祈 り



<44>






三上先輩


先輩が、これを読んでいるということは、ぼくはもうこの世にはいないんですね。
先輩、ライブは成功しましたか?
本当に先輩がステージで歌っている姿が見たかった。
だから、先輩がチケットをくれた時、本当にうれしかったんです。
日時を見て、すぐにあきらめたましたけど。
ぼくは、春まで生きられないと、あの時わかっていました。
そして、今では、それもかなり短くなってしまいました。あと数日ってとこかな?
せっかくのチケットを無駄にしてしまうなんて、これは、先輩にずっと嘘をつき続けたぼくへの罰なのかも知れません。








でも、先輩、ぼくは死というものが全然こわくないのです。
むしろ、歓迎しているかも知れません。
家族のもとへいける。そして、やっと自由になれる。心を解放できる。嘘をつかなくてすむ。








先輩のことがずっと好きでした。大好きでした。
姉とお付き合いを始めたのを知ったとき、胸がはりさけそうでした。
そして、家族が亡くなり、同居を始め、先輩が同性という枠を越え、ぼくを愛してくれたことは、まさに奇跡でした。
先輩にはたくさんのものをいただきました。
人を愛する喜び、そしてそれによって生まれる苦しみや悲しみ。





お台場で別れを決心したとき、もう一生会うことはないと思いました。
ニューヨークで再会したときも・・・・・・
それなのに、最後にあなたに抱かれることができて、しかもこんな手紙を読んでもらうことができて、ぼくはなんて幸せなのでしょう!
雪の夜、先輩は何度もぼくの名前を呼んでくれました。
そして、とても優しかった。
あなたの疑問に何ひとつ答えられないぼくに・・・・・・
それが、ぼくから解放されるための、偽りの優しさであったとしても、ぼくはうれしかった。
大好きな先輩の声で、囁かれるぼくの名前。それを聞くたびに、まだぼくは生きている、まだこの世に存在していることが実感できました。
あまりに幸せすぎて、一瞬死ぬのが恐くなり、先輩にみっともないところを見せてしまいました。
だけど、後のことを考えれば、やはり、ぼくはぼくに定められた運命の通り、神様のお導き通り、死を受け入れるのがいちばんいいのです。





早く、解放されたかった・・・偽りの世界から・・・・・・





今、ここで、この言葉を言うのは、先輩を苦しめることになるのかも知れません。
しかし、先輩がぼくとの約束を守ってくれることを信じて、ぼくは最後に素直になりたい。








先輩、ぼくはあなたが大好きです。
出会ってから、今までずっと・・・そしてこれからも永遠に・・・・・・・





ぼくの苦しみはお台場からはじまりました。
何も知らずに、ぼくに優しくしてくれる先輩、一緒に生きていこうと誓ってくれた先輩に嘘をついたのが、はじまりでした。
会うたびに、重ねられる嘘の山・・・・・・
何度、真実が飛び出しそうになったことか!
だけど、先輩を苦しめたくなかったから・・・・・・








真実を話すことが正しかったのか、嘘を突き通すのが正しかったのか、ぼくにはわかりません。
恋愛には、正しいも、間違いも、ないのかもしれませんね。
人を好きになることは、理屈じゃないですから。








最後の約束、覚えてますよね?
先輩、どうかぼくのことは忘れてください。
ぼくは約束どおり、あなたに抱かれました。
だから、あなたも約束を守ってください。
すでに麻野優という存在はこの世にはなく、過去の人なのですから。
ぼくのことを、少しでも愛してくださったのなら、どうか幸せをつかんでください。
ぼくという人間から解放され、自由に先輩の人生を歩んでください。
ぼくは、あなたに会ってからずっと、あなたの幸せを祈り続けていました。
先輩の幸せ、それがぼくの願いなのです。
どうかぼくの願いをかなえてください。








ぼくは、今、とても幸せです。
幸せで心が満ち溢れています。








ぼくは、ひと足先に、あちらの世界にゆきます。
あなたにもらったたくさんの幸せを持って・・・・・・
ぼくは、先輩とともにいます・・・・・・ずっと・・・永遠に・・・・・・








そして、もしあなたが、ぼくに愛されて、少しでも幸せだったと思ってくださるのなら、その幸せを、どうか世の人々にも分け与えてください。
あなたにはそれができる。
音楽を通して、人々を幸せにすることができる。



あなたの幸せと人々の幸せ、それがぼくの願いです。



先輩、さようなら。
あなたに愛されて、ほんとうに幸せでした。
ありがとう、先輩。


                           優










back next novels top top