祈 り



<30>






「すっご〜い!テレビといっしょだ〜すご〜い!」
感動するぼくに先輩はケラケラ笑う。
昨日卒業式を終えたばかりのぼくは、先輩の待つ東京にやってきた。
久しぶりに再開した先輩は、一段とかっこよくなっていた。
見とれてしまうくらいに・・・・・・
ぼくが正直にそういうと、スタイリストがついたり、エステに行かされたり大変なんだといって笑った。
今日だって、帽子にサングラス。
「先輩、ギョーカイの人って感じですよ!」
ぼくが冷やかすと、照れて笑った。
ぼくの知ってる三上先輩とはまるで違う人みたいだった。
「それにしても今日よく休み取れたよな〜スケジュールがぽっかり空いてるんだ。優が上京してくる日でほんとよかった」
休みだという先輩に、せっかくだから、お台場に行きたいとお願いした。
先輩は優とゆっくり過ごしたいとぐすったけれど、そんなのいつでもできます、でも出かけるのはなかなか出来ないでしょと半ば強引に連れだした。
「うぁ〜フジテレビ!ほんとにまあるい球体がついてるんですね〜」
見たままの感想に先輩が笑う。
先輩、今日はぼくにたくさんの笑顔をくれる。
局内を見学したり、街をぶらぶらしたり、ウィンドウショッピングを楽しんだり、普通の恋人同士のデートみたい。
ぼくは今日一日、先輩とのデートを楽しむつもりでいた。
だから、思い出に残る素敵なデートにしたかった。
ぼくの笑顔もいっぱい先輩に見て欲しかった。
ぼくたちに残された時間が刻々と過ぎていく。
ぼくの中のカウントダウンが秒読み態勢に入る。
あの、どうしようもない不安感に襲われてから、本当に長かった。
それまで、先輩と暮らした時間よりも長く感じた。
長くつらい時間だった。
それからも、やっと開放される・・・・・・








先輩オススメのお店で最後の晩餐を終えると、もう外は陽が落ちて真っ暗だった。
予定通りの時間。
「先輩、締めくくりに観覧車に乗りましょうよ」
列にはカップルばかりで、男ふたりのぼくたちはかなり浮いていただろうけど、ぼくは全然気にならなかった。
最後くらい・・・・・・

乗り込んだぼくは、その夜景に圧倒された。360度、大パノラマなんだ!
「すご〜い・・・・・・」
レインボーブリッジやフジテレビ、夢の大橋、全てがライトアップされてオレンジ色に光っている。
道路という道路が、照明と走る車のライトでデコレーションされ、浮き出ている。
先輩は、これから、この煌びやかな街で、煌びやかな世界で生きていく。
その世界に、住むことが許された、才能にあふれた存在である先輩・・・・・・
そしてぼくには、そんな先輩の隣りにいる資格も価値もない・・・・・・
「ねぇ、先輩、あれ、東京タワーですよね!」
指差して、振り向くと、先輩は今日いちばんの真面目顔でぼくを見つめていた。
「優・・・・」
ぼくの左手を引いて隣りにすわらせる。
ぼくの移動で、個室が揺れる。
「これ・・・・・・」
ぼくの左手をとったまま、右手でポケットをがさがさと探り、目当てのものを見つけると、それをぼくの左手薬指にはめた。





これって・・・・・・





驚いて目を見開いたぼくにくちづける。軽く、ふれるくらいのキス・・・・・
「優が上京してきたら、渡そうと思ってたんだ。優、ずっとずっと一緒にいてくれ」
先輩、だめだよ・・・・・・よりによって今日・・・こんな・・・・・・
「おれのもあるんだ。だから、よかったら優からも・・・」
ぼくの手にリングを落とす。差し出される左手。
どうしよう・・・・・・
先輩を見上げると、とても優しい瞳でぼくを見てる・・・もうたまらないよ・・・・・・
ごめんなさい、今だけ・・・約束は守るから・・・・・・
ぼくは先輩の左手をとって、薬指にはめた。
そして、先輩にくちづける。
ぼくから初めての、最初で最後のキス。
先輩、もう会えなくても、ぼくの心は一生あなたのそばに・・・・・・
そう祈りをこめて・・・・・・








地上に降り立つと、ちょうど9時をまわったところだった。
これも予定どおり・・・・・・

プルプルと先輩のケータイが電子音をならした。
これも予定どおり・・・・・・

「優、悪い。急な打ち合わせが入っちまった。ひとりで帰れるか?」
「うん、大丈夫。ぼく、夜景を見ながらゆっくり帰るから、先輩急いでください」
「そうか、悪い。じゃあな。しっかり鍵かけて寝るんだぞ!合鍵持ってるな」
「心配しないでください。今日は楽しかったです」
「気をつけて帰れ」
ぼくの髪をくしゃっとさわって、背を向ける先輩。





先輩が行ってしまう・・・・・・





「せっ先輩っ!」
すっかり覚悟を決めたはずだったのに!なんて未練がましいぼく!
先輩が振り返ってしまった。涙が溢れそうになるのをこらえてぼくは叫んだ。
「先輩、ありがとう!さよなら!」
笑顔で大きく手を振った。








************************************








空港近くのホテルで一泊したぼくは、いちばんのフライトで海を渡る。
二年前の留学時に、ホストファミリーとしてお世話になっていたホプキンズ夫妻とメールで交流していたぼくは、カナダで勉強しないかという誘いを受けた。
外国を肌で感じたいと、常日頃から思っていたけれど、先輩との別れがつらくて、ずっと拒んできた。
ちょうどいい機会だった。
本当によかったと思う。
前の留学時、ぼくは先輩から逃げた。忘れようとした。
だけど、もう忘れない。
ぼくは先輩だけを想って生きてゆく。
この想いは誰にも言わない。
ぼくだけの心の奥に秘めて、ずっと大事に守っていく。
成田空港のネットカフェで、ぼくは先輩に最後のメールを打つ。
先輩がメールを読む頃、ぼくは機上の人。
そうなるように、先輩を拘束してほしいとお願いした。
ぼくは先輩を忘れない。
だけど、先輩にはぼくを忘れて欲しい。
もし、忘れられないのなら、ぼくを愛する気持ちを、憎しみに変えて欲しい。
そう願ってメールを打つ。






 

三上先輩


ぼくはあなたにたくさんの嘘をつきました。ごめんなさい。
ぼくはあなたをたくさん傷つけました。ごめんなさい。
あなたとずっと一緒に生きていく、そう誓ったのに、
ぼくは約束を破りました。ごめんなさい。
あなたはぼくにたくさんの好きをくれました。
あなたはぼくにたくさんの愛をくれました。
だけど、ぼくは心からあなたを信用できませんでした。
やっぱりあなたはぼくを通して姉を見ているのではないか、
ぼくの中に沸きあがった疑心は最後まで消えませんでした。
だから、ぼくはあなたと一緒にいけません。





それでもぼくは、それが誰に向けられたものであろうとも、
あなたの想いを拒否できませんでした。
なぜなら・・・・・・
あなたは優しかったから。
ぼくの髪を優しくなでる手。
ぼくを受け止めてくれる温かい胸。
ぼくはそれを手放すことができなかった。

なぜなら・・・・・・
ぼくは淋しかったから。
ひとりになりたくなかったから。
もしかしたら、あなたでなくても、
優しさをくれる人なら誰でもよかったんです、おそらく・・・・・・





ぼくはあなたに感謝しています。
あなたと暮らした二年間はとても楽しかった。
この世にたったひとり残されたぼくの淋しさを埋めてくれたのはあなたです。
あなたがいなければ、すでにぼくはこの世に存在しないでしょう。





ぼくはあなたとともに生きていく価値のない人間です。
自分の淋しさを埋めるために、あなたの気持ちを利用した、
とても卑怯でズルくて汚い人間なのです。





だから、あなたはあなたの道を真っ直ぐに歩いてください。
そして、あなたのことを心から愛してくれる人を見つけてください。





最後に・・・
ぼくにはそんな資格はないのかもしれませんが、
あなたの成功と幸せを、心よりお祈りしています。
先輩、ありがとうございました。
そして、さようなら・・・・・・


                                 優











神様、最後に願いを聞き入れてくださり、感謝します。
ぼくに、最後に勇気をあたえてくださり、感謝します。
なのに、こんなに胸が苦しいのはどうしてなのでしょう?
神様、あなたは新しい罰をぼくにお与えになったのでしょうか?
ぼくは、一生あなたに許されることはないのでしょうか?
―――神様・・・・・・・・・
 












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