祈 り



<15>






「今日はさ、おふくろの命日なんだ」
「えっ?」
「高一の時にね、死んだの。親父はいない。シングルマザーってやつ」
突然の告白に目を見開いた。
「しかも、過労で。家で倒れてたんだ。発見が早かったら助かってたのにさ。おれ、その日、ライブ出てたんだよ、軽音の。しかも一年で出てたのおれだけ。初ライブってやつ?おふくろが苦しんでる時おれ気持ちよさそうに歌うたってたんだ。笑い話にもなんねぇ」
「でもっ―――」





そんなの先輩のせいじゃないよ。
不可抗力だよ。





そういいたいけど、そんな台詞は何の慰めにもならないことはわかっていた。
「だから、おれ、ひとり暮らししてたの。でさ、不思議なことに残された預金がかなりあって。おふくろいつも言ってたんだ。直人は大学行きなさい、かあさんは途中でやめちゃったからって。世界が広がるわよって。ほんとは授業料だってバカになんねえし、どうでもいいんだけど、おふくろとの約束破りたくなかったしさ」
先輩のブランコが悲しげに音をたてて揺れる。
静かな公園にキーッと響く金属音。
「―――先輩、実はぼく・・・・・・去年ここで先輩を見かけたんです。歌が聞こえてきて、そのメロディに惹かれて誘われて。その時ケータイ落としたんです。先輩は覚えてないかもしれないけど」
「それはたぶん去年の命日だよ。命日にはここに来ることに決めてるんだ。小さいころ、よく遊んでもらったこのブランコ。働きっぱなしでなかなか遊んでもらえなかったおふくろとの唯一の思い出の場所なんだ、ここは」
先輩は、あの歌を歌いだす。
優しいメロディだけど、もの悲しい。
目を閉じてじっと聞き入る。
「これ、よくお袋が歌ってくれた歌。歌が大好きでいつも口ずさんでた。おれの音楽好きは遺伝だな、たぶん」
からからと笑う先輩。
「そうか、恥ずかしいところ見られてたのか。今さらだけどな。でも、おれ、麻野のこと覚えてるよ。この公園で、初めて話したんだよな。おまえが現れたとき、実はめっちゃ緊張した。噂には聞いてたけど、間近で見ると、超かわいいし」
目を閉じたまま先輩の話を聞いていたぼく・・・・





えっ?何言った?先輩?





目を開けると隣りに先輩がいない。
先・・・輩?

「今でもかわいいけど」背中越しに先輩の声。
振り向く間もなく、両腕でブランコの鎖ごとぼくを包み込んだ。
「せっ先輩?」
予想外の展開に慌てるぼく。
柔らかい髪が頬をくすぐる。
肩に先輩の重みを感じる。
「だから、おれも麻野と一緒、ひとりきりなんだ。だから、どこにも行かない。安心して」
耳元で囁かれる甘い声と、先輩のにおいに、ぼくは陶酔した。





これは夢ではないでしょうか?
夢なら・・・永遠に醒めないで・・・・
お願い、神様。





それ以来、ぼくたちの絆はさらに深まった・・・気がする。
そして、ぼくの先輩への想いはますます深く深く、大きく大きく膨れ上がっていった。
夏休み、バイトに精を出しながらも、友樹と先輩の三人で海に行ったり、先輩の大学の人たちとバーベキューをしたり、楽しい日々を送った。
二学期が始まっても、いい意味でも悪い意味でも何も変わりのない毎日を送った。
もちろん、楽しい暮らしの中で、姉のことを忘れたわけではなかった。
ぼくの想いは募る一方だけれど、先輩がぼくを放っておけないのは、お姉ちゃんの弟だから、それだけは忘れてはいけないこと、そう肝に銘じていたから。
ただ、一つ気になることができた。
毎週金曜日の夜だけ、先輩の帰りは日付を越えた。
だけどぼくは何も聞かない。
先輩も何も言わない。





それが暗黙のルール。










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