、屋上で、神様にお許しをもらって泣いた時に、枯れてしまったんだ、ぼくの涙は。
もうぼくは、ふたりを見ても、泣くことはないのかもしれない。

「仕方ないよな」
最後に友樹はぽつりと言った。
そうなんだ、仕方ないんだ。こうするしかほかになかったんだ。





神様、ぼくのしたこと、間違っていませんよね?
ぼくが自らすすんで行ったことです。
後悔はしていません。
だけど、やっぱりつらいんです。
このままだとぼくは壊れてしまいそうなんです。
だから、ぼくが平気になるまで・・・・・・
逃げることをお許しください。









**********************************









ぼくは、アルバイトを始めた。
あまり社交的でないぼくを心配していた親は、アルバイトすることで社会経験ができればもっと積極的になるだろうという期待も含めて、賛成してくれた。

ぼくのバイト先は、家からも学校からも少し離れた本屋。
接客業でも、ファーストフード店なんかは、ぼくの性格上、絶対無理だから、無難な選択と言えよう。
通うのには距離があるため、土日限定のシフト。
ぼくはそれでよかった。
なぜなら、バイトを始めたのは、お金がほしかったからでなく、先輩と姉を見なくていいようにといいう理由だから。

平日、部活で忙しい先輩に合わせて、ふたりは休みの日にデートしているようだった。
そして、お互い受験生であるため、デートももっぱら勉強会の様相を呈していた。
図書館に行けばいいものを、混んでるからという理由で、ぼくの家でするようになった。
そして、それは毎週の恒例となった。
父や母も三上先輩を気に入ったらしく、毎週日曜を楽しみにしていた。
家族の中で、ただひとりぼくだけが、歓迎できなかった。
嫌でも聞こえるふたりの会話。夕食をともにすることも増えた。

先輩のことはあきらめたはずなのに、割り切ったはずなのに、だめだった。
自分の思いを悟られないように、弟を装うぼく。そんな自分が嫌で嫌で・・・だから逃げた。
絶対ふたりが来ない、学校とは正反対の遠く離れたバイト先。
あの屋上に続く、ぼくの第二の逃げ場となった。

バイトをするようになって、ふたりと顔を合わす機会は減った。
姉とも極力顔を合わすのを控えていたし、先輩ともそうしていた。
先輩に会わないように、ぼくは学食の利用を止めた。

時間とは真に人を忘れさせてくれるものなのか。日常が戻ってくる。
バイト先での真面目な勤務態度が認められ、平日にもシフトに入ってくれるように頼まれた。
両親に相談すると、あまり遅くならないならという条件で、了解をもらった。

半ば、強引に始めたバイトもやりがいがあり、楽しかった。バイト先での友人もできた。
ぼくの世界が広がった。










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