祈 り



<10>






その知らせは突然だった。
留学先の異国の地で、この冬いちばんの最低気温が観測された日だった。
朝、お世話になっているホームステイ先から、学校に向かおうと、テラスに出たところで、ホストファミリーのジェミーママに呼び止められた。
いつもと違うママの表情に違和感を抱いたぼくは、言われるままに、リビングに引き返した。

ママは、いつもよりゆっくりとした、はっきりと聞き取りやすい発音でこう言った。





『ユウ、急いで日本へ帰る準備をして。ご家族が事故にあわれたそうよ』








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ぼくが、病院に着いた時、すでに三人の顔は、白い布で覆われていた。
父と母と姉――この世に存在する唯一のぼくの血の繋がった人たち――が、ぼくひとりを置いて、異界へと旅立ってしまった。
ぼくに何の相談もなく、勝手に・・・・・・

あまりに突然すぎて、夢見たいで、何の悲しみも実感もわかない。
ぼくが、彼らの死を認識したのは、お葬式の始まった直後だった。
16年間ぼくが住んだ家に読経が響いている。





どうして?どうしてぼくだけを残して、行っちゃうの?ぼくも連れてってよ!





ぼくは祭壇にすがりついていた。
「ねぇどうして?お父さん!お母さん、優が帰国したらお花見のシーズンねって言ってたよね?お姉ちゃんも、バレンタインにチョコ送ってくれたじゃないか!どうして?返事してよ!ねえ!」
お棺に覆いかぶさって泣くぼくに、お葬式は一時中断された。
だけど、だれもぼくを止めなかったし責めなかった。
ぼくはしばらくお棺にすがりつき泣いた。

「麻野、もういいだろ?おまえがそんなんじゃみんな天国へいけないんだ」
ぼくの肩を優しく抱いて、ぼくを元の位置に座らせる。再び読経が始まった。
ぼくは、この腕のぬくもりを知っている。顔を上げて、ぼくの肩を抱くその人を見た。





―――三上先輩・・・・・・





帰国後、初めて三上先輩を見た。
今度、先輩と会うときは、笑って会おうと約束したのに、こんな場面で再会するなんて。
神様は、やはりぼくをお許しになってはいないんだ・・・・・・








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ぼくには、頼りになる親戚なんていなかった。
父も母もひとりっ子だったし、両祖父母とも早くに他界していた。母がよく冗談めかしに言っていた。
私たちのお葬式は、ほんと寂しいものになるはずだわと。
血の繋がった親戚はいなかったけれど、両親の人柄が幸いしてか、たくさんの弔問客が参列してくれた。
姉の学校のクラスメイトも、ぼくのクラスメイトも。

その中に久しぶりに見る友樹もいた。
たぶん友樹はぼくのそばにいてくれたんだろうけど、何にも覚えていない。

ごめんね友樹・・・・・あとでゆっくり話そうね。
出棺時、ぼくは父の遺影を胸に抱いた。
母の遺影は、母の友人が抱いてくれた。
そして、姉の遺影は、先輩が抱いてくれた。









火葬場から自宅へ戻り、小さな箱を三つ、祭壇に並べておいた。
そのころには、ぼくは、冷静に人の話が聞けるようになっていた。

友樹と直接話をするのも久しぶり。いつもメールばっかりだったから。
友樹は、今までのいきさつをゆっくり話してくれた。
つらいだろうけど、優は知っておくべきだって前置きもつけて。

聞くところによると、三人は、買い物に行く途中だったらしい。
事故当日は、日本でもこの冬いちばんの寒気を記録していた。
道路も凍結し、すべりやすくなっていたらしい。
ハンドル操作を誤り、ガードレールへ激突し、さらに凍った道路のために、ぶつかった反動で反対車線にスリップし、そこへトラックが突っ込んだらしい。
即死だったそうだ。
よかった・・・苦しまなかったなら、その方がいい。

ぼくは病院で動かない三人を見て・・・・それからどうしていたんだろう。
気がついたらお葬式だった。

そのことを聞くと、優は何を話しかけても放心状態で、とてもじゃないけど、いろいろな相談が出来る状態じゃなかったから、町内会長さんとおれの親とかで、いろいろ取り決めさせてもらった、勝手にすまなかったと友樹が謝った。
ぼくは逆にお礼と謝罪を述べた。
友樹は、さらに、三上先輩が自分の家のことのように取り仕切ってくれたんだと付けくわえた。

どうやら、お通夜にも参列できなかったぼくの代わりに、いろいろと面倒をかけたらしい。
あとで、お礼をいわなくちゃ・・・・・・
時計も夜10時をまわり、残っていろんな後片付けを手伝ってくれた人も、次々に帰っていった。
友樹も、今日は家に帰るとぼくに告げ、三上先輩に優をよろしくなんていい残して帰っていった。
ぼくと三上先輩だけが、この広い家に残された。先輩とふたりっきり・・・・・・










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