祈 り



<16>






一年なんてこんなに早く終わっちゃうものなんだ。
街はクリスマス一色に彩られていた。
今年のクリスマスイブは金曜日。
先輩、出かけちゃうのかな?
友樹は家族でクリスマスを過ごすらしい。
友樹も友樹のご両親もホームパーティーに招待してくれたけれど、ぼくは丁重に断った。
もし、先輩が家にいるなんてことになったら、ぼくは絶対に出かけることなんてできない。
でも、先輩、出かけちゃったらどうしよう・・・やっぱりひとりは淋しい・・・・・・
もうプレゼントは用意してある。
バイトの時給も上がったためかなり余裕のあるぼくは、先輩に似合いそうなシルバーのクロスのペンダントを買った。
クロスの横の線は愛を表し、縦の線は神の怒り――罪と罰――を表すらしい。
ぼくの先輩への想いにぴったりすぎて、ぼくは笑ってしまった。








イブ前夜、ぼくは明日の予定について聞けずにいた。
聞くのが恐い。ひとり残されるのが恐い。
リビングのソファで、膝を抱えてすわっていると、お風呂から上がってきた先輩は、タオルでがしがしと頭を拭きながら、ぼくの隣りにすわった。
いつも向かいにすわるのになんで?
先輩がタオルを動かすたびシャンプーの香りがぼくの鼻をくすぐり、ぼくはさらに強く膝を抱えこむ。
「明日だけど――――」
口を開いた先輩に、だめ、聞きたくないよ、と心で叫ぶ。
目をぎゅっと閉じた。
「麻野は、予定ある?」
てっきり、遅くなるからって言われると思っていたぼくは先輩を見た。
顔にかかった濡れた髪が、お風呂上りで火照った首筋が色っぽい。
どこ見て、何考えてるんだ、ぼく?
ぼんやりしているぼくに「どうなんだ?」と繰り返す。
「えっ?あっ別にないけど・・・・・・」
「じゃあ、おれに付き合え!パーティーしようパーティー!」








************************************








「メリークリスマス!」
向かい合ったぼくと先輩はグラスを合わす。
イブ当日、先輩は夕方までバイトのために、ぼくは朝から準備にとりかかった。
クリスマスと言えば、シャンパンに、チキンに、ケーキ。
全部手作りだ。もちろんシャンパンは無理だけど。
ぼくは結構料理上手である。
ケーキだって簡単に焼けてしまう。
ああ見えて、かなりの甘党の先輩のために、フルーツをふんだんに使ったデコレーションケーキに挑戦した。
時間通りに帰ってきた先輩と、ふたりきりのクリスマスパーティー。
去年は、カナダのホームステイ先で、ホンモノっぽいクリスマスを過ごした。
ミサに行った後、ご近所みんな集まっての大パーティー。
先輩は・・・先輩はたぶんお姉ちゃんと過ごしたんだ。
そして、あんな事故がなければ、ここに一緒にいるのは、ぼくじゃなかったんだろうな・・・・・





―――だめだめ!せっかくの先輩とのパーティー、楽しまなきゃ!





「去年はさ、麻野、カナダだったんだな・・・・・・」
グラスに注がれた透明な液体を光にかざしながらつぶやく先輩。
「去年も、ここに招待されて、麻野の家族と過ごしたんだおれ」
先輩、せっかくのパーティがしんみりしちゃうよ・・・・・・
「おれ、うれしかったよ。小さい頃から、クリスマスっていつもひとりだったし、初めてだったんだ、パーティーするのって。本当の家族みたいだった。おやじさんも、今年は優がいないのが残念だけど、来年は揃ってやろうって言ってたんだ。まさかふたりになるなんて思ってなかったけど。麻野がいてくれて、ほんとよかった。うれしいよ」





先輩、そんなこと言っちゃ・・・・・・





ぼくの顔がゆがんだ。
先輩はそれに気づくと「ごめんごめんしんみりさせて。さっ食おう」とチキンに手を伸ばした。
ぼくも「それ、自信作なんだ」と、滲んだ涙をふいて、チキンを頬張った。
それからは、食べて飲んでしゃべって、わいわいと時間が過ぎていった。
時計の針が9時を指そうとするころ、先輩が急に立ち上がり、「出かけるぞ。ついてこい」そういって、上着を着込む。続いてギターケースを手に取った。
ぼくも慌てて、コートを着た。
ポケットにプレゼントを忍ばせて。








どこに行くのかわからないまま、先輩の後を追い、着いたのは、駅前広場。
まるでいつものことのように、とある一角に腰を下ろすから、ぼくも隣りにすわった。
「先輩?」
訳がわからず、問いかける。
「何?寒い?ここは風除けにもなるいちばんのポイントなんだけど」
「そういうんじゃなくて、何するの?」
「何って歌うたうに決まってるじゃん」
ギターケースを開ける。
「ここで?」
「そうここで。実は秋から毎週金曜ここで歌ってる。結構楽しみにしてくれてる人もいるんだ。ほら」
投げかけられた目線の先には、何人かの女の子。
ギターをチューニングする先輩。
ぼくはこれをしている先輩が大好き。
耳を澄ませて真剣で、うつむき加減のその角度が大好き。
ジャーンとひと奏で
それが合図のようで、さっきの女の子たちが近づいてきた。
こんばんは、寒いですね、挨拶をかわす。
傍らのぼくに気づくと、弟さんですか、かわいい〜と今度はぼくに興味津々。
彼女たちが落ち着いたところで、先輩のミニライブが始まった。










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