祈 り



<42>






「ずっと好きだったって、優がおれから離れていったんじゃないか。勝手におれを置いていったんじゃないか」
ハハッと笑ってそう言ったおれに、友樹は怒りをあらわにした。
「先輩、本当にそう思ってるんですか?」
おれをにらみながら、声を押し殺す友樹。
「―――だってそうだろ?どんなに理由を聞いても優は頑として口を割らなかった。それが答えだろ?おれは、優にとって、相談もできない、真実を打ち明ける必要もない、何の価値もない人間だったんだ」
そういい終わるや否や、頬に痛みが走った。





「何すんだよ!」





なんでおれが友樹に殴られなきゃいけないんだ?
おれは何か間違ったことを言ったか?





すべて本当のことじゃないか。
優が突然おれの前から姿を消したのも、二度の再会でどんなに問い詰めても決して打ち明けようとしなかったのも、消し去りたくても消せない事実じゃないか。
おれのことが好きだったというのなら、おれから離れることなんてなかったのだ。
おれのことをずっと愛していたというのなら、その理由を話してくれればよかったのだ。
訳がわからず、頬をさすり「ってえな〜」とつぶやく。
友樹は、立ち上がって、顔を真っ赤にして興奮していた。





「優はっ・・・優は、あなたのことを思って、あなたの前から姿を消したんですっ!あなたのために!」





「―――おれの・・・ため・・・・・・?」





友樹の荒い息づかいが、この部屋にこだまする。
「優は、絶対言わないでと言いましたが・・・あなたがそんな風に優のことを思っているなら、それではあまりにも優がかわいそうだ」
わなわなと怒りに肩を震わせながら、友樹は乱暴に椅子に腰掛け、大きく深呼吸した。










「優は、あなたと東京で暮らすのを楽しみにしていました。あれこれ空想してはぼくに話して聞かせてくれた。ぼくはもうひとりじゃないんだと、とても喜んでいたんです。ぼくは優が幸せならそれでいいと思っていたので、反対しませんでした。あんな優を見たらとてもそんな気にもなれませんでした」
おれの知らなかった、優が決して語らなかった秘密がどんどん解き明かされていく。ぞろぞろと、得体の知れない感情が、身体中を走る。
「それならどうして・・・・・」
「ある日、あなたの事務所の人が、優の前に現れたんです。そして、言ったそうです。三上直人を愛しているのなら、別れてくれと・・・・・・」
おれの中で、くすぶっていた何かが弾けた。身体が小刻みに震える。
「三上は絶対有名になる、その実力がある。だけど、他人と、しかもオトコと住んでいるという事実は三上にとってはスキャンダルとなるんだってね。実際、こっちでもふたりの噂は広がっていました。よく手をつないで街を歩いたりしてたそうですね」
そのとおり、恥ずかしいという優の手をむりやりとっていたのはおれの方だ。
はっとした表情を浮かべたおれを友樹は見逃さない。
「おれは別に男同士だからどうこうは思いません。だけど、やっぱりまだまだ世間には認められてはいないんです。そんな軽はずみな行動が、噂を広め、事務所の関係者、はたまたその業界にまで広まってしまった。そして優は、あなたが音楽を愛していると知っていた。音楽で食べて生きたいと願っているのも知っていた。そして何より、あなたを愛していた・・・・・・そんな優がどういう行動をとるのか、あなたには・・・・・・わかるでしょ?」





友樹のいう通りだ。
おれは自分のことしか考えてなかった。好きだから、一緒にいたい、好きだから手をつないでいたい。優がおれのことを真剣に考えてくれいるときも、おれはおれのことばかり考えていた。
「上京の日、優はあなたと別れる決意をしていました。しかも、あなたを傷つけない方法で。もう日本に戻らないつもりで、おれの親父に家の管理を頼みました。あなたが東京で、自分の夢に向かって、自分のために行動しているときも、優はひとりで、留学の手続きをし、最後の計画を立てました。優は笑いながらおれに話しましたよ、計画成功するかなってね。最後の日、あなたに事務所から電話がかかったでしょ?」
「電話・・・・・?」
「そう、呼び出しの電話」





―――――そうだ、あの日、緊急の打ち合わせの電話が・・・・・・





「あれは、別れるために、事務所に優が提示した条件です。9時すぎにケータイに電話してくださいって。優には自信があったみたいです。あなたが、自分より、仕事を優先するって」
友樹はおれを一瞥して続けた。
「それが真実です。優の気持ち、わかりましたか?優は、優はずっと苦しんでいたんです。ひとりで全部抱えこんで・・・・・・なのに、最後の手紙はあなたのことでいっぱいだった。自分の存在がこの世から消えようとしている・・・そんな時でも優はあなたの幸せしか望んでいなかった」







「おれの・・・幸せ・・・?」








「優は、自分の死をあなたに知らせないでほしい、ぼくはもう先輩とはかかわりのない人間だから。先輩はぼくのことを忘れると約束してくれたから、わざわざ知らせることはやめてほしいとおれ宛ての手紙に書いていました。それとは裏腹に、もし、友樹が先輩に知らせるべきだと判断したのなら・・・この手紙を渡してほしいと付け加えてありました。それもライブが無事に終わった後に・・・」
友樹がおれの前に置かれた手紙に視線を落とした。
「優は迷ったんだと思います。あなたを苦しめたくないから知らせてほしくはない、けど迫りくる死を目の前にして、愛した人に自分の最期さえ知ってもらえない無念さ・・・だから、結論をおれに託した、おれはそう理解しました」





優・・・どんなにつらかったろう。
あんな小さく細い身体に、たくさんの苦しみを抱え込んで・・・・・・





「おれは迷いましたよ、あなたに知らせるべきか、この手紙を渡すべきか・・・・・・」
「友樹・・・・・・」
「だけど・・・優のことをいちばん愛してくれたのはあなただから・・・家族を亡くしてひとりぼっちになった優の心を救ったのは、誰でもないあなただから・・・あなたは知るべきだと思ったんです。その手紙には優のありったけの想いが書かれているはずです。優のことだから・・・何を書いているのかわかりませんが・・・・・・今ぼくが言ったことが真実です」
立ち上がった友樹は、「ひっぱたいてすみませんでした」と謝って、最後にこういい残した。





「優は、家族と一緒に眠っていますから・・・・・・・」










back next novels top top