祈 り



<39>






体力が衰えていたぼくに、この行為はかなり堪えた。
でも、それ以上に先輩を感じ、満たされて、たまらなく幸せだった。
もう思い残すことはなかった。
あとは先輩が約束を守ってくれれば・・・・・・





「優なんかすごく積極的で色っぽかったな」
ぼくを抱きしめながら、先輩はささやく。
「恥ずかしいんですから、もう言わないでください」
先輩の肩に頭をのせる。
「優、よかった?おれを感じてくれた?キモチよかった?」
「ぼくはもう何も思い残すことはありません・・・・・先輩は?」
「最高にキモチよかった・・・・特に優がしてくれたときがいちばん・・・・・今まででいちばん優を感じた・・・・・おれも・・・すごいよかった・・・」
ぎゅっと腕に力がこもり、引き寄せられる。





ぼくは・・・・・その言葉だけで、もう十分です・・・・・






「優、―――こわいってどういうこと・・・?」
ぼくをのぞきこんでじっと見つめ、ぼくの心を探る。先輩にぼくが映る。
「あっあれは・・・・・・ぼくにもわかりません」
「はぁっ?」
「そんなこといいじゃないですか!それより・・・・・・」
「何?」
先輩の話題をそらすためにぼくは必死だった。
「ぼく・・・最後に先輩の歌聞きたかったな・・・・・・ライブでスポットライトをギンギンに浴びて歌う先輩が見たかった。先輩はほんとにステージが似合うんです。出会ってすぐのころ、軽音のライブ見に行った時、歌う先輩を見て感動したんです。なんてステージの似合う人なんだろう。きらきら輝いていて、とても素敵だった。きっと音楽の神様が宿ってるんだ。音楽の世界で生きていく人、音楽の世界でいちばんになる人だ、そう思ったんです。やっぱりぼくは勘がいい。その通りになってほんとよかった」
「ほめてくれんのはいいけど、最後って何?」
そんなところ聞き逃してよ・・・先輩・・・・・
「―――だって、最後でしょ?今夜が終われば、もう会わない。先輩はぼくを忘れる、そう約束してくれましたよね?」





思い空気が押し寄せる。さっきまでの甘い空気は今はもうない・・・・・・
「そうだった、約束した。おれ、調子にのった。優が、あまりにも素直でかわいくて・・・まだおれのこと好きなんじゃないかって錯覚した。ごめん、おれが頼んだのにな、昔に戻ってくれって・・・今はおれのこと何とも思ってないのにな」
大好きですよ、先輩・・・あなたが抱いたのは、現在の麻野優なんですよ・・・・・



「だけど、ライブくらいいいじゃん。優が三上直人個人を何とも思ってなくても三上直人の音楽を聞きににくればいいんだからさ」
「―――そうですね・・・」
ただのファン・・・・・そう、これからはほんとうにそんな関係になる。
それも長くは続かないけど。
そしてそれはぼくが望んだことだ。
先輩はベッド脇に脱ぎ散らかしていたズボンのポケットから小さな紙を取り出し、ぼくに渡す。
「実は、いちばんの目的はこれを渡すことだったんだ・・・・・・とは言ってもおれは優に未練あったから、逢えてもう一度もとに戻れたらなんて、甘い期待もしてたんだけどね」





これって・・・・・チケット?





「今度、里帰りライブするんだ。ちょうど命日のあたりだし、優も里帰りするかなって、日時設定したんだ。その日、なんの日か知ってる?」





知ってるよ・・・・・先輩と初めてひとつになった日・・・・・・
だけど、ぼくは言わなかった。
どうしようもなくなりそうで・・・・・
また、先輩にすがりついて泣いてしまいそうで・・・・・
だってたぶん、その日までぼくは・・・・・・





沈黙するぼくに「そんな昔のこと忘れたか」と残念そうにつぶやいた。
約束の時間まで、ぼくは先輩のぬくもりを感じていたくて、ずっとずっと先輩の腕に抱かれていた。





そして・・・・・・





先輩が眠りについたのを確認して、ぼくは先輩の手をとった。
手と手を合わせ、指を絡める。
ぼくの大好きだった、先輩の細くてきれいな指。
先輩の音楽を作り出す指。
ぼくを優しく愛撫してくれた指。
ぼくはその一本一本にキスをする。
最後に感謝の気持ちと、先輩の幸せを祈って。
先輩、同性のぼくをこんなに愛してくれてありがとう。
来てくれてありがとう。
抱いてくれてありがとう。
そしてどうぞ、自由に、あなたの人生を進んでください・・・・・・
ぼくは、ずっとずっとあなたを見守っています・・・・・・
 






神様、もうすぐ魔法がとけます。
先輩の前で、昔に戻ったふりをして
最後に本当の気持ちを先輩に伝えることができました。
おそらく先輩は、今日のぼくの全てを演技だと思っていることでしょう。
だけどそれでいいんです。
今日までのことはすっかり過去のこととして。
先輩には生きていってほしい。

ぼくのことなんか過去に葬り去って、幸せを見つけてほしい。
最後の最後に、ぼくはあなたに心から感謝をします。
素晴らしい人生をお与えくださりありがとうございます。
三上直人という人に会わせてくれてありがとうございます。
これからは、あなたとともに世の人々の幸せを祈りましょう。
この世に生きる全ての人が幸せになるように・・・・・・










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