祈 り



<38>






はぁはぁと息を荒げるぼくの前髪をかきあげ、「優、大丈夫?」と優しく問いかける。
これもいつものことだった。
そして、髪を愛しそうにすくいあげる。
「ごめん、重いね、優」
ぼくに重ねていた身体を横へすべらす。
先輩のぬくもりが、すぅーっと引いていく。
それが淋しくてぼくは先輩に向き直り、胸に顔を埋めた。
顔を胸に摺り寄せる。
腰を引き寄せ、腕の中にぼくをすっぽり抱いた先輩は、ぼくの背中を優しくなでる。
「どした?甘えん坊だな、優は。でもそんな優、かわいくて、おれ、大好き」
ぼくの髪に頬をを摺り寄せる先輩。
空気の入る隙間もないくらい、ぴったり肌と肌をくっつけ合う。
こんなに愛しいのに、どうして今まで離れていられたんだろう。
トクトクと一定のリズムを刻む先輩の鼓動。ぼくの鼓動と追いかけっこしてるみたい。





だけど・・・・ぼくの鼓動は・・・・もうすぐ・・・・・
今まで平気だったのに・・・・・・
この満たされた幸せを思い出してしまったから・・・・・





「・・・・・・・・すけて・・・」
「何?優?」
「・・・・わい・・・・・こわいよ・・・・すけて・・・・おねがい・・・・」
「優?」
「こわい・・こわいんだ・・・・やだ・・・やだよ・・たすけて・・・せんぱい・・」
「優?どうしたんだ?何がこわい?優?」
「やだやだやだっやだっ!こわいやだっ!や―――っ!」
「優っ!」
興奮して先輩の腕の中で暴れるぼくを、きつくきつく抱きしめてくれた。
折れそうなくらいにきつく・・・・





先輩・・・・そんなんじゃ足りない・・・・足りないよ・・・・・





抱きしめられた腕の中で、少しずつ冷静さを取り戻す中で、ぼくは考えた。
ぼくが先輩にしてあげられること、残してあげられること・・・・・・・
ぼくは心で先輩に話しかける。





先輩、これが最後です。ぼくからあなたにしてあげられる最後のことです。





先輩からいったん身体を離し、先輩の上に重なる。
膝と手を身体の脇につき、先輩を見下ろす。
「ごめんなさい・・・何でもないです・・・」
「何でもなくはな―――」
最後まで言わせない。
この夢のような時間が醒めてしまわないように。
「先輩・・・・今度はぼくがあなたに・・・・してあげる・・・・」
かがんで、くちびるにくちびるを重ねる。
いつも先輩がぼくにしてくれるように、おでこに、耳に、頬に優しくキスの雨を降らせる。





ぼくからキスをするのは、あの観覧車以来、三回目です。
先輩は数え切れないほどのキスをぼくにくれたのに、ぼくはほんの少ししかあげることができなくて、ごめんなさい・・・・・
これが、ぼくがあなたにあげる最後のキスです・・・・・





もう一度くちびるに、今度は深い深いキス。ぼくの命を吹き込む。





どうぞ、先輩、ぼくの分まで、どうか、幸せに・・・・・・





しなやかな首筋、きれいに浮き出た鎖骨、ラインがきれいな肩、細身の身体なのにとても頼りがいのある広い胸、脇腹、腰、お腹、太腿、足、足先まで、ぼくの軌跡を残すかのように、全身にキスを落とす。
そして、ぼくが、どうしてもさせてもらえなかったこと・・・・・・
ぼくは、先輩自身を口に含んだ。
「優っ・・・っつ・・・・・・」
おどろく先輩。それはぼくにとっても先輩にとっても初めての行為だった。
どうしてだったのかはわからないけれど、先輩はぼくが手で触れることは許してもそれを口にすることは許してくれなかった。ぼくばかりが奉仕されているようで、何度も同じことがしたいとお願いしたのに、言いようにはぐらかされでばかりだった。
『優は黙って感じてればいいの』
それが先輩の口ぐせで、ぼくがどんなに頑張ってもいつしか快楽の世界に引きずり込まれ、情けないことにその願いが叶うことがなかったのだ。
何度も身体を重ねているのに初めてのことがあるなんておかしいな。
そう思うと嬉しくてたまらなくて、一体先輩はどんな顔をしているのだろうと見上げてみれば、視線が重なった。
それでも先輩は、ぼくの口をはがそうとする。
だけど、ぼくは決して先輩の上から降りなかった。自分でもびっくりするような力が、先輩を押し返す。
「先輩、黙ってて!ぼくも先輩に感じてほしい。キモチよくなってほしい・・・・・」
必死の形相に先輩もあきらめ、素直に横たわった。
とはいうものの、初めての経験に戸惑う。
ぼくは先輩がいつもぼくにしてくれたのを思い出して、先輩自身を追い立てる。
くちびると舌と手を一生懸命使ってみる。
どんどん容量を増す先輩自身、快楽の声を押し殺したような先輩に、安心する。
「先輩、キモチいい?」
ぼくは聞いてみる。
「優・・・・・最高に・・・キモチいい・・・・・」
少し身体を起こした先輩の指が、汗で湿ったぼくの髪を優しくまさぐる。
時折その指先にこもる微かな力が、先輩の言葉が嘘ではないことを表していた。





ごめんね、先輩。
こんなに喜んでくれるなら、もっとたくさんしてあげればよかった・・・・・・

ぼくもオトコで、この行為がどんなにキモチいいか、愛されてるって実感するか、わかってたはずなのに・・・・・・
ぼくは、それすらも最後までわかってなかったね・・・・・
それなのに・・・・・・
こんなぼくを愛してくれて、ほんとうにありがとう。





「優、もう・・・もう・・・いいから・・・・・」
先走りの雫が出はじめたのを悟ったぼくは、先輩にまたがった。
「優、なに・・・す・・・・・」
先輩、本当にこれが最後・・・・・最後にぼくがしてあげる・・・・・
すっかり硬さを増し勃ち上がった、ぼくが勃ち上げた先輩自身を片手で固定し、ぼくの中へと誘う。
ゆっくりと腰を落とす。
「う・・・・っ」
先輩にしてもらうのと、違った感覚がぼくを襲う。
さっきまで先輩を迎え入れていたために、すんなりと先輩自身を飲み込んだ。
「はぁ・・・・・っ」
一呼吸置いて、そろそろと動き出す。
「ふぁ・・・・・・あ・・・・・・」
ぼくの重みで、いつもよりより深い部分まで先輩を感じる。
「アッ・・・」
先輩に下から突き上げられて、背中がしなり、ひときわ大きな声が洩れる。
起き上がった先輩はぼくを抱きしめる。
「優、ここからはふたりでキモチよくなろう・・・」
ぼくも先輩を抱きしめる。
ごめんね、先輩。
ぼくはオトコだから、オンナのひとのように柔らかく先輩を抱きしめてあげることができなかった。
オンナの人のように、柔らかな胸も、なめらかな身体の線も、持っていなくて・・・・・・
ただでさえ、細くてごつごつしたぼくの身体を、今まで何度も抱きしめてくれた。
そして今、骨と皮だけになった、酷く無残なぼくの身体でさえも、抱きしめてくれる。
先輩、抱き心地悪くてごめんね・・・・
でも、ぼくはうれしい。
こんな醜い身体でさえも、先輩のぬくもりを感じることができる。
ぼくが、まだ、この世に存在していることを示してくれる。
「せんぱ・・・もっとっ」
ぼくはせがむ。まだ生きていることを感じたくて。
「ああっ・・・いっ・・・キモチい・・・」
轟く感情を言葉に乗せる。先輩を感じていることを伝えたくて。
くちびるを求め、絡めあう。律動に合わせて、先輩がぼく自身を扱く。
口から、下半身から、濡れた卑猥な音が響く。
その音を消したくて、「先輩」と何度も呼ぶ。
すると先輩が言った。
「優・・・名前呼んで・・・?」
「な・・・まえ?」
「そうっ、なおと・・・」
「なおっ、アっ・・・・・・」
呼ぶたびに、下から突き上げられ、首が後ろに反る。
「もっと・・・よんでっ、ほら・・・」
「なおとっ、なお・・・うっ、なお、と・・・・・・」
言葉にならなくても、一緒におかしな声が飛び出してもかまわなかった。
「ゆうっ・・・ゆう・・・・・・」
「あぁっ・・・な・・・おとっ、ヤッ・・・」
「・・・ゆう・・・・・・」
「すきっ、なお・・・・だ・・・すき・・・」
「おれもっ、ゆう・・・あいしてる・・・」
繰り返し呼び合う名前に、いつもより深くつきささる先輩に、気が遠くなるほど快楽を求める。
身体全体が火照って、繋がっている部分が熱くて、気が狂いそうになる。
全身で先輩を感じようと、自らも先輩を求め、激しく動く。
決して先輩を忘れないように・・・・・
このまま、先輩の腕の中で、逝ってしまいたい・・・・・・
現実を忘れて、この快楽の世界に没頭していたい・・・・・・
このまま時が止まればいいのに・・・・・・
決して叶うはずのない想いだけは心に秘めたまま、強く強く先輩にしがみついた。










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