autumn breeze



<3>



夕食を済ませ、お風呂も入って、買ってきたケーキをつつきながら、恒例の競馬討論会が始まった。
「とうとう、菊花賞ですね。ゴッチャン、どうするかな〜」
ダービーで差す競馬を見せたゴッチャンは、前走ではいつもの逃げきりで楽勝した。
「3000メートルの逃げはキツイよな。けど、他の二頭が差し馬だろ?それよりは前で競馬するんじゃないかな」
前売りでは、ブラックジョーカー、ダイナミックビート、ゴッチャンの順で人気している。
「明日こそ勝って欲しいな・・・あっ、アレ見なきゃ!」
テレビをつけると、ちょうど予想が始まったところだった。
アレとは、主に競馬担当のスポーツキャスター、成田章。
今年に入ってから、彼が本命に推す競走馬は勝てないという、嫌なジンクスが競馬界を賑わせていた。
騎手や厩舎関係者、はたまた馬主にまで、本命に推してくれるなと苦言をさされたと、先日も語っていたばかりだ。
しかし、ぼくの、いや、全競走馬の天敵・成田章はそんなことはおかまいなしだ。
成田さん、絶対本命にしないで〜〜〜!
祈りが通じたか、成田さんはダイナミックビートを本命に押した。
「先輩、成田さん、ビートだって!絶対厩舎の人に怒られたんだ!皐月もダービーもゴッチャン本命にして」
そう、成田さんのせいで、ゴッチャンは運のない負け方をしたんだ。
「まぁ、ビートには悪いけど、これで残る敵はジョーカーだけだな」
そう、あの黒光りした馬体を持つ、こわもてのヤツ。
「ゴッチャンは、今度は負けないですよ。二回も同じヤツに負けるなんてオトコじゃない」
厩務員さんによると、ゴッチャンは本当に負けずぎらいらしい。
それが最近レースでいいほうにでるようになったって教えてくれた。

「だな。あいついつだって勝気な目してるし。明日、楽しみだなっ」
先輩がひとつ大きなあくびをした。先輩、疲れてるに違いない。
「先輩、明日早いしもう寝ましょう」
ぼくは先にベッドにもぐりこんだ。
先輩は、アラームをセットして、着てたバスローブを床に落とし、すべりこんできた。
ふたりが寝ても余裕ありすぎのベッド・・・なんでこの部屋にしたんだろ・・・?
「先輩?チェックインしたのぼくなんですけど、先輩も泊まっていいんですか?」
今頃思い出して、バカみたいだけど、気になった。
「ああ。実は、最初から仕事早く終わらせて優と泊まろうって、この部屋にしたんだ。それに早くカタつける自信もあったし。クーポンに二名様って書いてたろ?」
「―――見てませんでした・・・」
「じゃあ、おれも聞いていい?」
「―――何ですか?」
「どうして、日曜日バイトだなんてウソついた?」
言葉に詰まった。ぼくが息をのむ音が、静けさに響いた気がした。
「おれに気ぃつかったか?」
僕を責めるのではなく、答えを促すかのような優しい口調。
「先輩、仕事なのに何とかするって言ってくれたけど、無理するんじゃないかって。ぼくはゴッチャンが大好きだけど、先輩のほうがずっと大事・・・」
しばらく先輩は黙っていた。
「優、おれは全然無理なんかしてないよ?おれが優に会いたいから帰る。優に会いたいから頑張って仕事をこなす。おれが謝るのは本当にすまないと思っているから。おれはおれのしたいようにしているんだ。だから優がそんなつかなくてもいいウソをつく必要はない。変な気づかいはやめろ。わかった?」
先輩は優しいから・・・そうやっていつもぼくが楽なようにもっていってくれる。
「・・・わかりました」
ぼくはそう答えるしかない。それで先輩が楽になるなら。
「じゃ、こんな説教じみた話はおしまいっ!」
なっ、という目でぼくを見て、ニッて笑った。
「先輩、ライト消さないんですか?」
「消したら、優の顔見れないじゃん。つうか、おまえなんでそんな離れたとこに寝てるの?」
言われてみれば、ぼくはすごく端っこにいた。
「だって、すごく広いのに、有効に使わなきゃもったいないじゃないですか」
手を伸ばしても先輩に届かないくらい広い。
「―――もっとこっちこいよ」
でもそばに行ってしまうと、きっと辛抱ならない。
近寄っただけで反応してしまうぼくを知られたくない。

「ヤです」
「なんでだよ・・・こっちこいよ」
さっきより甘い口調に、すでに身体が熱くなっている。
「ダメです」
先輩に背を向けた。
「仕方ないな、そんなわがままを言う優くんにはお仕置きが必要かな」
先輩がもぞもぞと近寄ってきて、ぼくの脇をくすぐり始めた。
「せんぱ、やだってば!」
身をよじって避けようとするんだけど、くすぐったくて笑いが漏れる。
先輩はその笑いに気をよくしてさらにいろんなところにふれてきた。

ぼくは、仕返しにと、先輩のほうに身体を向けて、先輩の脇をくすぐってやる。
「や、やめろって・・・」
先輩はかなりくすぐったがりやなのだ。
きゃっきゃ言いながらのくすぐりあいが、だんだん違う意味を持ってくる。
「なんで、おまえこんなの着てるんだよ。脱いじゃえよ・・・」
バスローブを脱がされる。
じゃれあいのキスが、どんどん深くなり、足が絡まってくる。
「・・・・んっ・・・・・・」
のどの奥から、思わず漏れたくぐもった声が、すごく恥ずかしい。
「優・・・そんな声だしたら、ヤッちゃうぞ?」
「―――いいですよ・・・?」
「ほんとに?」
「――今日は、この広いベッドでひとりで寝るのかと思っていたんです。だけど、先輩が来てくれたから、すごくうれしいから」
「当たり前じゃん。こんなデカイベッドに優ひとりで寝かせない。おれ、優のためだったら何だってできるし。優が総理大臣になれって言ったら、おれ、国会議員に立候補するよ?」
突拍子もないたとえ話にくすくすと笑ってしまった。
「あっ、おれ真剣なのに、笑ったな?そんな口はふさいでやるっ」
くちびるをふさがれて、ぼくは先輩と快楽の世界へと誘われていく。
「優・・・愛してる・・・・・・」
その言葉を聞いたのを最後に、ぼくは何も考えられなくなった。










目が覚めると、目の前に先輩の寝顔があってびっくりした。
あっ、カーテン開けたままだったんだ!
ここは13階。覗かれる心配なんてないけれど、すごく恥ずかしくなった。
いくら慣れてしまったとはいえ、下半身が・・・だるい。
窓からは、明るい日差しが差し込み、室内を照らしているけど、
先輩は窓に背を向けているため、まだぐっすり眠っていた。

いつもは、先輩の胸に顔をくっつけて眠っているのに、今日は同じ枕の上に頭があるから、ほんの数十センチ先に先輩の顔がある。
ぼくは、どんな先輩だって大好きだけれど、こんな風に無防備な先輩は特に好き。
安らかな寝顔は、ぼくに心を許してくれている証拠。
ぼくだけだ見ることができる、ぼくの特権。

その端正な顔を眺めていると、キスしたい衝動にかられた。
ぼくから、したことのなんてないけど・・・今ならわかんないかな?
ゆっくりゆっくり顔を近づけて、あと数センチのところで、先輩がぱちっと瞼を開けた。
びっくりして身体を引いたぼくは、下半身に痛みを感じて、声を上げた。
「優?大丈夫か?」
起きたばっかりなのに、完全に目覚めているらしく、半分身体を起こしてぼくを気遣ってくれる。
「だ、大丈夫です!」
寝ているスキになんて考えるから、バチが当たったんだ・・・
「優、なにしようとしてた?」
わかってるくせに、意地悪な先輩。
「べ、別になにも・・・」なんて言いつつ、まともに先輩を見てないんだから、動揺しまくりってバレバレ。
「も一回目閉じてやろうか?」
そう言って目を閉じてしまった。
キスぐらい、何でできないんだろ?
途中からは夢中になっちゃったりするけれど、どうも最初の一歩が踏み出せないんだ、いつも。
戸惑っていると、先輩が目を開け、口をとがらせた。
「優は、おれにはアレして、コレしてって言うくせに、キスもしてくれないんだ〜昨夜だって、シテシテってすっごい甘えたくせに〜」
「なっ―――」
やっぱぼくは・・・そうなのか?
途中からよく覚えてないんだけど・・・いろいろ言った・・・気もする・・・・・・

「まあいいや。おれ、そんな優のギャップが大好きだもんね!」
チュッと軽くキスをして、先輩はベッドから抜け出した。
「シャワー浴びてくるから、もう少し横になってろ」
今日は、ゴッチャンの応援に行かなくちゃならないのに、昨夜は・・・かなり夢中になってしまった。
一緒にいる時間が少なくなったから、すれ違いも多くなったから、同じ夜を過ごすときくらいは、どうなろうと愛し合いたいと思う。
身体もそれを求めてしまう。

抱き合ってる間は、優しく名前を呼んでくれるし、好きだ、愛してると、何回でも言ってくれる。
別に、普段でも頼めば言ってくれるだろうし、頼まなくても言ってくれるけど、素肌をふれ合わせてのその言葉はとても情熱的で、身体の奥まで入り込んで刺激する。

ぼくのキモチいいところを知ってる先輩に、わけがわからなくされて、たぶん考えられないような醜態をさらけだしてるに違いないと思うと、顔から火が出そうだ。おまけに、先輩いわく、ぼくの身体はすごく感じやすくて・・・スゴイらしい。
しかもぼくから、とんでもないことを・・・口走っているなんて!
「優、優もシャワーしてこいよ。朝食はルームサービスにしてもらっとくから」
もぐりこんでいたシーツから顔を出すと、タオルを腰に巻いている先輩が立っていた。
濡れた髪と、ほんのり湯気が立ち上った身体が・・・色っぽすぎる。
先輩のハダカにはいつまでたっても慣れない。

ぐずぐずしているぼくに先輩は、「身体きつかったらフロ入れてやろうか」なんて真顔で言うけれど、それは絶対ダメだ。
実は、身体を重ねて半年以上になるけれど、一緒にオフロに入ったことがないのだ。
温泉でさえ、ドキドキするのに、あんな密室にハダカでふたりっきりなんて考えられない。

「大丈夫です!」
まだ痛みはあるけれど、気付かれないようにベッドから這い出し、バスルームへと向かった。

                                                                       




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