祈 り



<11>






「まだ、言えてなかったな。おかえり、麻野」
ぼくは「ただいま」と答える。
帰国後、初めてのきちんとした会話。
ぼくは先輩にお礼の言葉を述べた。
先輩は「いいよそんなの」とぶっきらぼうに答え、「ほんとによくしてもらったから。ほんとの親みたいに思ってたし」と言ってふっと笑った。

ぼくが向こうにいる間に、そんなに親しい関係になってたんだ・・・・・・
「まさかこんなことになるなんてな。人生なんてわかんないもんだな」
遺影を見つめて淡々と語る先輩。
「ほんとですね」
そんな陳腐な言葉しかでてこない。おまけになんか他人事みたい。
「疲れたろ。先風呂入って来い。布団敷いといてやるから」
ささっ早くしろ、ぼくの腕を引っ張って無理やり立たせる。
ぼくは素直にしたがった。

先輩が帰ってしまうんじゃないかと、短時間で風呂をすませたぼくが、和室に戻ると、きちんと二つ並べて布団が敷かれていた。
「オレも風呂かりるから、湯冷めしないように、布団入ってろよ」
そう言って、さっさと風呂場へ向かう先輩。
ぼくはいわれた通り、布団にもぐりこんだ。
どうしよう、先輩と隣りでねっ寝るなんて!
帰国してから、ずっと一緒に過ごしてきたのに、冷静さを取り戻したぼくは、ひどく狼狽した。
やっぱり、忘れることはできないのかな、先輩のこと・・・・・・
先輩のこと考えていたら、だんだん瞼が重くなってきた・・・意識が遠くなっていく・・・・・・








ふと、目が覚めた。時計を見ると、夜中の2時。
あっ、先輩・・・・・隣りの布団を見ると、先輩がいない。
せっ先輩?
ぼくはがばっと飛び起きた。襲いくる孤独感。
あれ?向こうから何か聞こえる?隣りの・・・・部屋?
ぼくはそっとふすまを開けた。
そこには、遺影の前で、肩を震わせる先輩がいた。





三上先輩・・・・・・





先輩は泣けなかったんだ!
この数日間ずっと、ぼくのために、忙しさに追われて、悲しんでるヒマもなかったんだ!

先輩だって、愛する人を亡くして、悲しみのどん底にいたんだろうに!
ぼくはそっと先輩に近づき、後ろから抱きしめた。先輩の身体がびくっとこわばる。
「―――麻野?」
振り向こうとする先輩をさらにきつく抱きしめる。
「・・・先輩、ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめ・・・・・」
ただただ謝り続けるぼくに「どうして麻野が謝る?ん?」とやさしく問いかける。
先輩の優しい言葉が切ない。
先輩は胸に回ったぼくの腕に手を重ね、ぎゅっと握り返してくれた。
ぬくもりが伝わってくる。先輩がぼくを慰めてくれている。
でもそうじゃない!そうじゃないんだ!

「・・・先輩、ぼくじゃ頼りにならないかな?」
そう言って、腕を解き、すばやく先輩の正面に回りこんだ。今度は、先輩の腕をぎゅっとつかむ。
「ねぇ、ぼくじゃだめなの?ぼくの前では泣けない?先輩・・・・・お姉ちゃん死んじゃって悲しいでしょ?ねぇ先輩!泣いてよ!思いっきり泣いてよ!」
慰めるはずのぼくが、こらえきれずに先輩の膝に突っ伏して泣いてしまった。もう止まらない!
突然、ふわりと暖かいぬくもりにつつまれた。
えっ?
ぼくは先輩の腕の中にいた。
「―――どうして・・・・どうして死んじまうんだよ・・・・はるか・・・・」
先輩・・・・・・?
「ホワイトデーは3倍返しよっていってたじゃねえか!春になって優が帰ってきたら、みんなで桜を見に行こうねっていってたじゃねえか!・・・・・・なのに・・・・・全部約束守らねえうちに・・・・どうしておれを置いていっちまうんだよ―――っ」
ぼくをさらにきつく抱きしめる。
箍が外れたようにこぼれる悲痛の叫び。
静寂の中を、悲しみの嗚咽が響き伝わる。
ぼくは、ただ優しく先輩の髪を撫で続けた。
ぼくにはそうすることしかできなかった。








神様、まだ十分でないのでしょうか?
まだ許されないんでしょうか?
ぼくが、先輩を好きになったことはそんなに重罪なのでしょうか?
だけど・・・・・・ 
ぼくは、まだ先輩のことが好きです。好きなんです。
諦めようと自分を偽って、苦しい思いをしたのに・・・・・
どうしようもないんです!
たとえ、届かぬ想いでも・・・・・・
たとえ、叶わぬ想いでも・・・・・・










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