祈 り



<41>






「優が自分の身体の異変に気づいたのは、去年のGWのころだったそうです」





GW?ニューヨークで会ったころか?





「微熱が続いて、身体がだるくて、食欲もなくて・・・・・・だけど、優はああいう子だから。自分より人に気を使う子だから・・・ホストファミリーのおじさんやおばさんに心配かけたくなくて、相当我慢していたんです」





そう・・・優はそういう子だった。
自分のことなんておかまいなしで。
周りに迷惑をかけたり、気を遣わせたりすることが大嫌いで。
いつでもどんな時でも、自分の痛みを押し殺して、笑顔を見せる。
優しい優しい性格の持ち主だった。





「夏ごろから、いつもは特別なことがあったときにしか来なかったメールが頻繁にくるようになったんです。メールの内容から察するにどうも体調が悪いらしい。誰にも言えないから、遠く離れたおれへ、弱音を吐いていたようです。おれは、何度も病院に行けといいました。だけど、行った様子がない。心配になっておじさんに手紙を出したんです。おじさんが強引に病院へ連れて行きました。そしたら検査の結果が・・・・・・」
おれは黙って耳を傾けていた。
どんな言葉も聞き逃したくなかったから。
友樹は、おれでも何度か耳にしたことがある病名を告げた。





まさか優が、そんな病に蝕まれていたなんて・・・・・・





「しかも・・・・・・もう手遅れでした。手術や投薬では治癒できないところまで来ていた。あまりに発見が遅すぎた・・・・優は・・・我慢しすぎたんです」
「手遅れ・・・・?手遅れって、そんなバカな!」
おれにいろいろなことを考えさせる暇もないままに、友樹が矢継ぎ早に語る。
「医師は、本人に告知をしたそうです。入院して治療すれば、少しは長く生きることができる。ただし、治療はかなりつらいものになる。われわれは、きみの意思を尊重する、とね。おそらくはもう助かる見込みもなかったのでしょう」
フフっと嘲るように笑う友樹。
「優は何の迷いもなく言ったそうです。延命治療はしたくない。こうなったのは、ぼくの運命だから。神様がお与えくださった寿命なのだから、ぼくはそれを静かに受け入れたいと。笑みすら浮かべて・・・はっきりそう言ったそうです」
「どうして・・・・・・」
「おれはそばにいてやりたかった。飛んで行きたかった。だけど、それと同じくらい、離れていてよかったと思いました。日に日に痩せ衰えていく優をそばで見るのは・・・・つらい・・・・」





痩せて細かった優の身体。
色白の肌が、さらに白くて、青白い血管が透き通って見えて、それがかえって優の身体を、魅力的に見せた。神々しささえ感じさせた。
「優はそんなおれの気持ちを察してか、おれに言いました。友樹、絶対にこっちにこないで。こんなぼくを友樹に見られたくない。絶対来ちゃだめ、ってね。おれは後悔しています。何を言われてもそばに行くべきだった。最後に優から逃げてしまった・・・・・」
声を荒げて悔しさを露わにする友樹を前に、おれは初めて口を開いた。
「そんなに自分を責めるな。優は、友樹に感謝してる。絶対に。約束を守ってくれた友樹に・・・・・・」
悲しみとか、怒りとか、いろんな感情が渦巻いて収拾つかなくなっているにもかかわらず、おれの口から零れたのは、友樹へのそんな言葉だった。





不思議だ・・・・・・





なぜおれはこんなに冷静でいられるのだろう?





泣きたいのに泣けないのはどうしてなんだろう?





あまりに冷静なおれの言葉が意外だったのか、顔をあげた友樹がなんとも複雑そうに顔を歪めた。
「三上先輩・・・・・・」
ギュッとくちびるを結んでほんの少し頬をゆるめたおれに、友樹は何かを思い出したように、ハッとした表情を浮かべた。
「おれ・・・・優からの最後のお願いを果たしに来たんです」
「最後の・・・・お願い・・・・?」
友樹はカバンから封筒を取り出し、おれの前に置いた。
見慣れた文字で『三上先輩へ』と書かれている。








これは・・・・・・








「優が入院したのは、おじさんとおばさんがニューヨークから帰ってきた日でした」
封筒に目を落としていたおれが驚きのあまり顔を上げれば、友樹と視線がぶつかった。
「その日って・・・・・・」
「そう、先輩が帰国した日です。その夜、体調が急変して、すぐに入院しました。奇跡的に命はとりとめたけれど、もうベッドから出ることは出来なかったんです。優はたぶん、自分の残された時間を知っていたんだろうと思います。おれ宛の手紙が残されていました。お葬式の日におじさんから受け取りました。そこには、もう残された時間はないということ、おれへの感謝の言葉が記されていました。だけど、大部分があなたのことだった」
「おれの・・・・・・こと・・・・?」
「先輩のことです。優は先輩のことが大好きだった。ずっとずっと・・・・・・・」








おれのことが好きだった?ずっと?








友樹の言い草に自然と嫌な笑みが浮かぶのを、おれは止めることができなかった。










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