祈 り



<29>






ぼくは進路を変更した。
先輩は、東京にはたくさん大学があるから、優にあったところを選べばいいと言ってくれた。
先輩は、駅前のライブを寒くなる前にやめ、一週間の半分くらいを東京で過ごすようになった。
ぼくは、先に上京すればいいと何度も言ったけど、優をひとりになんてできない、それに優に会えなくなるのは耐えられないと言って聞かなかった。
友樹には、春から東京へ行くことを報告した。
ぼくはいつものように大祝福してくれると思っていたのに、なぜか歯切れが悪かった。
「ほんとに行くのか優?」
そんなこと言われると思ってなかったのでびっくりした。
言いにくそうに続ける友樹。
「だって、芸能界って、よくわかんないけど、なんか恐いよ。そんなとこに優を・・・」
「だって、友樹。芸能界に入るのは、ぼくじゃなくてせ・ん・ぱ・い!」
「けど、優はきれいだしかわいいし、あぶないよ・・・・・・」
かなり心配そうな友樹にぼくも不安になってきた。
そんなぼくに気づいたようで、トーンを上げる。
「だけど、ふたりが決めたんだもんな。寂しいけど仕方ないか・・・・・・それまで目一杯遊ぼうな!あっでもおれら受験生か!ダメじゃん!」
いつも通り明るく笑ってくれた友樹に感謝する。
だけど、最後に友樹は突然驚くようなことを言った。
「なぁ、優って先輩と外出する時、手をつないだりとか・・・・してる?」





何なんだ、急に?





ぼくは人目を気にするほうだけど、先輩は全く気にしない。
さすがに街中で抱きついたり、キスしたりはしないけれど、結構手はつなぎたがる。
そう話すと、友樹は「どうりで」と納得する。
「何?どういうこと?」
「先輩ってこの街、いやかなり広い範囲で有名人なわけ。おまけにあのルックスじゃん?普通に歩いてても目立つわけ。で、その隣りにおまえ。そりゃきらきらしたふたりなわけよ。そんなカップルが手をつないで歩いてたりする。しかも男同士。一緒に住んでるらしいよ、親戚でもないのにと噂が飛び交う。真に目撃者もたくさんいる。今そういうの流行りだからさ〜女の子とかは喜んだりするわけだけど、やっぱり世間からみればさ、なんていうか、つまりその・・・・・・」
「認められない付き合いなわけだよね・・・」
「おれは、全然いいと思うんだけど、やっぱり道徳に反するとか思われるじゃん?おまけに先輩これから大事な時だし・・・芸能界ってそういう噂でぽしゃるやついっぱいいるし・・・・・・とにかく、これからは気をつけたほうがいい」
考え込んでしまったぼくを「おれは味方だから」そう言って励ましてくれた。








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東京―長崎を行ったり来たりの先輩は、かなり忙しそうだ。
デビューの日も決まった。
来年の春、フルアルバムの発売で、デビューするらしい。
ぼくは知らなかったんだけど、先輩の所属する事務所は、業界でも本格派アーティストを抱える大手事務所らしい。
その事務所期待の新人ということで、最近雑誌でも姿を見るようになった。
忙しい最中を先輩はただぼくに会うためだけに帰ってくる。
顔を見て、少し話をして、すぐに寝てしまう先輩。
よっぽど疲れているんだろう、やせて顔が小さくなった気がした。
街のCDショップにポスターがあふれ出す。夢へと確実に近づいている先輩。
その夢の実現に、果たしてぼくは必要なんだろうか?





――――優が必要なんだ――――





そう言って欲しい人は、ぼくのそばにいない・・・・・・
遠く離れた空の下、たぶんぼくのことは忘れて仕事をしているに違いない・・・・・・
そして、あの人がやってきた。
ぼくの心の迷いを見抜いたかのように、絶妙なタイミングで・・・・・・








あの人は、こんな何の価値もない一介の高校生に頭を下げてこういった。
「もし、あの噂が本当で、きみが三上直人という人物をこの上なく愛しているなら、彼のために身を引いてくれないか?今は抑えているけれど、業界でもちょっとした噂になってる。悪い意味で、この世界は潰しあいの世界だ。だけど、私は、彼の音楽に惚れている。彼は間違いなく成功する。だから、こんなちっぽけなことで彼を才能をふいにしたくないんだ」





こんなちっぽけなこと・・・・・・
そうか・・・ぼくが先輩を好きな気持ちはちっぽけなことなんだ・・・・・・





「残酷なことを言っているのは百も承知だ。しかも大の大人がまだ未成年のきみにね。だけど、同じ三上直人という人間を愛しているならわかってほしい」





そうか・・・この人もぼくと同じように先輩を愛しているんだ・・・・・・





この人のいうことは正しい。
これからという新人にスキャンダルはいらない。





ぼくはいらない。





ぼくは、一つだけ条件を提示した。








先輩は、かなりハードな生活を送っているらしく、もうほとんど帰ってこなくなっていた。
クリスマスも、お正月も、ぼくはひとりで過ごした。
だけど、それでよかった。
そのほうが楽だった。









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まだ肌寒い3月、ぼくは高校を卒業した。
優の卒業式には絶対出席すると意気込んでいたけれど、先輩は来なかった。
わかりきってたことだけれど。
友樹に最後のあいさつをする。
「友樹、ありがとう。たくさんたくさんお世話になっちゃって。まだ何も返せてないね」
「そんなのいいよ。それより・・・・メールくれよな!落ち着いたら遊びにいくからさ」
「うん、きっと・・・・・それと、約束、絶対に破らないで。友樹にはたくさん迷惑かけたけど、これが最後の迷惑だと思って聞き入れて」
「でも、ほんとにいいのか?」
「うん、決めたことだし」
これ以上友樹を見てると離れられなくなりそうで、ぼくは「じゃあ」と会話を切った。
先月の命日に家族には報告した。
あとは・・・・・・










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