祈 り



<12>






桜の季節になった。
ぼくは、今、三上先輩と一緒に暮らしている―――









********************************








お葬式のあと、ぼくには難しくて理解できないほどたくさんの法的手続きの必要があった。
友樹のお父さんが弁護士をされていたため、ぼくは全てをおじさんに任せた。

おじさんによると、家はそのまま残るらしい。両親がかなりの額の生命保険をかけていてくれたため、相続税等の支払いも心配はないらしい。
ある程度の貯えは残るだろうけど、この家の維持費や生活費、大学への進学費用のことも考えると、あまり無駄遣いはしないようにと、諭された。
卒業まで高校に通えそうなのも、望めば大学に進学できそうなのも両親のおかげ。
ぼくは改めて天に向かって感謝した。
ぼくの留学は中止され、日本での生活に戻った。








カナダに行く前と何の変わりのない生活。
ただそこに、家族がいないだけ。
友樹は毎日のように泊まりにやってきてくれた
三年生の先輩は自由登校になっていて、連絡を取り合うこともなければ会うこともなかった。
先輩だって、死んだ人間のことをいつまでも思っていたって仕方ないだろうし、それでなくても先輩はかっこよくってモテモテなんだから、これから素敵な人とめぐり会えるはずだ。
お姉ちゃんのことを忘れてしまうのは少し寂しいけれど、先輩のためにはそれがいちばんいい。天国のお姉ちゃんだって、先輩の幸せを望んでいるはず!
ぼくは、そう言い聞かせた。








**********************************








卒業式、ぼくたち一年は自由参加だったけれど、ぼくはどうしても最後に制服姿の先輩が見たくて、強引に友樹を誘い学校へ向かった。
友樹にはさんざんもう会わないほうがいいと言われた。
「会ったってどうにもならないだろ?」
本当にその通り。
だけど、ぼくはわがままを押し通した。
講堂での式が終わって中庭に出てきた先輩は、たくさんのクラスメイトや下級生に囲まれていた。
そう、先輩は学校一の人気者だった。
たくさんの花束を抱えた先輩は、最後まできれいでかっこよかった。

友樹と遠巻きでその姿を見ていると、なぜだかぼくは何人かの卒業生に囲まれ、一緒に写真を撮らされた。
「やっぱ、優って人気者だったんだな〜」
シャッターを押す役を何度も押し付けられた友樹は、帰り道ムスッとしながらつぶやいた。
「ヘっ?」
意味がわからないぼくに、優は上級生の間ではかなり人気があって、男も女も優のこと狙ってるやつ多いんだ、おれがそいつらを蹴散らすのがどんなに大変か、と力説し始めた。
「優は、すぐに人のこと信用しちゃったり、純だから、危なっかしくて、おれ大変なんだよ〜」
「じゃあ、世話焼かなきゃいいじゃん」
「ダメダメ、優はほっとけないの!優の貞操はおれが守ることに決めてるの!」
「てっ貞操?」
「そう、男に対しても女に対してもね」
そうこう言ってるうちに、ぼくの家に着いた。今日、友樹は、用事があって泊まっていけないんだ。
「先輩のこと思って泣くなら思いっきり泣いとけ。そんで、おまえも今日で卒業しな!」
明日、昼ごろに会おうなと、言い残して、帰っていった。








その夜、ぼくはぱらぱらと雑誌をめくっていた。
ぼくはひとりでいるときは、家中の電気をつけっ放しにする。もちろんテレビも見なくてもつけておく。
電気代はかかるけど、そうでもしないとひとりで夜を過ごせない。
孤独感を消すためにぼくが考えた、たった一つの解決方法。
すると、「ピンポーン」と玄関チャイムがなった。
電気をつけている手前、出ないわけにはいかない。

もしかして、予定が変わって友樹が泊まりに来てくれたのかもしれない。
パタパタとスリッパを鳴らして玄関へ急ぐ。
ガチャリと鍵をはずし、ドアを押し開けた。
顔を見上げた瞬間、全身が凍りついた。





「―――みっ三上先輩・・・・・・」





よおっと軽く挨拶し、ちょっといいかなと遠慮がちに尋ねる先輩を、ぼくは驚きながらも家の中へ招き入れた。
スリッパを差し出すと、ここでいいからと上がろうとしない。
玄関に立つ先輩と、上がりがまちに立つぼくの視線が同じ高さになる。
少し伸びた前髪が先輩に憂いをもたせている。
視線が絡まった。
きれいな瞳にぼくの瞳が吸い込まれる。





「―――おれと一緒に暮らさないか?」





真っ直ぐぼくを見つめたまま、ぼくの大好きな甘い声で、はっきりとそう言った。










back next novels top top