祈 り



<28>






ぐるぐる渦巻く不安に反して、きっちり一週間で先輩は戻ってきた。
玄関で先輩を見たとき、ぼくはたまらなくなり、先輩の胸に飛び込んだ。
先輩は「淋しかった?ごめん」と背中をさすってくれた。
先輩が東京へ何をしに行ったのか予想はつく。
改めて最後通告をされるのが恐くて、先輩と一緒にいたいのに、ぼくは自室に引きこもった。
ドアがノックされ、先輩が部屋に入ってきた。
「優?」と呼ばれる。
ぼくの名前を呼ぶ先輩の声が大好きだった。
なのに、今はこんなにつらい。
「話があるんだけど・・・・・・」
ぼくはなかなか先輩を見ることができなかった。
だけど、寂しかったこの一週間に、たったひとつだけ決めたことがあった。
先輩の前では笑顔でいようと。
意を決して振り返り、先輩の前にすわった。
「どうしました?何かありました?」
笑顔を交えて先輩に聞いた。



「―――おれ・・・東京で、音楽事務所と契約してきた・・・・・」



もっと心が痛いかと思っていたのに、予想通りの答えに案外平気な自分がいた。
「そうなんですか?以前に駅前で名刺くれた人?すごいじゃないですか、先輩!じゃ、デビューするんでしょ?CDも出すんでしょ?すごい!夢かなうんですね!」
人間て素晴らしい生き物だ。
どんどん勝手に台詞が口をつく。
まるで練習していたかのように。
黙ってしまうと壊れてしまいそうで、ぼくはしゃべり続けた。
「どうするの?いつから東京へ?荷物整理とか大変ですよね。あっ、じゃあ駅前のライブももう終わりにするんですよね〜」
「優っ」
「それに、大学は?手続きもいろいろあるんでしょ。ぼくにできることは何でもいってください。手伝える―――」
「優っ!」
先輩から目をそらせて、ぺらぺら話していたぼくは、先輩の強い呼びかけに顔を向けた。
真っ直ぐぼくを見ている先輩。
心を見透かされそうで・・・・・・恐い・・・・・
「優・・・・おれはまだ肝心なことを話していない。優・・・・聞いてくれ・・・・・」
ぐっと肩に力を入れた。





「優・・・・・高校卒業したら、おれと一緒に東京へ行かないか?一緒に行こう」





えっ?





「事務所からは、すぐにでも上京してくれと言われた。だけど、おれは優と離れるつもりはない。優も一緒に連れて行きたい。だけど、優には今の高校を卒業してほしい。だから、事務所には、本格的な東京での活動は来年の春からという条件を提示した。もちろん、それがダメならこの話はなかったことにしてくれと言った。事務所のOKが出たから、おれは契約書にサインをした。おれってそんなに才能あるのかな」
はははと笑う先輩。
だけど、ぼくには笑う余裕がない。
涙がぽたぽたこぼれ落ちる。
慌てた先輩は、ぼくをぐっと引き寄せた。
一週間ぶりの先輩のぬくもりをもっと感じたくて、顔を胸にすり寄せる。
「ごめん、優。優に何の相談もなしに、勝手に決めちゃって・・・だけど、東京行く前に優に拒まれたらと思うと恐くて相談できなかったんだ。ごめん・・・ほんとごめん」
何度も謝る先輩。
まただ・・・先輩は何も悪くない・・・・・・
「優・・・一緒に来てくれるか?生まれ育ったこの街を離れるのはつらいかもしれないけど、おれは優と離れたくないっ!優がいないと・・・もう・・・・・・」
「ぼく・・・ほんとに一緒に行ってもいいんですか?一緒に連れて行ってくれるんですか?」
「何言ってるの?おれが優にお願いしてるんだよ?」
先輩はぼくから身体を離して、ぼくの肩に手を置いた。
ぼくも先輩を見つめる。
「優、おれと一緒にいてくれるか?ずっと一緒にいてくれるか?」
ぼくがこくんと頷くと、先輩のくちびるがぼくを捕らえた。
激しいキスにくらくらする。
息をするのも忘れるくらい、お互いを求め合う。
苦しくなりくちびるが離れると、先輩は再びぼくを抱きしめ、耳元で「一週間分、優を感じたい」そう囁いて、ぼくに身体を重ねてきた。
お父さん、お母さん、お姉ちゃん、ぼく、先輩と一緒に行っていいよね?
ぼくはまだこのとき、自分の存在が先輩を苦しめることになるとは思ってもみなかった。
ただ、先輩と一緒にいたかった。
 






神様、ぼくの選択は間違いなのでしょうか?
ぼくは、先輩と一緒にいていいのでしょうか?
ぼくは先輩の負担になりたくありません。
もし、ぼくの存在が先輩を苦しめることになるなら
その時は・・・・・
ぼくはどうなってもいいですから・・・・・
 










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