祈 り



<22>






意識が戻ってすぐ、無理をしてしまったぼくは、あれから熱があがってしまい、三日間の入院を余儀なくされた。
先輩は朝と夕方に必ずお見舞いに来てくれた。
先輩が連絡したのか、友樹もやってきて、優のこと放っておいてごめんと、何度も謝られた。
ぼくは、友樹にこれまでのいきさつを報告した。
先輩が出て行ったとき、自分のことのように怒り狂っていた友樹も、ぼくの想いが先輩に届いたことを伝えると、とても喜んでくれた。
「でさ、友樹、気持ち悪くない?」
「なにが?」
「だって・・・ぼくたちオトコ同士だし・・・・・・」
あははははは・・・・・・と友樹は笑い出した。
「何いまさら。おれ、優が先輩のこと好きだって知ってたじゃん。おまけにキスしたことも知ってたじゃん。片思いはOKで両思いは気持ち悪いなんて、おれ、そんな風に思うやつだと思う?」
おれって信用ないなぁ・・・・と寂しそうな友樹。
「ご、ごめん、友樹。そんな風に思ってないよ。ちょっと人の目が気になってさ・・・・・・」
「言いたいやつには言わせとけばいいんだよ。普通に生活してる分にはわからないって!だけど・・・・・」
ふたりしかいない個室なのに、友樹はぼくの耳元で小声になった。





「アレの時はあんまり大きな声だしちゃだめだぞ」





「―――はっ?」
「まぁ、優ん家は一軒家だし、広いから、ご近所まで聞こえないか〜よっぽどがんばんないと!」
からかうような目でぼくを覗き込む。
「アッアレって・・・・・・」
あわてるぼくに友樹はさらりと言った。
「何を純情ぶってんだよ。えっちに決まってんだろえっち!」
「えええええっちって―――ぼくも先輩もオトコなんですけど」
敬語になってしまったぼく。
「―――まさか、優、オトコ同士じゃえっちできないとか思ってた?」
はい、思ってました。女の子とする方法はぼくだって知ってる。
未経験だけど・・・・・・

でも、オトコ同士って・・・・・どっどうするの?
ぐるぐるえっちという言葉が回りに回る。
ぼくの混乱をよそに、友樹は説明し始めた。
「優と先輩だと明らかに攻めが先輩で受けが優だな」
せっ攻め?受け?初めて聞くけど、なんとなく意味がわかるような・・・・・・
「で、オトコ同士の場合は――――――――・・・・・・・・・・・・・なっ?わかった?」
驚きのあまり、声がでない。ぼくのあんなところに先輩のアレが・・・・・・入るのかな?
「むっ無理だよ!絶対無理だ!裂けちゃうよ、そんなことしたら!」
「だからっ!まぁ最初は痛いかもしれないけど、それは女も一緒だろ?それに、痛みを和らげるためにだな――――――――――・・・・・・・・・・・・・・・なっ?わかった?」
わわわわわかったって!
ぼく自身でさえ見たこともない、あああああんなところを先輩にみっ見られるの?
おっおまけにさわっさわっ―――だめだぁ〜〜〜〜〜〜!
ゆでだこ状態のぼくを見て、友樹はまた大笑い。お腹抱えて笑ってる。
ぼくにとっては切実は問題なのに!!
ひとしきり笑ったあとで、友樹は急に真面目顔になった。
「おどろかせて悪かったよ。でも嘘は言ってない。それに・・・・好き同士なら、自然なことだと思うな。優、先輩に抱きしめてもらったときとか、このままずっとこうしてたいって思ったりする?」
ぼくはこくりと頷いた。
「それの延長だよ。好きな人と、一緒にいたい、とけ合いたい、そう思うのが当たり前だし、そういう感情は、すごくすごく好きでないと起こらないと思う」
ぼくは・・・・・・この間、先輩に抱きしめられた時そう思った。
ぬくもりをずっと感じていたくて、このままとけてひとつになりたいって思った・・・・・・
あの時、心と身体がざわざわしたんだ。
「だから・・・・・・早くやっちゃえ!ていうか、先輩もずいぶん待ったんだから、もう我慢ならないんじゃないの?大好きな人に求められるなんて、そんな幸せなことないんだからさ〜だめだよ、拒んじゃ!」
先輩が、ぼ・・・ぼくを抱きたい?どどどどどうしよう・・・・・・・
こんなことばっか考えてると、ぼくの心臓壊れちゃう!
落ち着け落ち着け、優、落ち着け!
「で、でも、友樹なんでそんなに詳しいの?もしかして・・・・・」
「変なこと考えるな。優がお子ちゃまなだけで、常識だよ常識。詳しい内容は、妹の読んでる本から得た知識。なんかそういうの今流行りなんだって。ボーイズラブとかいうらしいぜ。おまえと先輩も流行りのカップル?美男美女だし!」
「とっ友樹っ!」
ごめんごめんと謝りながら立ち上がった。
「そろそろ先輩も来るだろうし帰るわ。だけどほんとよかった。優が幸せそうでよかったよ。でも、何かあったらおれを頼るんだぞ!もうひとりで悩むな!それに優はひとりじゃないよ!わかった?」
ぼくが大きく頷くと、安心した顔で「じゃあ次はえっち報告な」と言い残し部屋を後にした。








******************************************








退院した夜、先輩が豪華なごちそうをたくさん用意してくれた。

テーブルには、ぼくがお父さんのために買った高級なワインあった。
お母さんとお姉ちゃんに買った白いお花も。
今日、退院したその足で、先輩と報告にいった。
そういえば、そこになかったもんなぁ。
「今日は、麻野の退院祝いだし、このワイン開けようか。お父さんも喜ぶよ、そのほうが」
少しだけな、と先輩がグラスにワインを注いでくれる。
「おっおいしいっ!」
ぼくはうなった。
父がワイン好きだったため、小さい頃からよく飲まされた。
いろんな種類を味わったけれど、その中でもいちばんだ。さすが高価なだけある。
「当たり前だろ?こんなワインもう一生味わえないよ。お父さんありがとう」
天にグラスをかかげる先輩に「ぼくが買ったんですけど」とつっこみをいれる。
再び、こんな風に先輩と楽しい時間を過ごすことができるなんて・・・・・・
やっと戻ってきた優しい時間とおいしいワインにぼくは酔いしれた。
ぼくたちふたりはたくさんの料理をたいらげ、今まで離れていた時間を取り戻すかのようにたくさん話しをした。





いつの間にか、ぼくたちはソファに移動していた。
ぼくの肩を抱き寄せる先輩。
ぼくはそっと先輩に身体を預けた。
ふれ合う場所にお互いの熱い思いを感じる。
先輩のしなやかな腕が隣りからすっと伸びてきた。
先輩の手がぼくの頬を包み、親指がくちびるを優しくなでる。
たまらなくなりぼくが目を閉じると、柔らかいくちびるがぼくにふれる。
優しく優しく何度も啄ばむように・・・・・・
合わせる時間が徐々に長くなる。
くちびるが離れるたびに聞こえる甘い吐息・・・・・・
ふっと力を抜くと、生暖かいものがぼくの口内に侵入してきた。

一瞬驚いてびくっと身を引いたけれど、先輩の大きな手がぼくの頭を支えていてくちびるを離すことができない。
角度を変えてぼくの口内を暴れまわる。
そしてぼくのそれを見つけては優しく絡め取る。
今までにない深いキスに、思考がついていかない。
それなのに、気持ちいいと感じている自分がいる。
キスという行為に陶酔している自分がいる。
さすがに息が苦しくなって呻いたぼくに、先輩がくちびるを離した。
熱に浮かされたように、ぽーっとほうけているぼく。
くちびるが光っている。
あれ・・・・ぼくの唾液だよね・・・・そんなことを思った。
「ごめん・・・・」そう言って、顔を伏せる先輩。
謝らないでよ・・・・・・
ぼくは、いつも先輩がぼくにするように、両手で顔を包みこみ、顔をのぞきこむ。
「謝らないで・・・・・・ほんとに夢見たいなんです・・・・・先輩・・・・・大好きです」
先輩の首に両腕をまわした。
ワインの威力はすごい。こんなにぼくを大胆にさせる。
「ほんとうに・・・・もうどうしようもないくらい・・・・大好き・・・・・」
先輩の耳元で「大好き」と繰り返した。
さっきより深いキスがぼくを襲う。
今度はぼくもおそるおそる先輩に絡めた。
お互い、口内を犯しあう。
絡まり、吸われ、柔らかく暖かいその感触に、身体が熱くなってくる。





どうしよう・・・・・・ぼく、おかしくなるよ・・・・・・





そう思った瞬間、先輩の手が、ぼくのシャツの下に入ってきて肌をなでる。
こっこれって――――っ!
とっさに先輩を押し返した。ぎゅっとシャツを掴む。
静けさがすーっとぼくたちの熱い思いをかき消していき、不自然な沈黙が流れる。
「ごめん・・・・・・」また先輩が謝った。
なぜぼくは先輩に謝らせてばかりいるの?先輩は悪いことしてないのに―――
「ほんとごめん・・・・・せっかく思いが通じ合ったばかりなのに・・・・・おれ、あせりすぎた。だけど、これだけはわかってほしい。いい加減な気持ちはこれっぽっちもない。麻野だから、こんな気持ちになった。麻野だけにしかこんな気持ちにならない―――今日は悪かったな。もう寝ろ」
友樹の言葉が浮かんだ。
―――――大好きな人に求められるなんて、そんな幸せなことないんだ―――――
ぼくから離れて、ダイニングの椅子にすわっている先輩の傍らに立ち、手をとった。
「もうぼくに謝らないでください。嫌じゃないから・・・・・・ぼくも先輩だけだから・・・・・・さっきは突然でびっくりしただけ。だから・・・・・だから・・・・もしまだ間に合うなら・・・・・・先輩の部屋で・・・・」
最後は聞こえないくらいの小さな声になってしまったぼくに、最初はびっくり顔を、最後は優しい笑顔をくれた先輩は、ぼくの手をとって、自室へと導いた。










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