祈 り



<20>






うっすらと瞼を開けると、ぼんやりと映し出された真っ白な世界。
それが白い天井だと理解するのに時間はかからなかった。記憶をたどる。
雪の中で気持ちよくなって・・・・・・みんなのもとに行きたくて・・・・・・
覚醒に伴い、視界の範囲内で、ここが病室だとわかる。





ぼく、生きてるんだ・・・・・・神様は、まだぼくをお許しにならないんだ・・・・・・





右手よりなぜか温かい左手がぴくっと動いた。
途端、ガバッと人が起き上がるような音がして、真っ直ぐ天井を向いているぼくの瞳に映ったのは・・・





―――み・・・かみ・・・せん・・・ぱ・・・・・・い?





突然、視界に入り込んできた先輩に驚き、ぼくはとっさに上半身を起こした。
身体が先輩に対し拒否反応を起こしているようで、ぼくは蛍光灯やインターホンが設置されている壁までベッドの上を後ずさった。
先輩はそんなことにかまわず、ぼくをぎゅっと包み込んだ。
呼吸ができないくらい、強く強く!
苦しくて身体全体で息をするぼくの、まるで生きているのを確かめるかのように、背中や髪を優しくなでる。
「麻野っ、本当によかった・・・・・・よか・・・っ・・・た・・・」





先輩、どうして泣くの?
泣きたいのはぼくのほうだよ・・・もう・・・もういいから・・・やめて・・・・・・





「先輩、もう、やめてください。ぼくに優しくしないでください。お願いだから」
自分でもびっくりするほど、冷静沈着な声色。
ぼくは身をよじって先輩から離れようとした。
だけど、身体が弱っているのか力が入らない。
「―――嫌だ」
先輩は力を緩めようとしない。





―――どうして、先輩・・・・・・もうつらいのは、苦しいのは嫌なんです!





「ぼくはお姉ちゃんの代わりじゃないんだ!もう嘘の優しさはたくさんなんだ!」
はぁはぁと息が上がる。
こんな声、ぼくにも出せたんだ。
個室に響き渡るほどの大きな声。
ぼくの本音。
これには先輩も驚いたようで、身体を離した。
酷く驚いた顔。
「どういう意味だ?」
先輩がぼくの両腕は離さないまま瞳を覗き込めば、ぼくが目を離す。
「・・・すみません。どなったりして。もうぼくは大丈夫です。今もこれからも・・・・だから先輩も先輩の人生を自由に生きてください。ぼくたち家族にいつまでも縛られている必要はないんです。今までありがとうございました。心から感謝しています。本当にもう大丈夫ですから・・・・ひきとってくださって結構です」
これがぼくに言える精一杯の先輩への気持ちだった。
もう、先輩がぼくの中に何を見ていたのかとか、どうでもよかった。
ぼくが先輩を好きになってしまったことが、すべての始まりであり、間違いだったのだから。





先輩、早く・・・・早く出て行ってください。
そうでないと、心の弱いぼくはあなたを求めてしまいます。





ぼくは、斜め下に視線を落とし、先輩が病室を出て行くのを待った。








「―――どうしてそんなことを言う?おまえにとって、おれの存在は迷惑か?」
「先輩、何を言っているんですか・・・・あなたにとってぼくの存在が迷惑なんです。逆ですよ逆」
思ったよりすんなりと冷静に、口からこぼれた。
「―――おまえまで、おれを置いて行ってしまうの・・・・か?」
半分怒っているような、半分泣いているような声にドキッとして、先輩を見上げた。
突然、膝から崩れ落ち、リノリウムの床にひざまずく。
「なぁ、答えろよ!おれを置いて行ってしまうのかよ・・・・・・なあ!答えろってんだ!」
ぼくの下半身にかかっているシーツを握りしめ、ぼくの身体を揺さぶる。





先輩何言ってるの?
ぼく、先輩のことあきらめようと誓ったのに、なぜそんなこと言うの?





ぼくは、もう耐えられなかった。
「じゃあ先輩!どうして出ていったんですか!ぼくが帰って来てほしいとお願いしたのを振り切って、荷物まで持ち出して!どうしてぼくのこと避けたんですか!ぼくの存在が疎ましかったからでしょ?もう顔も見たくなかったからでしょ?置いていったのはあなたのほうでしょ!!」
長いセリフに息が続かなくなる。
肩で大きく息をする。
だけど止まらない。
「もうわかってるんです!先輩はぼくが姉の弟だから優しくしてくれたんじゃない!ぼくが姉に似ているから、ぼくは姉の代わりだったんです!だけど、ぼくは・・・・・・ぼくは好きな人にそんな仕打ちを受けてまで、一緒に暮らせるほどおめでたい性格じゃないんです!もう代わりは嫌なんです!!」





言ってしまった・・・・先輩が好きだと言ってしまった。
あの居心地のいい関係が壊れてしまうからと、絶対知られたくなかったこと。
だけど、もういい。
すでに壊れているし、一緒に住むこともなけりゃ、顔を合わすこともなくなる。
もうどうでもよかった
先輩は顔をあげてぼくを見た。
呆然とした表情。
そりゃそうだろう。
どうであれ、今までずっと優しく接してきた、自分の恋人の弟に、告白されたんだから。
しかもそれはオトコだ。
「だから・・・・・今でも、少しでもぼくに情があるのなら、お願いですから、もうかまわないでください」
先輩は立ち上がった。
涙が滲んできた。





本当に先輩とお別れです。
さようなら・・・・・・











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