autumn breeze



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チェックアウトをすまし、京都駅から京都競馬場へと向かう。
近鉄電車からは、昨日一人で見た、五重の塔が見えた。
途中で私鉄に乗り換えると、車内は新聞を広げた人たちで結構混雑していた。

聞こえてくる会話が全て関西弁なのが楽しい。
「先輩、関西弁って楽しいですね」
「だな。キツイとか言うヤツもいるけど、おれはあったかくて好きだな。『そうでまんねん』とか」
「『まんねん』なんて言うヤツはいないって、この間テレビで言ってましたよ?」
「おれも実は聞いたことねえな」
先輩が昨日からとっても楽しそうだから、ぼくも浮かれ気分になる。
「先輩、この間ね、雑誌で『菊花賞の傾向と対策』ていう記事を読んだんです」
「何か、受験みたいだな」
「でね、すごいんです。全部の項目にゴッチャンが当てはまったんです!」
そうなのだ。忘れていたけど、今思い出した。
たとえそれがデータによる確率の問題であっても、うれしかった。

「ダービー二着馬の好走、中3〜4週、前走で掲示板に乗っている、トライアル出走、騎手の乗り替わりなし、これ全部にゴッチャンあてはまるんです!」
自信満々に力説するぼくに、先輩は「へぇ〜」だの「すげー」だの相槌を打ってくれる。
「さらに、ダービー馬より二着馬の方が成績が上なんです」
その馬名を挙げると、先輩は、かなり感心したようだった。
「それに今回は、成田さんも邪魔しないしなっ!もうゴッチャンが勝ったようなものだ!」
「ほんとですねっ!」
ゴッチャン、今度こそ天は君の味方みたい・・・だよ!
「優、見えてきた、ほら」
車窓に映し出された大きな建物。
競馬場ってどこも同じような造りなのか、よく似ているけど、緑が多い気がする。
入場口らしき場所が見えたが、早い時間にもかかわらずスゴイ人だった。

駅で帰りの切符を買って、人並みに流されて歩いていく。
少し歩くとすぐに競馬場の敷地が見えてきた。
「すごく近いですね」
「なあ。超便利じゃんな〜」
道も広いし歩きやすい。ふと、立てかけてある看板に目がいった。
「あっ、先輩!これ・・・」
「―――昼休みに、ウィナーズサークルで予想?しかも成田章じゃん!これ、ぜってー見に行こうな!」
「ほんとだ!今までの文句言いたいくらいですよ!今回はお礼だけど」
ひとつ楽しみが増えた。
ダービーの時と同じように、バッヂをもらい、ハンドスタンプを押される。
入場して目についたのが、入口の横にあるグッズ売り場だった。

本やビデオ、ぬいぐるみなど、たくさん売られている。
その中に、皐月賞馬ダイナミックビートとダービー馬ブラックジョーカーの
ぬいぐるみを見つけた。

ほんとなら、ゴッチャンのもあったはずなのに・・・すごく悔しかった。
「今日勝ったら、ゴッチャンのも売られるから。ゲットしような」
ぼくの心を見透かしたように、先輩が明るく言ってくれた。
そうだ、ゴッチャンは今日勝つんだから!
ぼくたちは、とりあえず指定席に行くことにした。
造りが同じってことは、東京と一緒かなって思っていると、やはり自動ドアを抜けるとじゅうたんが引いてあり、長いすがたくさん置いてあった。
だけど、決定的に違うのは、座席にモニターがついてたこと。
これには結構感動した。

それに、コースの内側が池になっているこの競馬場は、眺めも最高だった。
大きな池には、白鳥が悠々と浮かんでいて、真ん中に、鳥居が立つ小さな島があった。
馬場の向こうは土手なのだろうか。
とにかく民家の一つも見えないし、駅からあんなに近い場所だなんて思えなかった。

「ぼく、この競馬場、すごく気にいりました!」
「おれも。ここでゴッチャン勝つといいな!」
皐月賞やダービーでの屈辱を晴らした先輩競走馬のように・・・
ゴッチャンも続いてほしい。

「優、今日のひらめきはないのか?」
目をらんらんとさせて先輩が尋ねてきた。
「今日は、パドックで馬を見ましょうよ!」
最近新聞での予想ばかりだったから、近くで馬が見たかった。
「おしっ、じゃあ降りよう」










京都競馬場のパドックはまんまるだった。
真ん中に大きな木が一本立っている。モチノキらしい。
周りには、色とりどりの花が植えられていて、かわいい。
すでに2レースの馬が、周回していた。
先輩は、すでに真剣な顔で新聞とにらめっこしている。
ぼくも馬を眺めていたら、一頭だけ、引いている厩務員さんに甘えているようなしぐさの馬がいた。
顔を厩務員さんにくっつけようとして、真っ直ぐ前を向かない。

「先輩、5番の馬・・・」
「5番?ローズウッド・・・ふ〜ん、気になる?」
「―――少し・・・」
しばらくして、号令がかかり、騎手が騎乗すると、そのローズウッドは、しゃきしゃきと歩き出した。
人間も馬も切りかえって大事だよな・・・?
「先輩、5番買いましょう!それに、名前が気になったスローバラード。馬連で・・・」
「135倍だぞ?」
「じゃあ、千円で」
ぼくたちは、あっさり13万円をゲットした。
競馬は、やりすぎてはいけない。買いたい馬がいない場合は、買ってはいけない。
結局午前中は、パドックで馬を見たけれど、その後はときめく馬はいなかった。

「優、成田章っ!」
そうだ!予想大会があるんだった!
けっこうな人だかりだったけど、少しのスペースにもぐりこんだぼくたちは、ホンモノの成田章に初めてご対面した。
「―――普通のおっさんだな・・・」
拍子抜けしたような先輩がおかしい。
だって、もともとは普通のアナウンサーだったんだから、普通のおじさんでしょ?
もっと男前とか思ってたのかな・・・

くすくす笑っているぼくの耳に、とんでもないセリフが飛び込んできた。
「本命をね〜変えようかと思っているんですよ」
えっ?
「やっぱりずっと本命にしてきましたからね〜今さら裏切れないでしょ」
まさかまさか・・・裏切っていいんだよ!成田さんっ!ダメダメダメ〜〜!
「先輩っ」
「優っ、やばいやばい・・・・」
やばいを繰り返す先輩の言葉がかき消された。
「ゴッドオフチャンスに変えます、本命」
身体の力が抜けそうだった。
なんでなんで変えたりするのさ〜〜〜

「厩舎の方からは、もう本命にしないでくださいって言われてたんですけどね。だけど、この馬は強いですよ―――」
もうあとの言葉なんて耳に入らない。
先輩と、群衆から抜け出した。
「優・・・やられたな・・・・・・」
がっくり肩を落としたぼくに先輩が声をかけた。
「今さら変更なんてズルイですよね・・・・・・」
「また、成田ごときの予想にあたふたさせられるってのが、ムカつくよな!」
ほんとだ。悲しいっていうよりムカつく。
こんなぎりぎりに予想を変えるなんて、オトコじゃない!

最後まで自分の意志を貫けってんだ!
「先輩っ、あんな予想に負けませんよ!
本当に強い馬は、必ず障害に打ち勝つはずですよね。三度目の正直だ」

二度あることは三度あるとも言うけど、それはこの際無視無視!
「おれたちで、ゴッチャンの邪魔をするやつは、ぶっとばしてやろうな!」
ぼくたちは、打倒成田章を誓って、指定席に戻った。
午後からは、パドックにも行かず、席に座ってすごした。
午前中に13万も的中してしまったから、もう運は使わないでおこうと、馬券は買わず、予想だけをして楽しいんだ。
机に設置されているモニターには、パドックの様子やオッズなど、様々な情報が映し出されるので、座ったきりでも十分楽しめる。

馬券を買わなくても競馬は楽しい。
先輩はデータ派で、新聞の細かい馬柱をチェックして推理していくけれど、ぼくはほとんどがインスピレーション、もしくは名前でお気に入りの馬を見つける。
あの馬のしぐさがかわいい、かっこいい、きれい、そんな理由だ。
背景にドラマ性を持つ馬も大好きだ。
たまに勝手に妄想したりすることもある。
オンナのコで、特定の騎手が騎乗した時しか好走しなかったりすると、恋してるのかなあとか考えてみたりする。
それだけで、その馬を応援したくなったりするから、競馬って不思議だ。

                                                                       




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