祈 り



<17>






ぼくたちから、少し離れた場所にすわりこんだ彼女たちは、先輩の歌にうっとり聞き入っている。
クリスマスだけあって、曲調の優しいものをセレクトしているようだ。
広場に響き渡る先輩の声。
甘い声に誘われて立ち止まる人、かっこいいねとひそひそささやく女の子たち。
先輩は、そんな喧騒を気にせず、ただ世界を作り出している。
甘く優しいのに、そこに強さや男らしさも併せ持つ。
一曲終えるたびに湧き上がる拍手。
そのたびに、先輩は気持ちよさそうな笑みを浮かべる。
一時間ばかり歌い続けた先輩は、「じゃ、今日はこれで最後」とことわりをいれた。
聖なる夜にぴったりの『きよしこのよる』。
アコギが奏でるメロウな伴奏に、先輩の優しい声が重なり、聴衆を暖かく包む。
いつのまにか、みんなが口ずさんでいて、最後は大合唱になっていた。
歌い終わると、どこからともなく、「メリークリスマス」と声がかかり、それを合図に指笛や拍手でその場は大騒ぎとなった。
それもつかの間のことで、しばらくすると、何もなかったかのように、静けさが戻ってきた。
常連らしい彼女たちも、素敵なクリスマスイブをありがとう、来年も待ってるからね、そういい残して、手を振って街へと消えていった。








ギターをしまいながら、先輩は「寒くないか?」と繰り返す。
「ぼくなんか、ずっとポケットに手を入れてたから平気。それより先輩の手が・・・・・」
手をとってみる。やっぱり氷のように冷たい。
こんなんでよくギター弾けたね・・・・・・

ぼくは、暖かさを取り戻すようにと、両手で包みこみ、さすり続けた。
「麻野の手、あったかくて、気持ちいい・・・・・・それにちっちゃいな」
逆に手を包みこまれる。
急に照れが襲ってきて、ぼくは慌てた。
「せっ先輩っ、ぼくのポケットの中あったかいですから!ほら入れてみて」
先輩の手を引っ張って、ぼくのポケットに突っ込んだとき、しまった、と後悔。
プレゼント、入れてたんだ。
しかも、手を入れた方に・・・・・・
指先にそれが当たったに違いない。不思議そうにぼくを見た。
えいっ!今渡しちゃえ!
いったん、ポケットから先輩の手を引き出すと、ぼくはプレゼントを手にした。








「先輩、これ、クリスマスプレゼントです。受け取ってください」
気に入ってくれるといいな、先輩。
「じゃ、おれもこれ。麻野に」
ポケットから取り出す先輩。
交換しあったぼくたちは、同時にラッピングを解いた。
箱から出てきたものは・・・・・・
「えっ?うそ・・・・?」
ぼくが先輩にと思って買ったクロスペンダントの一回り小さいサイズのものだったんだ!
先輩も箱を開けて驚いている。
同時に顔を見合わせる。どちらともなく出る笑い。
寒空の下、笑い声が響く。こんな偶然あっていいの??
「なぁ、これ、つけて」
先輩がぼくに、ぼくが贈ったペンダントを渡した。
つっつけてって言われたって・・・・・・
戸惑うぼくに、「ほら」と、頭を少し下げる先輩。
ぼくはゆっくり先輩の首に両腕をまわした。
やわらかな髪が手をくすぐる。
緊張してなかなか留められなかったぼくに、首が痛かったと言いながら、くすっと笑った先輩は、今度は「オレの番」とぼくからペンダントを奪い取った。
先輩の両腕がぼくの首にまわる。
びくっと震える身体。
先輩に気づかれたら恥ずかしいよ。

身体が火照り顔を上げてられなくなりうつむいてしまった。
でも、それが逆に留め金を留めやすくしたみたいだった。
首に回っていた両腕が肩に置かれる。
先輩の右手が、ぼくの左頬を包みこみ、そのまま顎を持ち上げられ、上を向かされた。ぼくの視界いっぱいに映る先輩、とてもかっこいい大好きな先輩。
先輩の顔が大きくなる。





近づいて・・・・・くる?





くちびるにやわらかくあたたかいもの。羽がふれたようなふわっとした感触。
それはほんの一瞬で・・・





それが離れていくと同時に、ぐいっと引き寄せられた。
先輩の胸に顔をうずめる格好になる。





―――キッキスされた?
今、ぼく、先輩の腕の・・・中?





混乱するぼくを、優しくつつむかのように、先輩はずっとずっと抱きしめていてくれた。





聖なる夜。
こんなにぼくは幸せでいいのでしょうか?

あぁ神様、ぼくは・・・もうこれ以上望むものがありません。
このまま、あなたのもとに召されてもいいくらいです。













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