祈 り



<14>






学校が始まり、何の変哲もない毎日が過ぎていく。
ぼくの先輩への思いを知っている友樹は、当初同居に大反対したが、今はもう何も言わない。
何を言っても無駄だと、半ば呆れているんだろう。
それでもぼくの味方でいてくれる。
その友樹とは、ラッキーなことに今年も同じクラスになった。
心強いよ、ほんとに。
ぼくは、学校が終わるとバイト先に向かう日々を送っている。
先輩も、バイトしながら地元の国立大に通っている。
家事もお互いバイトがない方が受け持つことにし、同居生活も何とか順調だ。
好きな人と一緒に暮らせて、ぼくはとても楽しかった。
些細なことでも、先輩について発見があるたびに、くすぐったい気持ちになる。
例えば、子どもみたいににんじんやピーマンがきらいだったり。
例えば、外ではコンタクトなんだけど家では眼鏡をかけてたり。
例えば、クールで人に関心のなさそうな先輩が、楽しそうに大きな声で笑ったり。
ぼくに限っては、本当に幸せだった。
この世でひとりぼっちだという事実を忘れてしまうくらいに。





ぼくは今幸せです。
とても満たされた気持ちです。
でも・・・恐いです。
あまりに、順調すぎて・・・・・・







一緒に暮らしていると、当たり前のように会話も増える。
数ヶ月も経つころには、お互い気を使うこともなくなり、快適な同居生活を送れるようになった。
反対していた友樹も、頻繁にぼくの家に入り浸るようになってからは、先輩とも打ち解けるようになり、ギターなんか教えてもらったりしている。
その友樹が、ぼくと先輩を「ほんとの兄弟みたいだ」と称する。
それくらい、ぼくと先輩の距離は縮まっていた。





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七月のある日、学校帰りに友樹の買い物に付き合わされたぼくは、帰路を急いでいた。
今日は、バイトのないぼくが夕飯当番。
今朝、何だか元気のなかった先輩の大好物の中華を作るつもりで、スーパーの買い物袋をぶら下げて急ぎ足で歩いていた。





先輩、8時には帰るって言ってたから、それまでに仕上げなきゃ!





現在7時過ぎ。
若干明るさが残っている今日は満月だ。
ぼくは、みどりの公園を抜けることに決めた。
ふと、あの日のことを思い出す。





そういえば、先輩を見かけたのも、夏だったっけな―――


月明かりに照らされた先輩を思い出してトリップしていると・・・・・・





えっ?うそ・・・・・・まさか・・・・・・





かすかに聞こえる歌声。
記憶の中のものなのか現実のものなのか、錯覚に陥る。
足が、あのブランコのある場所へとぼくを進める。あの日と同じように木陰から覗き込む。





―――先輩・・・・・・





そこにいるのはやっぱり三上先輩だった。
たった一回、しかももうずいぶん前に聴いただけの、あの儚げなメロディ・・・・・
まるで、VTRを見せられているかのように、同じシチュエーション。





ただ、今日の先輩は、その悲しいメロディと一緒に消えてしまいそうで―――





バサッと買い物袋が、ぼくの手から離れ落ちる。
その音に中断される先輩の歌。
きっとこちらと見据えた先輩と目が合った。

「―――麻野・・・・?」
名前を呼ばれると同時に、ぼくは先輩に向かって走り出していた。
先輩の胸に飛びつき、顔をうずめる。

「先輩っ、ぼくを置いて行かないでっ!もうぼくをひとりにしないでっ!」
先輩にぎゅっとしがみつく。
ブランコなんて安定の悪いものに座っていたにもかかわらずぼくを受け止めてくれた先輩は、お葬式の夜、ぼくが先輩にしたようにぼくの頭を優しくなでてくれた。
「どこにもいかないって。麻野をひとりにできるわけないじゃん」
ぼくをいったん引き離し、ぼくの両頬を両手で包み込む。
先輩の瞳にぼくが映り、ぼくの瞳に先輩が映る。
「なっ?おれはここにいる。麻野のそばにいる」
ふれられている頬が熱い。
抑えている想いが流れ出しそうになる。
「先輩・・・・・・」





言ってしまえれば、どんなに楽だろう!
だけど、その先に幸せは・・・ない。





「いい機会だから―――麻野、聞いてくれる?」
お花見の時のように隣りのブランコに座るよう促され、放り出した荷物を足元に移動させると、ぼくはゆっくりとブランコに腰をおろした。










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