star festival





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「明日、オフだから」
音楽雑誌のグラビア撮影のためスタジオへ移動中の車の中で、脇坂がケータイを折りたたみながら言った。
明日は確かPVの撮影ではなかったろうか。
「天気予報が雨なんだと。快晴でないと意味ないだろ?」
『空』という曲に合わせて、真っ青な空の絵が欲しいのは事実だった。最近はCGなどとの合成という技術が簡単に使えるが、だからこそおれはホンモノの空にこだわった。
梅雨のせいか降り続いた雨が、今日やっと上がり、久しぶりに街全体を陽の光が照らしている。
本当は今日にでも撮影したかったのだが、朝から延ばし延ばしになっていた取材、そして午後からはグラビア撮影と、どちらも締切り間近の出版社から泣きつかれて、予定の変更ができなかった。
「こんなに晴れてるぜ?」
初夏の日差しと言わんばかりにアスファルトを照らしているのに、明日は雨なんだろうか。
「すでに西のほうでは雨模様らしいからな。もうすぐイヤでも晴れが続く季節になるだろうし、たまにはゆっくり休むのもいいだろう?」



もうすぐ、コンサートツアーが始まる。全国津々浦々を回る予定で、ツアーは年を跨ぐことになる。その間にも、様々なアーティストと競演する夏のイベントにも参加する予定だ。
歌っていたかった。
歌って歌って、たくさんの人におれの歌を聞いて欲しかった。
歌わない日はないくらい、ずっとずっと歌っていたかった。
だからおれは全国行脚の旅に出る。
大都市ではそれなりに大きなキャパの会場での開催となるし、それを否定するつもりもない。それなりの演出効果もあるだろうし、聞きにきてくれる客はどこでも同じだと思っている。それにプラスして、今回は地方都市でのライブも増やした。市民会館もあれば、ライブハウスもある。とにかく歌えればそれでいい。
ツアーが始まると、休みはない。休みイコール移動となるためだ。さすがにのどを休めるために間隔は空けてあるが、それでもおれは歌っているだろうと思う。



この前の休みは・・・優の一周忌だった。
脇坂が用意してくれたチケットでおれたちが生まれた街へ飛び、一晩中優を想って歌っていた。
やっぱり休みでも歌ってるんだ、おれは・・・
クスリと笑いが漏れ、ひとり笑いを脇坂に聞かれたかと少し恥ずかしくなって、車窓を映りゆく景色を追っていた。
閑静な住宅街にそのスタジオはある。まるで普通の一軒家のような外観のそれは、周りに溶け込んでいてスタジオだとはわからない。俗に言う追っかけにもバレていない、貴重なスタジオだ。
通りがかった幼稚園に、揺れる笹を見つけた。色とりどりの折り紙で飾り付けされ、ゆるゆると風になびいている。
「七夕・・・?」
毎日脇坂から聞かされるスケジュールで行動するおれには、日にちの感覚や曜日の感覚もなければ、時間の感覚も薄い。優をあの街にひとり置いてこっちで仕事を始めた頃は、毎日指折りオフの日までを数えたものだったが、それも最初の頃だけで、仕事に熱中すると時間の感覚をなくしてしまう性質だということに気づくと、あまり気にならなくなった。
おかげで、優と一緒に過ごすはずだったクリスマスも大晦日も、そして優の誕生日でさえ忘れてしまうというとんでもない過ちを犯したのだが。

もう過ちは繰り返さないと、優の命日と誕生日だけはしっかり頭にインプットし、リビングに大きなカレンダーを貼り付けて大きな印をつけてある。
しかし、七夕までは意識していなかった。
七夕・・・7月7日。
おれが優のことを意識し始めた、ある意味最初の日かもしれない。





**********





『七夕ライブ』と銘打たれた軽音部のライブ。
いつものようにステージにたったおれは、熱い視線を感じていた。軽音部のライブはチケットの入手が困難だと騒がれるくらいに人気があったし、自惚れではなく、おれのライブ目当てにやってくる客はたくさんいた。
それらは大体三年生で、部内に友人がいるとかそういう関係でチケットを入手するヤツらだったから、いつもおおよそ同じメンバーだった。
悪い聴き手ではなく、バラードでは静かに聴いてくれるし、ノリのいい曲ではノッてくれる、ある意味常連ばかりだった。

その中に、いつもとは違う、強いけれど柔らかく熱い視線を感じていた。
いちばん後ろの、真っ直ぐ正面に立っているのは、たしか一年の・・・それが優だった。
その数日前、おれが彼のケータイを拾ったことで面識はあったし、その前から彼は、とんでもなくカワイイやつが入学してきたと評判だった。
オンナかと思いきやオトコだと言うから、どんな奴なんだろうと興味を覚えた。

全校集会でも、その可憐な姿は目立っていたし、公園でケータイを渡した時に間近で見た彼は、同性とも思えないほど華奢でかわいかった。
声だけがオトコのもので、少しショックを受けたのを覚えている。

さらに、通学途中の駅で見かける、これは正真正銘のオンナなのだが、桜女の制服を着たキレイなコに、彼はとても似ていたのだ。
キレイとカワイイ・・・形容詞は違うけれど、ふたりの持つ雰囲気はとてもよく似ていた。
ふたりは姉弟だったのだから、おれのカンもまんざらではなかったということか。

その彼が、おれのライブを見にきている。
それだけで、何だか心が軽やかになり、気持ちよかった。
おれの歌が、彼の心まで響けばいい、そう思った。

そのライブ中。おれはずっと彼のことを考えていた。
彼ひとりを見て、彼のために歌っていたといっても過言ではない。

すると、彼は途中でそっとライブハウスを出て行ったのだ。
どうして、途中で出て行ったのか、今ではもう聞くこともできない。





**********





7月7日。
七夕の日。
一年に一度だけ、天の川に橋がかかり、離れ離れになった織姫と彦星が逢瀬を楽しむことができる日。



優に会いたい・・・



なんなく撮影が終わった時だった。
「向こうに・・・帰るか?」
脇坂がおれの心を見透かしたようにそばに寄ってきた。
驚いたおれの前に、メモ用紙が差し出される。
「チケットレスで予約してあるから。最終便だけどな」
「なんで・・・?」
メモを受け取らす、呆然とするおれに、脇坂がニヤリと笑う。
「今日の撮影のおまえの表情を見てるとわかる。あのコのこと考えてるだろうなって」
おれはどんな表情をしているんだろう。優のことを考えている時に・・・
「さぁ、行ってこい。これから忙しくなるから、思う存分話をしてこい」
ポンと肩を叩かれ、おれはスタジオを後にした。



                                                                       





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