祈 り



<40>






里帰りライブは大成功をおさめた。
先だって、はるかたちの命日に麻野家の墓所を訪ねると、キレイな花が飾られていて、おれは優がこっちに帰ってきていることを確信した。
優がこの会場にいる・・・・・そう思うだけでいつもより力が入った。
渡したチケットの座席あたりをちらちら見てみたが、何せ遠くてわからない。
優の気持ちも配慮して、結構後ろめの席のチケットを渡したから。








雪深い彼の地で優を見つけ、優を抱いた。
おれはいまだ、優がおれから去っていった理由を知らない。
そして、あの別れのメールを信用しているわけではない。





―――淋しさを埋めてくれる人なら誰でもよかった―――





その他の言葉が全て真実であろうとも、この言葉だけは嘘だと信じている。
一緒に暮らした二年間、優はおれ三上直人を好きでいてくれた、絶対に。
だけど、おれの前から去ったということは、おれに愛想つかしたのかもしれない。
好きだったけど、もう付き合いきれませんってとこかな?
そう割り切ったつもりだったけれど、おれは優のことが忘れられなかった。愛してやまなかった。
優以外のやつには、性欲もわかなかった。
仕事が忙しいこと、それだけが唯一の救いだった。
なのにやっと取れた休み、ニューヨークで優に再会してしまった。
優のそばで、想いをつのらせるおれとは対照的に、なんの未練もなさげな優。
おれはこんなに優のことを愛しているのに、どうしておまえは平気なんだ?
しかも、優はおれがやったいくつかの品を持っていた。あのリングまでも。
どんなに追求しても黙秘を続けた優に、そんなにおれは話す価値もない人間かと腹が立った。
信じていたあの言葉も嘘だったのかと、疑心暗鬼に陥ったおれは、優に酷いことをしてしまった。
それでも優が好きでたまらないおれは、雪に埋もれたあの場所で、優を追いつめ、憐れみを誘い、とんでもない約束を取りつけ、優をこの手に抱いたのだ。





茶番だな・・・・・・





優のことは忘れて、自分の人生を生きる・・・・・そんなことができるだろうか?
優は、おれとの約束を守ってくれた。
ふたりでともに暮らした、お互いが求め合っていた頃の優に戻って、好きでもないくせに、「好き」という言葉を連発し、すでに過去のオトコとなったおれに素直に抱かれた。
最後まで、おれがあの家を出るまで、昔の優のままで・・・・・・
玄関で、さよならと笑って言った優が、儚く消えてしまいそうに思えて、思わず抱きしめてしまった。
あの時、優が流した涙はなんだったんだろう?
あまりにも、昔を演じすぎて、おれに情が移ってしまったのか?
雰囲気に酔ってしまったのか?
それとも、もしかして、おまえもおれという人間に縛られていたのか?
自ら愛想を尽かして去ったオトコに、何度も言い寄られて、苦しかったのか?
おれが、おまえを忘れると言ったことで、おまえもおれから解放されたのか?
とにかく、優が約束を守ってくれた以上、おれも実行しなければならないのかな。
そう思ってはいるが、優が見に来てると思うだけで、こんなにうれしくなるおれは、ほんとうに優を忘れることができるんだろうか?
だが、もう優に会うことはない、それだけは事実だった。
とか言いながら、おれ、こっそり見に行っちゃうかもしれないな・・・・・・








「三上さん、知り合いだという方が来られてるんですが・・・・・・」
知り合い?何人かチケット送ってるからそいつらかな?
「警備員と押し問答になってまして・・・・・・ここは三上さんの地元ですし本当にお知り合いだったらと思いまして」
スタッフが申しわけなさそうにおれの顔色を窺う。
「いいよ、通して」
案内されてきたのは、友樹だった。





******************************





「友樹、来てくれたのか。サンキューどうだった?ライブ・・・・・」
おれの知っている友樹とは様子が違っていて、何だか戸惑ってしまう。
覇気がないと言うかなんというか、思いつめたような表情をして、何だというのだろう。
そういえば、優の居場所を聞き出したときも、なんか表情が曇っていた。
昔はもっと明るくて、元気のいいやつだったのに・・・・・

こわばった表情を崩さない友樹に、おれは素直に謝った。
「おれが強引に聞き出したから、怒ってるのか?悪かったよ・・・・」
それでも何も言わない。





そうだ、こいつ、優と会ったかな?





「そういえばさ、優がここに――――」
「優はいません」
「???」
「優はここに来てません」





じゃあ、あの花だれが供えたんだ?





「麻野の墓に花も供えてあったし、それにおれのライブ見たいって―――」
「見たかったけど、これなかったんです」
「そうか・・・・なんか用事があった―――」
「用事がなくてもこれなかったんです」





なんだ?こいつ、おれの会話を全部途中で切りやがって!





それにこいつがおれに対して敬語を使うなんて初めてのことだ。
おれはこれ見よがしに大きくため息をついた。
「友樹〜どうでもいいけど意味わかんないから、はっきり言ってくんない?」
「優は・・・優は・・・・・・」
小さな小さな、絞り出すような声音が耳に届いた瞬間。
おれの時間が、止まった。










優が・・・・死ん・・・・・だ?










いったいこいつは何を言っているのだろう。
死んだ・・・?死んだって・・・・・・
だってそうだろ?
キスして抱きしめて。
この手はまだあのときの温もりを覚えているのに。
ライブのチケットを渡したら、とても喜んでいて。
今日だってどこかでおれの歌を聞いていたはずで。
なのにこいつは何を言っているのだろう。





「そ、そんな冗談言いにわざわざ来たのか?そんなにおれのこと怒って・・・・・」
友樹の目からびっくりするような大粒の涙がこぼれ、床に落ちる。
それがすべてを物語っていた。
友樹の言葉が真実であることを。








マ・・ジ・・・・?優・・・・が・・・・・?
ウソだ・・・ろ・・・・・・?








「ほんとうかよ?マジかよ?優が死んだってマジかよ!」
椅子から立ち上がり、友樹の腕をつかみ、身体を揺さぶれば、そのたびに零れ落ちる友樹の涙が、おれの疑心を溶かしていった。
友樹の嗚咽だけが響く空間は、おれに冷静さを取り戻させ、しばしの沈黙の後、やっと口にすることができたのは、他人事のようなありきたりの言葉だった。





「いつだよ・・・・」
「去年の・・・・・クリスマスの日に・・・・」





クリスマスって・・・・・おれが優に会ったのは確か19日だったはず・・・・・・





あまりに突然悲しみに襲われると涙も出ないというけれど、それは本当のことなのだと知った。
それほど、実感が湧かなかった。
ライブ会場に優がいると確信していたおれは、優がもうこの世にいないという事実を理解こそしたが、受け入れることができなかったのだ。
おれは、ドサリといすに腰をおとした。
そして考え、悟った。
友樹がここに来た理由を。
友樹はおそらくすべてを告げにやってきたのだ。





ならば・・・・・・
おれは、聞かなければならない。
真実を・・・・・・
優のいちばんの理解者であるこの男から・・・・・・










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