祈 り



<23>






手を引かれて、初めて入る先輩の部屋。
覗いたことはあったんだけど。
なくなっていた荷物ももとに戻され、先輩の大事なギターが存在感を示している。
自分から誘っておいて、いざベッドを目の前にすると怖気づいてしまった。
「ぼっぼく、シャワーを・・・・・・」
そうだそうだ!きっきれいにしとかないと、あんなことするんだから、よっ汚れちゃうっ・・・・
「何で?夕食前にお風呂入ったじゃん」と先輩は手を離してくれない。
「でででででも、きっ汚いっかも」動揺のあまり、口ごもるぼく。
そんなぼくを先輩はぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫だよ・・・・それに・・・・もう待てない・・・・・・」
優しい囁きに力が抜けていく。
先輩を見上げると、ぼくの前髪をさわりながら「麻野が誘ったんだからな」と言って、微笑んだ。
ふわっと宙に浮いた途端、ぼくは先輩に抱きかかえられていた。
いわゆるお姫さまだっこ?
「ななななな・・・・」と意味不明の声を発するぼくを「もう何もいうな」とベッドまで運ぶ。
ゆっくり降ろしたぼくに覆いかぶさるように、ぼくの両足をまたぐように膝を着き肩の横に手を着いて、ぼくを見下ろす。
真剣な瞳がぼくを捕らえて離さない。
顔が近づき、先輩の髪がぼくの頬をくすぐる。
今度は、ほんの少しふれるくらいの羽のようなキス。





「大好きだ、優・・・・・」





その言葉に胸がきゅんとする。
先輩、初めてぼくの名前、呼んでくれた・・・・・・・





「もう一回呼んでください・・・・・・・」





お願いしてみるとそんなのこれから何度でも呼んでやるといって優、優と繰り返してくれた。
呼ばれるたびに、ぼくのくちびるを捕らえる。
心地よくて、目を閉じる。
ふれるたびに少しずつ少しずつ深くなって、先輩の情熱がぼくへと注ぎきまれる。
先輩の手がぼくのシャツにかかる。
あらわにされていくぼくの肌。
ズボンに手がかかったとき、たまらなくなり目を開いた。
「―――優?」
「ぼくだけなんてはっ恥ずかしいです。先輩も・・・・・」
「じゃあ、優が脱がして・・・・・・」
恥ずかしかったけれど言われるがまま、先輩のシャツのボタンに手をかけた。
緊張してなかなかうまくいかないぼくを、先輩はうれしそうに見ていた。
ボタンを全部はずすと、先輩は自分で袖を抜いた。
現れた先輩の身体は、細身なのにがっしりしていて、大人の人の身体だった。
それに比べて、ぼくは、細いし、貧弱で・・・・・・
ぼくの背中とベッドの間に腕を入れ、少し身体を起こして、シャツを引き抜く。
「下はどうする?」
いじわるっぽくにやりと笑ってぼくに聞く。
ぼくがそっぽを向くと「自然に・・・・な?」と囁いて、再びぼくに覆いかぶさってきた。
今度は、肌が重なり合う。
ぼくの前髪を後ろにかき上げ、ちゅっと音を立てておでこにキスをする。頬に、鼻に、そしてくちびるに。
ぼくは腕を先輩の背中に回し深くなったキスに一生懸命応えた。
吸いあうくちびるから洩れる濡れた音が、耳を刺激する。
混ざり合った蜜が溢れ、ぼくの肌を伝う。
先輩のくちびるがそれを追いかける。
やっとくちびるが離れ、「ふぅっ・・・・・」と息が漏れた。
「優、好きだ・・・・・」
吐息交じりの囁きに、愛しさが溢れる。
「ぼくも・・・大好き・・・・・」
その言葉を聞くと、満足げに笑みを浮かべた先輩は、くちびるを滑らせる。
頬に、耳に、首筋に、鎖骨に・・・・・・
柔らかく、くすぐったい先輩のくちびる。
ふれたところが・・・・熱を帯びる・・・・・
ぼくは、されるがままになっていた。
どうしていいかもわからなかったんだけど。
とにかく、先輩にふれられた場所に、全神経が集中して、思考回路がショートしてしまっている。
ぼくの肌を吸う、ちゅっちゅという卑猥な音だけが、頭の中に響く。
そして、くちびるがぼくの胸の敏感な部分にふれたとき、ぞくりと身体を電流が走り抜けた。
「やだっ・・・」
咄嗟に声が出て、先輩の肩を押し返し身をよじる。
先輩は、抵抗した手に指を絡めて動きを制し、「やじゃないの」と愛撫を続けた。
自分の声じゃないみたいな、甘い声がもれる。
ぼく、おかしいよ・・・・・・こんなぼく、先輩に見られたくないっ・・・・・・・
涙がじわじわ滲んできた。
恥ずかしくてたまらないのに、どうしようもないぼく。
羞恥心よりも大きくなる快楽に、たまらなくなる。
涙に気づいた先輩は、涙をぬぐい取りながら「どうして泣くの?」と優しく問いかける。
「だって・・・・・・ぼく・・・・・どうしようもない・・・・・・・恥ずかしい・・・・」
「泣かないで。恥ずかしくないよ。優が恥ずかしいならおれも恥ずかしい・・・・・愛し合うのは、ひとりじゃできないんだよ。だから・・・・・自分に正直になって・・・・・・もっとありのままの優を見せて・・・・」
甘い声がぼくを刺激する。
続けられる愛撫に、身体が反応する。
いつしか、ぼくも先輩も何ひとつ身に着けていなかった。
先輩の肌、くちびる、指、吐息、全てに敏感に反応するぼくの身体。
幾度となく繰り返される、好き、愛してるという甘い囁き。
優、と呼ばれるたび、ぼくも大好きを返す。
だって、ぼくにはそれしかできないんだ。
ゆっくり時間をかけて受け入れ態勢を整えたぼくに、先輩が入ってきたとき、強烈な痛みが走った。
だけど、先輩を感じたくて、溶け合いたくて、途中でやめようとする先輩に最後までとお願いした。
ぎゅっとぼくを抱きしめる先輩。
ぼくも先輩にすがりつく。
お互いが一つのリズムを刻みあう。
軋むスプリングの音がふたりで奏でるハーモニーのようだ。
「・・・優・・・・優・・・・・」
重なり合う身体から、呼ばれる名前を聞き入れる耳から、先輩を受け入れる。





先輩・・・・・あぁ・・・ぼくは全身で先輩を感じています・・・先輩の存在を・・・・・・・
先輩も・・・・・・ぼくを感じてくれてますか・・・・・ぼく・・・・麻野優を・・・・・・・





激しくなる動きに、頭が真っ白になり、ぼくは意識を手放した。








なんかふわふわして・・・・・心地いいな・・・・・・・・・
ゆっくり瞼を開けると、目の前に先輩の寝顔。
すっきりした顔のライン、少し濡れたようなくちびる、伏せられた長い睫毛、いい感じに顔にかかる細くて奇麗な髪・・・・・しばし見とれるぼく。
ぼくを守るかのように背中にまわされた腕につつまれて、幸福感で満たされる。
ぼく・・・・先輩と・・・・・えっちしちゃったんだ・・・・・・
好きな人と抱き合うことが、あんなに気持ちいいものだっただんて、知らなかった。
途中からは、恥ずかしさより、痛みより、気持ちよさが勝って、何がなんだかわからなくなった。
ぼく・・・ぼく・・・・どんな顔してたんだろ?
恥ずかしい声もいっぱい出したような・・・・・・
思い出したくないのに、やっぱり思い出したい。
でも先輩にどんな顔で会えばいいの?
とっ友樹ぃ〜やっちゃった後の接し方も、教えてくれなきゃわかんないよ〜
悶々と悩んでいると、ぱちっと先輩が瞼を開いた。
「おっおはようございますっ」
咄嗟に出た間抜けな挨拶に、先輩は「おはよう」と挨拶のキスをくれた。
ぼくって、ずっと先輩に気持ちよくしてもらってばっかで、何もしてあげてないんじゃない?
でも、気持ちよくしてあげるって、どうするんだろ??
「で、どうだった?」
ぼくの髪をなでながら聞く先輩に「どっどうって・・・・・」と口ごもる。
「キモチよかった?おれを感じた?」
「―――最後はよくわかんないけど・・・・・・気持ちよくておかしくなりそう・・・でした・・・」
わ〜わ〜!ぼくは何て恥ずかしいことを言ってるんだ。正直に感想を述べるなんて!
「それはよかった。もうやだとか言われたらどうしようかと思った」
は〜と深呼吸して、ぼくから腕を離し、伸びをする先輩に思い切って聞いてみた。
「それより・・・先輩はぼくでいいんですか?」
「えっ?」
「ぼく・・・オンナの人みたいに柔らかくないし・・・オトコだし・・・・・・」
「優・・・・・・」
「それにっ、ぼくばかり先輩に愛されて、キモチよくて、ぼくは何ひとつ先輩にして・・な・・・」
思い切ったものの、最後まではっきり言えない。
それでも先輩は察してくれたみたいだ。
「おれは優だからえっちしたいんだよ。それにかわいい優をいっぱい見れたからいいよ。ほんとかわいかったよ、優は。おれの動きに敏感に反応するところとか、甘い声とか―――」
「せっ先輩、もういい、もういいです。ぼくのことはいいですっ!それより、ぼくがっ・・・・」
ベッドにがばっと起き上がり、先輩に向かって正座したぼくは、ハダカだってことに気づいて、あわててもう一度ベッドにもぐりこんだ。
シーツから顔を半分だけ出して、先輩を見る。
「だから、ぼくも先輩を・・・・キモチよくしたい・・・・です・・・・」
勇気をだして、ぼくの気持ちを先輩にぶつけた。
先輩がぼくを引き寄せる。
すっぽりと腕の中に納まってしまったぼくの髪に顔をうずめて「じゃあこれからはふたりでキモチちよくなろうな」と優しくいった。
先輩のぬくもりとにおいをいつまでも感じていたくて、ぼくは先輩の胸におでこをすり寄せた。





 

あなたが残してくださった、ぼくの存在。
ぼくが消し去りたかった、ぼくの存在
それを喜んでくれる人がいました。
愛してくれる人がいました。
それだけで・・・・・
ぼくは生きていけます。
あなたのもとへと向かうのは。
もう少し先でもいいですか?










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