祈 り




<2>




それからぼくは、ますます先輩を意識するようになった。
校舎が学年ごとに分かれているため、先輩に会う機会は限られていたけれど、昼休みの学食や購買部で見つけてはドキドキし、特別教室への移動時に廊下ですれ違っては、目をあわすこともできず下を向いた。

先輩はぼくに声をかけてくることはなく、ぼくのことなんて気にも留めていない様子がうかがえた。
ぼくはそれでもよかった。
もしかしたら、一生話すチャンスなんてなかった先輩と、少しでも同じ時間が過ごせただけで満足だった。
これ以上、望むものなんてない・・・・・・








ある日、ぼくは親友の友樹と学食で昼ごはんを食べていた。
友樹とは中学からの付き合いで、一緒にいて居心地のいい、心のおける親友だ。
学力レベルも同等だったぼくらは、二人でこの高校への進学を決め、運良く二人とも合格した。
しかも1年は同じクラス。
ぼくは友樹をとても信頼している。

友樹はぼくと違って、背も高くてかっこいい。社交的な性格で、人を笑わせたりするのが得意だ。
そして、困ったことがあったらいつも助けてくれる。
同い年なのにおかしいけれど、お兄さんみたいな存在・・・・・・かな?

食の細いぼくがきつねうどんをすすっていると、大食らいの友樹はAランチをがつがつ食べながら言った。
「明日、軽音のライブあるんだって。行かねえか?」
「軽音のライブ?だってチケットが・・・」
軽音のライブは月イチの割合で開催されているらしいのだが、とにかく三上先輩の人気がすごくて、チケットが手に入らない。特に、一年坊主のぼくらにとってはプレミアチケットなのだ。
「そ〜れ〜が〜あるんだよね〜」
そう言ってポケットからひらひらとチケットを取り出した。
「マジ?」
友樹の手から奪い取るとチケットをまじまじと見てみる。印刷された明日の日付に軽音の朱印。まぎれもないホンモノである。
「どっどっどうして、とっ友樹がっ――」
興奮のあまり声にならない。
拾った?まさか盗んだとか・・・・?

「おれさ〜軽音の女にコクられたんだよね〜3年の先輩。おれって年上キラーじゃん?で、今度ライブ出るから見に来てくれってチケットくれた。一人じゃいかねーっつったら2枚くれた。ラッキーじゃん?だからさ〜行こうぜ。優の愛しの三上先輩も出るだろうし!」
「なっなっ・・・」
ぼくは持ってた割り箸を落としてしまった。もう終わりかけだからよかったんだけど。
れよりなんでこいつがっ―――

「なんでバレてるのかって思ってるだろ〜。それくらいわかるって。優バレバレで超かわいいっ」
友樹の、ニヤリと音が出そうな不敵な笑い。やっぱり彼には隠し事は不可能だ。
それにこんな素敵な誘いを断るのももったいない。
もしかしたら、先輩のライブを見るなんて、最初で最後かもしれないんだ。

ぼくは、真っ赤になりながらも、OKした。








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先輩の登場で、静まり返るライブハウス。
それまでのバンドが作り出した、激しく、ノリのいい音楽の醸し出す熱気がまだ余韻を残す中、演奏が始まった。
白いシャツにジーンズといういたってシンプルな服装。手にはアコギ。
ギターとハーモニカと声が絡み合い溶け合い、シンプルで美しいハーモニーを奏でる。
ビートの利いた曲からバラードまで、次々と音の世界を作り出す先輩。
紡がれる一つ一つの言葉や奏でるメロディをとても大事そうにぼくたちに伝える先輩。
ライブハウスの熱気に、汗をほとばしらせる先輩。
その汗さえもが、先輩を神々しく輝かせる。
耳から入ってくるのは、優しいメロディばかり。





この人は・・・なんてステージの似合う人なんだろう・・・・・





ぼくなんかには手の届かない、遠い遠い世界に存在している。
その存在は、神がこの世にくだされた奇蹟のごとく輝きを放つ。
そんな先輩をかっこいいと思う。出逢えたことを誇りにすら思う。
なのに、どうしてぼくの胸はこんなに痛むんだろう。こんなにもぎゅっと締めつけられるんだろう。
隣りに立つ友樹を見上げてみても、とても穏やかな優しい表情。このライブハウスにいる誰をとってみても、みんな先輩の作り出す暖かい音楽に酔いしれて、うっとりしている。
なのに、ぼくだけが・・・・・・。
涙がこぼれそうになる。苦しい!この場から逃げ出したい!

そっと、友樹の横からすり抜けるように入り口へと向かう。
突然の、背中を刺すような視線?振り返ると・・・・・・
ステージの先輩と目が合った。
じっとぼくを見ている。
ぼくを捕らえる熱い瞳に身体ががんじがらめになる。
瞬きすらできない。
そして、胸の痛みに加えて襲ってくる恐怖感・・・・・・

拍手が鳴り響く。ちょうど、曲に区切りがついたようだ。
一瞬ぼくから離れた先輩の瞳。

開放されたぼくは足早にライブハウスを後にした。










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