祈 り




<6>






次の日、友樹に日曜の映画の断りを入れた。
一方的なキャンセルに怒った友樹も、家族で親戚の家にでかけることになったという理由に納得してくれ、学食のカレーで許してくれた。

放課後、ぼくは軽音部の部室を訪ねた。








ギターをチューニングしていた先輩は、相変わらずかっこよくて、ぼくは見とれてしまった。
ぼくに気づくと、入ってこいと手招きする。
ぼくは素直にそれにしたがった。

ここから、ぼくは最高の演技をしなくちゃならない。





姉の前のようにうまくできるだろうか?
まだ好きで好きでたまらない人を目の前にして、ぼくは最高の演技者でいられるだろうか?





「何か用か?」
感情を表に出さない、クールな先輩。
ぼくが、先輩のただの知り合いの一人であることを実感させられる。

「先日は姉を助けていただいたそうで、ありがとうございました。」
ぼくは笑顔で深々と頭を下げた。
姉の話題が出て、一瞬先輩は整った眉を上げ、ドキッとした表情を見せた。
ほんの一瞬だけ。

「お姉さんから聞いたのか?」
動揺を悟られないようにか、チューニングを続けながら先輩は言った。
下を向くと、さらりと前髪がその端正な顔を隠す。ギターの弦をはじくあの細くて綺麗な指。
それを見ただけで、キュンとなる。ぼくの意思が揺らぐ。
だけど、ぼくはやらなくちゃいけない。

「姉が、お金を借りたお礼に、映画を見ましょうと言ってます。で、1時に映画館の前で待ち合わせをお願いします。それと・・・・・・・先輩は占いって信じますか?」
占い?」
「ええ、占いです。どうですか?信じますか?」
面食らったような先輩の顔。急に占いの話なんてされても困るよね先輩。でも、ぼくには、こんな方法しか思いつかなかったんだよ。
「あんまり興味ないな。あれは女の趣味だろ。」
「先輩って4月15日生まれですよね?」
「そうだけど・・・何で知ってる?」
「クラスの女子が噂してますよ。先輩は人気ありますから。それで先輩。先輩の日曜の運勢は最高なんですよ。しかもね、これまた一年に数回しかないラッキーデー。特に恋愛運」
ぼくは、さも楽しげに、先輩の興味を引くように話しかけた。
先輩が、チューニングの手を止め、ぼくを見る。





もう少しだ・・・・・





「ぼくの言いたいことわかりますか?ぼくの姉と会う日曜日、先輩の恋愛運は最高なんですよ!
もう一つ、なんと偶然にも、姉の恋愛運も最高なんですよね、その日。最高の恋愛運を持つふたりが出会ったら、どうなるんだろ?」
先輩は頭のいい人だ。ぼくの言わんとしていることは、すでにわかっているはず。
ぼくは最後の一押しを加えた。
「じゃあ、先輩。姉の伝言伝えましたから。最後に先輩にぼくからのプレゼントです。姉はそりゃ楽しみにしてますよ。毎日ファッションショーなんですから」
ぼくはふふふと小さく笑って「おじゃましました」と先輩に挨拶をして、部屋を出た。
ぼくは走った。心臓が飛び出てしまうんじゃないかと思うくらい、全速力で走った。
階段を駆け上がり、屋上にでる。

倉庫の裏の死角になる場所。あの日以来、屋上に何回かやってきて見つけた、ぼくの居場所。ぼくが素直になれる唯一の場所。
ぼくはその場所に倒れこんだ。荒い呼吸。止まらない動悸。





神様、終わりました。ぼくは演じきることができました。
だから神様、今は、今だけ泣くことをお許しくださいますか?
涙とともに、先輩への思いも流してしまいますから。
どうか、今だけ・・・・・・





どんどん涙があふれてくる。
先輩への思いの分だけ・・・・・・

さよなら、先輩・・・・・・









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日曜日、姉は上機嫌で帰宅した。
ぼくは、姉を見るのがつらくて、姉の帰宅までに夕食もお風呂も済ませて、自室にこもっていた。
なのに、階下からは、姉のハイテンションな声が聞こえる。
姉の様子で、三上先輩とどうなったのかは、一目瞭然だ。

ぼくと姉は姉弟。
顔を合わせず暮らしていくのは、不可能だ。
だけど、今日だけは、姉の幸せそうな顔を見れそうになかった。見たくなかった。
ぼくは、部屋に鍵をかけて、ベッドにもぐりこんだ。

案の定、姉は、ぼくに今日の出来事を報告しようとドアをノックした。
そりゃそうだろう。デートを促したのはぼくなんだし、チケットをあげたのもぼく。報告しようという姉は正しい。

「優、寝てるの?ケーキ買ってきたんだけど食べようよ、優?」
何度もドアをノックする。





ごめん、お姉ちゃん。明日になったら、いつものぼくに戻るから。今日だけは許して・・・・・・






ベッドの中で、耳をふさいで、心の中で、何度も姉に謝った。










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