star festival





<2>






約半年ぶりの街は、すっかり雨も止み、アスファルトも乾ききっていた。
ところどころから聞こえる、ストリートミュージシャンたちのギターの音と張り上げる声が、懐かしさに輪をかける。

ここがおれの原点であり、始まりだった。





毎週金曜日、ギター片手に通いつめた。
最初はひとりで、途中から優と一緒に。

初めてキスをかわしたのも、この場所だった。
ベンチの場所も、植え込みの場所も、ゴミ箱の位置さえ変わらないのに、優だけがいない。
感傷的になったおれは、それを振り払うかのようにタクシーを拾うと、いつもの場所へと急いだ。
陽のいちばん長い季節だからか、冬よりも明るい気がして夜空を見上げると、高いところに満月が浮かんでいた。
ジャリジャリと音を立てながら、優の眠る場所へと歩を進める。
夜の墓地なんて気味悪いはずなのに、そんな思いは微塵もない。同じ時間に、肝試しだとどこかの墓地を歩けといわれたら絶対に断るのだか。



「優、ただいま」



荷物を下ろすと、冷たい石碑にふれる。温かかった優のぬくもりを思い出し、胸がきりりと痛んだ。
それでもおれは笑顔をつくる。優に笑いかける。
「優に会いたくなってさ、突然だけど来っちゃったよ」
ふれても温かくならないそれを撫でながら、あの日の七夕ライブのことを話しかけた。
話をするのは苦手だが、優とならいつまでだって話していられる。
たとえ、答えが返ってこなくても。

「きっとさ、あの時から、いや、たぶん公園で初めて会った時から、おれは優のこと好きだったんだよ。そしたら、もっとたくさんの時間を一緒に過ごせたのにな」
優の前で後悔なんてしたくないけれど、それでも強がってなんていられない。
優の前だからこそ、おれの気持ちをさらけ出したい。そう思った。
真っ暗で、最低限の明かりしかないから、満天の星空を拝むことができる。
天の川を発見し、一年に一度でも逢うことができる織姫と彦星が、羨ましくてたまらなくなった。
もし神に慈悲があるのなら、願わくばおれも優に会わせてほしい。
一年に一度なんて贅沢は言わない。数年、いや数十年、だめならたった一度でもいいから・・・優に会いたい。
「そういえば、クリスマスに、優の声を聞いたんだっけな・・・」
一周忌にここにやってきたとき、ほんの少しだけ優と話をすることができた。
冗談じゃない、夢に決まってる、そういわれても仕方ないが、確かにおれは優と話をした。おれがそう思っているのだから、それでいいんだ。

「じゃあ、もうだめだな。そう何度も奇蹟は起こらないよな、優」
ひとつ大きなため息をつく。
「でも、優はここにいるんだよな」
そう、確かに優はここに眠っているのだ。
もう悩むことも、苦しむことも、涙を流すこともなく、ここに眠っているのだ。

「ほら、いつもおれ、一晩中歌ってるだろ?今日もそのつもりでギター持ってきたけど・・・今日は優と一緒に眠りたい気分なんだ。いいよな?」
いつもは凍えるような真冬だから、眠らないように努力していたけれど、この季節になるとそんな心配はいらない。
バッグから虫除けスプレーを取り出し、全身に吹きかけると、大判のタオルケットを肩からかけた。
「一緒に眠ろうな・・・一緒に・・・・・・」
木にもたれかかり、目を閉じ、優のことを思い浮かべる。
さらさらの艶やかな髪や、華奢すぎる肩や腰、白くすべすべしたパウダースノーのような肌に反してほんのり温かい体温。

もう手にすることはできないけれど、心や身体はそのぬくもりを覚えている。
「優・・・おやすみ・・・」
ひとりごちると、おれは眠りの世界へと導かれて行った。







***********







何かがやんわり頬にふれている・・・
「先輩・・・?」
懐かしい声に呼ばれている・・・
一生懸命重い瞼を開けようとするけれど、なかなか言うことを聞いてくれない。
「先輩・・・眠い・・・?」
聞き覚えのある優しい声。
何度呼ばれたかわからない「先輩」という呼び名・・・

日頃の睡眠不足がたたってかなかなか覚醒しない意識を必死で呼び起こす。
このまま眠ってちゃいけないと、もうひとりのおれが警鐘を鳴らす。

声の主を見ようと、必死の思いで瞼を開けると、ぼんやり誰かが前にいるのがわかった。頭を振って眠気を飛ばす。
焦点が合い始め、そのカタチを認識し、おれは・・・目を見張った。





「―――優・・・?」





「先輩・・・」
おれの目の前に座り込み、手を伸ばしておれの頬にふれているのは・・・
「優?ホントに・・・優・・・?」
「先輩、髪伸びましたね。でも相変わらず黒い・・・」
頬から耳にかかる髪に指を滑らせると、その髪を指先で弄ぶ。
その腕を咄嗟に掴むと・・・確かに掴んだ感触がある。



これは、幻影でなく・・・



「どうして・・・どうして優が・・・?」
こんな場面を夢見ていたけれど、おれだって優の死をすでに受け入れているから、不思議に思うのは当たり前だ。
でも、幽霊だとか、そんな風には思わなかった。
いや、優に会えるなら、幽霊でも何でもいいのだけれど。

「先輩が会いに来てくれたから・・・ぼくに会いたいと一生懸命お願いしてくれたから・・・それに今日は七夕だし」
照れたように長い睫毛を伏せがちで、おれに掴まれた手をそのままに、それでもおれの髪を弄ぶのをやめようとしない優を、おれは胸に引き寄せると抱きしめた。
確かなぬくもりを感じ、きつくきつく抱きしめる。
「優・・・会いたかった・・・」
確認するように、抱きしめた手で、背中や髪にふれてみる。
少し骨ばってはいるけれど丸みのないオトコの身体は優のものだったし、その細くてさらさらな、指通りのいい髪も、優のものだった。

「ぼくも、会いたかったです・・・」
顔を肩に擦りつけるようにするのは優のクセだ。
甘えるネコのようなこのしぐさがおれは大好きだった。

「もっと、顔見せて?」
そっと身体を離し、両手でその頬を包み込み、心持ち上を向かせる。
黒目がちな大きな瞳、それを飾りたてる長い睫毛、自然に整えられた形のいい眉、小さく控えめについた鼻、そしてふっくら桜色のくちびる・・・それは会いたくて会いたくてたまならかった、優だった。
「キスしても・・・いい?」
会えただけでも、ふれることができただけでも、満足しないといけないのに、その先を求めてしまうのは、いけないことなのだろうか。
不埒な行為に及ぶと罰が当たって消えてしまいそうで、今まで聞いたこともないくせに、そんな台詞を口にした。
恥ずかしげに頷いた優のくちびるにくちびるを重ねる。
何度も何度も啄むような小さなキスを繰りかえし、甘くて柔らかい優のくちびるを懐かしむ。
ふれあった部分から、愛しさがどんどん溢れてきて、胸いっぱいに広がってゆく。

キスなんて数え切れないほど交わし合い、それ以上のことだって何度も経験しているのに、キスという行為が、こんなに神聖で、愛にあふれていて、そして切ない行為だと初めて知った。
溢れてきそうな涙を必死で堪えた。
涙で優の姿が霞んでしまうのがもったいないから・・・

額をコツンと合わせると、吐息がかかる距離で優を見つめた。
「ほんとに・・・優なんだな
「先輩・・・」
優もおれの頬を両手で包みこんでくれる。
優に会うことができたら、言いたいことはたくさんあったはずなのに、頭の中は真っ白で何も思い浮かばなかった。
「優・・・おれ・・・・・・」
「何も言わないでください・・・それより・・・」
「それより?」
濡れたくちびるが妖しい光を放ち、おれを誘い込もうとする。
「もっと・・・」
いつだって、優には誘っているという意識はない。だから余計に始末が悪い。
潤んだ瞳で見つめられて、抑制していたおれの心の枷がほんの少し外れた。
再びくちびるを寄せると、さっきよりも深いキスを交わす。
柔らかくて生暖かいそれは、まさしく優のモノで・・・
おれは我を忘れてくちびるを貪った。
優もそれに応えるように、おれに絡みついてきた。

長い長いくちづけの後、名残惜しげに離れた優のくちびるは、吸いつきすぎたのか腫れたようになっていて、きっとおれのくちびるも同じように変化していたのだろう、顔を見合わせるとクスクスと笑いあった。
「そうだ、虫除けスプレーしてやる」
ふとそんな現実的なことを思い、口にした。この出来事が夢ではなく、現実なんだと思いたかったから。
改めて優の全身を見ると、お気に入りだったオレンジのシャツにハーフパンツという格好だった。
肌の見えるところを重点的にスプレーしてやると、肩にかけていたタオルケットに一緒にくるまった。





                                                                       





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