祈 り




<5>






それから先輩は、学内でぼくを見かけると、声をかけてくれるようになった。
姉のことは決して口には出さないけれど、ぼくとコミュニケーションをとろうとするのは、ぼくが目当てではないことくらい、トロいぼくにもわかる。
先輩はぼくを通り越して姉を見てる。
だって、ぼくたち姉弟は、とても似てるって評判だったから。

それでもぼくはうれしかった。先輩が「麻野」って呼んでくれるたび、ドキドキした。








ある日、夕食のあと、ぼくが自室で宿題を片付けていると、珍しく姉が訪ねてきた。
「ねえ、優の学校に三上くんている?」
ベッドにもたれ、クッションを抱いている姉は、恥ずかしそうに聞いてきた。
ぼくは驚かなかった。
めったにぼくの部屋に来ない姉が、ぼくに聞きたいことなんて・・・・・・





三上先輩、お姉ちゃんにコクったのかな?





「いるよ。三年の先輩。それがどうかした?」
「――今日ね、帰りに駅で、改札に入ろうとして、定期と財布を学校に忘れたことに気づいたの。しかも運悪くケータイも充電切れ。学校に引き返すにしても遅い時間だったしどうしようって考えてたら、どうかしたのかって声かけてくれたんだ。よっぽどせっぱつまった顔してたのかなぁ」





違うよお姉ちゃん。
お姉ちゃんだから声をかけたんだよ、先輩は。





ぼくの通う北高と姉の通う桜女は、同じ最寄り駅である。
もしかしたら先輩は駅でお姉ちゃんに一目ぼれしていたのかも知れない。
「それが三上先輩だったわけ?」
「そう!そうなの!でね、千円貸してくれたの。そんなにいらないっていったのに、何かあったら困るからって」
「見ず知らずの男の人からお金借りたんだ」
ぼくは少し非難めいた口調で言った。これくらいの意地悪、許してくれますよね、神様。
「うっ、それを言われるとつらいな〜。だけど、優と同じ北高の制服だったし、それに・・・・・・」
「かっこよかったし?」
「―――まあね。借りたら返すために会う口実ができるし。名前だけ聞いて、今度の日曜に返す約束したの」
「日曜って・・・・」
「だって部活で遅くなるから、日曜じゃないとだめって言うから!」
いい訳めいた言葉。ぼく相手にそんなにあせることないのに・・・・・・
照れて赤くなっている姉に、ぼくは姉が欲しいであろう言葉をあげる。
「先輩かっこいいでしょ?学校でもいちばんモテるんだよ。もしかして・・・お姉ちゃん一目ぼれ?」
ぼくの言葉にますます赤くなる姉。こんな姉を見るのは初めて。本気なんだね。
ということは・・・・・・両思いなんじゃないの?なんだ・・・・・・両思いか。






もしかして、これが神様がぼくにあたえた罰?ここでぼくに罪を償うための試練を与えるの?
そして、ぼくはそれを全うしなければならないの?
・・・・・・そうなんだね、神様。






ぼくは姉に言った。
「その日曜日さ、お金返すだけじゃなくって、デートにしちゃいなよ!」
ぼくの提案に驚いた姉は「なっなに言い出すのよ優っ」と慌てた。
だけどね、お姉ちゃん。
先輩もお姉ちゃんが好きなんだよ。ふたりは両思いなんだ。
先輩だって楽しみにしてるに違いないんだ。だから・・・・・・

「昔から、ぼくって予知めいた勘を持ってるじゃん?なんかさ〜うまくいく気がするんだ!お礼にっていって映画でも見ればいいじゃん!あっそうだ!日曜にさ、友樹と見に行こうと思ってたんだけど、これ、あげるからさ、行っといでよ、三上先輩と!」
机からチケットと二枚取り出し、姉に渡す。
「でも、友樹くんと約束してるんでしょ?」
楽しみにしてたじゃないの、って申しわけなさそうな姉。
「いいよ!どうせそれタダ券だし。だけど、うまくいったら、ぼくと友樹に何かおごってよ!っていうかぼくの勘だとうまくいくはずだから、おごりは確実だけどね」
愉快そうにぼくが言ったら、姉は、それなら・・・と遠慮がちに受け取った。
「じゃあ、ぼくが先輩に時間変更を連絡しておいてあげるよ。1時に映画館前でいいよね?」
半ば強引に約束を取り決めた。
ぼくの勘が本当に当たることを知っている姉は、うれしそうに「じゃあお願い」と言い残して、自室に戻っていった。
ひとりになってぼくはベットにもぐりこんだ。






神様、ぼくは嘘をつきました。本当は、ふたりを会わせたくないのに。
でも、償いのための嘘なら、神様はお許しになるのでしょうか?
胸がはりさけそうです。なのに、どうして涙がでないのでしょう?
涙を流すことすら、ぼくにはお許しにならないのでしょうか?






それほどぼくの罪は重いのでしょうか?










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