祈 り



<25>






特急で一時間半。ほんの少しの移動距離なのに、そこは全くの異国だった。
石畳の道。
ヨーロッパの田舎にありそうなかわいい色とりどりの建物(オランダだもんね)。
そして何より、一面に咲き乱れているチューリップ畑。
それに囲まれて、どんと腰をおろしている風車。
まさしく絵に描いたようなオランダの風景。
ちょっと感動・・・・・・(日本なのに)
すごいすごいと大はしゃぎのぼく。
すっかり悩みも吹っ飛んでしまっている。
「優っ!」
呼ばれて振り返ると、カシャッと写真を撮られた。
カメラを持ったままうれしそうな先輩。
「よかった、優が楽しそうで」
ほっとしたような表情に胸がきゅんとしめつけられる。
「優、ここんとこずっと元気なかったもんな。よかったよかった。ほらほらもっと撮ってやるから、笑って笑って!」
ぼくをいろんな角度から写す先輩。
なんか親バカな親みたいでおかしくてククッと笑った。
せっかくの先輩とのデートだし楽しまなきゃもったいないなぁ。
それに先輩に心配かけたくないし!
「先輩っ、ぼくも先輩が撮りたいですっ!貸してカメラ!」
おれはいいよという先輩からカメラを奪おうとするぼく。渡すまいとする先輩。
こんなじゃれあいの瞬間も大事にしなきゃね・・・・・・
最後にぼくたちはふたりで写真を撮った。
うまく撮れてるといいな・・・・・・








それからぼくたちはテーマパーク内を散策した。
いろんなアトラクションがあるらしいけど、先輩は優が好きなのはこっちだと、ぼくをひっぱって行く。
自然とつながれる手。
人目が気になるぼくに対して、先輩は全く平気なようだ。ひとり照れてうつむき加減になるぼく。
先輩が連れてきてくれたのは、たくさんのオルゴールが展示されているミュージアムだった。
ぼくはオルゴールが奏でる儚げな音色が大好きだ。
消えそうで消えない、何度も繰り返されるメロディ。
オルゴールに囲まれて暮らしたいな、そう先輩に言った覚えがある。
覚えていてくれたんだ、先輩・・・・・・
アンティークなオルゴールがたくさん展示されている。
装飾がとても美しく、特にアンティークものは大好きだ。
所有していた人の歴史がそこにはある。
そのむかし、どんな時にこの音色を聞いたのだろうか。
幸せな気分の時?それとも落ち込んでいた時?
その調べを聞いているだけで、古きよき時代のヨーロッパにトリップできる。
出口付近に小さなショップがあって、数点のオルゴールが売られていた。
その中で、ひとつぼくの目をひくオルゴールがあった。
マホガニー調の重厚な木の台。
それとは対照的にモザイク模様の小さなガラス球がその上に乗せられている。
そのガラス球がゼンマイになっていて、メロディを奏でながら回転するらしい。
ぼくが見入っていると、店員さんが「そのガラス球に太陽の光があたるととっても奇麗ですよ」と説明してくれた。
「それにそれは限定製品で残り少ないんです」と軽く薦める。
「優、それ気に入った?」
傍らに立っていた先輩がぼくに聞く。
ゼンマイを巻いてみると、これまたぼくの大好きな『パッヘルベルのカノン』の調べ。
ガラス球がくるくる回る。
「すみません、これください」
そう言ったのはぼくではなく先輩だった。
びっくりして先輩を見上げると「今日の記念に買ってやる」と財布を取り出す。
ぼくは慌てた。
だって、この旅行だって、ぼくが旅費を出そうとしたら、おれが誘ったんだからダメだと受け取らなかった。
このオルゴールだって、軽く買えるほど安いもんじゃない。
「じっ自分で買いますから!」
財布を取り出すぼくに「優はおれにプレゼントされるの嫌なのか」なんて意地悪なこと言って、退こうとしない。
「でっでも・・・・・・」とどうしていいかわからずくちびるをかむぼくに「じゃあ、優もおれにオルゴールプレゼントして。おれにぴったりのやつ」と少し折れてくれた。
ぼくはうれしくて、ケースに並ぶオルゴールを真剣に吟味する。
「あっこれ・・・・・・」
それは、台はきれいなローズウッド、ガラスケースに真鍮のイルカのデザインの脚がついた、流行のスケルトン調の、スタイリッシュデザインがな先輩にぴったりの、クリスタルオルゴールだった。
「それも素敵でしょ?人気商品で、もうこれ1台だけになってしまったんです」
ぼくの商品を包んで持ってきてくれた店員さんが、ショーケースから出して見せてくれた。
ゼンマイを巻いてみると・・・・・・
「これもこちらのと同じ『カノン』なんですよ」
悩む間もなく、ぼくはそれに決めた。








その後も、アート好きなぼくのために様々な場所に案内してくれた。
かなり下調べをしてくれていたらしく、その心遣いがたまらなく嬉しくて、ぼくは自分でもびっくりするくらいにはしゃいでいた。
たくさんの美術作品を見てまわり、気がつくとランチタイムもすっかり終わり、ティータイムに突入していた。
甘いもの大好きなぼくたちは、オランダといえばチーズだよなっていう先輩の一声で、チーズケーキ専門店に入った。
週末のわりに、入場者が少ないのか、店内も空いていた。先輩は当店オススメとかいう『オレンジ風味のチーズタルト』、ぼくは『かぼちゃのチーズスフレ』を、そして残るオススメメニューもどうしても食べたくて『チョコのチーズスフレ』を注文した。
運ばれてきた先輩のタルトは、とてもおいしそうな色に焼けていて、ぼくは子どものようにじっとみつめてしまった。
「何?優、これ食べたい?」
よっぽど物欲しそうな目をしていたのか、先輩が問いかける。
ぼく、子どもみたいじゃん。人のものが欲しくなるなんて・・・・・・
「いっいいです」と自分のスフレに手をつけようとしたとき、「はいっ」とフォークにタルトを乗せてぼくに差し出す。





こっこれって―――はいっ、あ〜んてやつ?
それは・・・・恥ずかしすぎるよ・・・・・・






戸惑うぼくに「優、早く!落ちちまう」と口元までフォークを運んでくる。
チーズのいい香りが鼻孔をくすぐり、誘惑にまけたぼくは、ぱくっとタルトを口に入れた。
口内に広がる濃厚なチーズ。最高においしいっ!
ゆっくり味わっているぼくに、「じゃあ今度は優のちょうだい」と口を開ける。





え――っ、ぼっぼくが?え―――っ・・・・・・





スプーンにすくったものの、差し出すことができないぼくに、「優くんはいつまでおれにこんなマヌケ面をやらせておく気なんだろう」と口を閉じようとしない。ぼくは周りをきょろきょろ見回した。
誰もいない。
そおっとスプーンを先輩の口元に運ぶ。
ぱくっとスプーンをくわえてスフレを味わった先輩は「優、かわいい。顔真っ赤!」と言って笑った。
先輩も何だか子どもみたいでかわいいよ。ぼくは心の中で囁いた。
先輩のペースに乱されっぱなしだけど、それがとても心地よくて、楽しかった。
友樹には、お土産に木靴を買った。
アニメの『フランダースの犬』大好きだもんなぁ。
バイト先には、チーズでできたお菓子の詰め合わせを買った。
こうなったらもうチーズづくしだと盛り上がり、夕食はチーズフォンデュにした。
食べた後、残ったチーズを火にかけて作るチーズのおこげが最高においしかった。








あっという間に閉演の音楽が鳴り響く。
さすがにこの時間になると少し冷え込んできた。
ハウステンボスには、いくつかのホテルが併設されている。
そのどれかに宿泊するものだと思っていた。
しかし、先輩はそれらには目もくれず、ぼくをどんどん奥へ奥へと導く。
オレンジにライトアップされた、異国情緒あふれる街並みを通り抜ける。
ロマンチックな雰囲気に、つながれ絡めた指に力がこもる。ぎゅっと握ると反応がかえって来る。
くすぐったいぼくの心。
「今日はここに泊まるんだ」
そこにはたくさんのコテージが並んでいた。事務所で手続きをし、ボーイに案内されて、森の奥へと進んでいく。
湖にかけられた小さな橋を渡り、案内されたのは、湖に浮かぶ、小さな真っ白のコテージだった。
傾斜のついた屋根には小窓がついている。
ボーイにうながされて部屋に足をふみいれれば、そこにはとても広いリビングに、大きなすわり心地のよさそうなソファ。
一通りの説明を済ませたボーイがひきとると、ぼくは待ちきれず「すご〜い」と声を上げた。
ありとあらゆる扉を開けてみる。
バスルームにトイレにクローゼット。どれもこれも、デザインが素敵だ。
階段を見つけ二階へあがるとそこはベッドルームだ。
木製のベットにサイドテーブル。
あくまでもコテージ色を忘れないデザイン。対してベッドカバーはシックなグレーで、それがモダンさを醸し出す。
大きなガラス扉を開け、テラスに出る。
闇の中に対岸のコテージのオレンジの明かりが点々と浮きあがっていて、冷たい風が月明かりに照らされた湖面に映る影を揺らしている。
静けさと空気の奇麗さが、無数の星をぼくに見せる。
「どう?気に入った?」
先輩が後ろから身体を重ねた。
背中越しに先輩の鼓動が伝わる。
手すりにかけていたぼくの手に手を重ね、ぼくの指を優しく弄ぶ。
ぼくの肩にあごを乗せた先輩は、耳元で「どう?」と甘くささやいた。

しばらくふれていなかった先輩の身体のぬくもりに気が遠くなる。
ざわざわと心が揺れる。
「うん」
そういうのが精一杯だっだ。
「よかった・・・・・」
先輩が身体をさらに強くぼくに押しつける。
指に力がこめられ、耳たぶを軽くかまれた。
ぼくの身体がこわばりぎゅっと目を閉じる。





だけど・・・・・・もうだめ・・・・・





くるっと振り返りった。
ぼくの瞳と先輩の瞳。お互いを映しあっている視線が絡みつく。
先輩の顔がぼやけてきた。ずっと見ていたいのに・・・・・・
顔が近づいてきて、ぼくの上くちびるとぷるんとすくいなめた。
びくりと反応するぼく。
外気にふれて冷たくなった先輩の手がぼくの頬を包む。
ひんやりして気持ちいい。
ぼくは目を閉じる。
今度は下くちびるを舌でなぞられ、生暖かい、ざらっとした感触に、くらくらした。
何回もちゅっちゅとくちびるを吸われる。
ぼくがほしかった柔らかいくちびる。
その優しさに耐え切れなくて、もっと深いキスが欲しくて、自分から舌を差し出せば先輩の舌がそれに答える。
静寂な森に、ぼくたちが奏でる音が響く。
くらくらして力が入らなくなってきたぼくは、先輩の首に腕をまわした。
力が抜けたのがわかったのか、ぼくの背中にまわされた先輩の腕に力がこもる。
くちびるが離れるたび、「優、優」と繰りかえし囁かれ、ぼくは「好き」を何度も繰り返した。










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