autumn breeze



<2>



先輩の予約してくれたホテルは、京都駅のビル内にあるらしい。
とりあえず、改札を出てホテルに向かう。
土曜日の夕方とあって、かなりの人ごみの中を、ひとり歩く。
だいたい、街に出るときは先輩か友樹と一緒で、こんな混雑した中をひとりであるくことなんてないぼくは、変にびくびくしている。
そして、こんなに弱虫になってしまった自分が嫌でたまらない。





ホテルはすぐに見つかった。
未成年のぼくでもチェックインできるのか心配だったけれど、クーポンを渡すと面倒な手続きは要らないらしく、簡単にカードキーをくれた。
さほど荷物のないぼくは、ひとりでエレベーターに乗る。
それにしてもすごく大きいホテルだ。このでっかい駅ビルの半分を占めるらしい。
キーを差し込み、部屋に入ってさらに驚いた。
「すっご〜い広い!」
思わず声に出してしまったほどに!
真っ白のベッドカバーに白いソファセットにシックな木製の調度品。
モノトーンで統一された上品で落ち着いた室内。
それに、ベッドがすっごく大きかった。
部屋にあったパンフなどを見てみると、デラックスダブルの部屋らしい。

ベッドに寝転がってみた。どっちに転がっても落ちないくらい広くて大きい。



だけど・・・ひとりじゃ淋しすぎるかな?



またまたテンションが下がりそうになって、ぼくは外出することにした。





さっきは、通用口みたいなところから入ったからわからなかったけど、駅の中央改札はすごい吹き抜けだった。
旅行に関しては用意周到な方でここもリサーチ済だ。
長い長いエスカレーターで、展望台まで行ってみることにした。
しかし、見事なほど、ひとりでエスカレーターに乗ってるやつはいない。
ビルの上から望む景色で、ここがやっと京都なんだって感じた。五重の塔が見えたから。
先輩と見たかったな・・・・・・そう思った。
ちょうど、西の空が夕焼けでオレンジに染まっている。明日もお天気がよさそうだ。



だけど、先輩、明日ほんとうにお休みにできるのかな・・・?



今日も遅くまで仕事だと言っていた。



長引いたりしたら、予定がずれ込んだりしたら・・・・・・



先輩の仕事は、サラリーマンのように時間で区切られるものではない。
どんな仕事か知らないけれど、いろんな都合でずれ込んだりなんて日常茶飯事だと先輩は言っていた。
先輩を東京に送り出すとき、ぼくはある覚悟を決める。
もう会えないかも知れないと。
自分で自分に言い聞かせないと、待ってなんていられない。
覚悟してたって、待つことはつらい。
いつ帰ってくるのかな?ほんとに帰ってくるのかな?
もしかしたら、このまま帰ってこないかもしれない・・・・・・
押し寄せてくる不安と戦う日々が続く。

その反面、もう帰ってこないほうがいいかもしれない・・・と思うことがある。
先輩はこのまま新しい場所で、新しい人たちに囲まれて、音楽の道を進むべきではないか。
一緒に行こうと言われたときは、ただうれしくて頷いてしまったけれど、このままくっついて行っても、今日みたいに先輩に気を使わせて、無理させて、邪魔になるだけではないか。
一緒にいたいと思う気持ちと、一緒にいてはいけないと思う気持ちが、ごちゃまぜになってぼくを混乱に陥れる。



ここにいても仕方ない・・・か。帰ろ・・・



ぼくはエスカレーターを降りていった。





そのまま部屋に戻ろうとして、ロビーを横切った時だった。
「優っ!」
ぼくの大好きな声で呼ばれた。ぼくに向かって歩いてくる。
「せんぱ・・・何で・・・?」
先輩は、人目も憚らず、ぼくを抱き寄せる。
「ち、ちょっとせんぱ、ここじゃ!」
「じゃ、部屋に行こう・・・な?」
ぼくの手を取り、エレベーターに向かった。
どうして、先輩はいつもぼくがモヤモヤしている時に現れるんだろう。
ドアが閉まると同時に、キスが落ちてくる。
「5日ぶり。おれ、やっぱ優のくちびる好きだな〜」
ふふっと笑いながらそんなこと言われて、ぼくは先輩に抱きついた。





扉が開き、先輩を部屋に案内する。
「やっぱ、広いな〜ネットで見たとおりだ」
奥のソファにどさりと腰を降りした先輩の足元に、子猫のように擦り寄った。
あれこれ考えていたくせに、先輩に会ってしまうと、離れられなくなる。
覚悟しているといいながら、まだまだ心の弱いぼく。
だけど、一緒にいる間だけは、何も考えずそばにいたい。

先輩の膝に頭を乗せて、大好きな右手の指にそっと指を絡ませたら、開いた左手で、ぼくの髪にやわらかくふれてくれた。
「でも、先輩、仕事は?明日しかこれないんじゃ・・・」
「すげー早く終わらせたんだ。おれ、優に会うためだったら何だってできるし〜」
「また無理したんじゃ―――」
「優は、おれを見くびりすぎだぞ?無理なんかしなくても、ヤル気がでちゃってスゲーんだ。優に会いたい一心で仕事するからさ、おれ結構評価されてんの。評判いいんだ、スタッフの間でも。優のお・か・げ!」
先輩の笑顔に、優しさに、ぼくはいつも救われる。
「優さ〜ケータイも持たないで散歩行ってたろ」
「あっ・・・・・・」
「フロントに電話してもらっても出ないし、ケータイも繋がんないし、ちょっと心配した」
「ご、ごめんなさい・・・」
「じゃあ、お詫びにここ来て?」
ポンポンと腿を叩く。
「ここ?」
「そっ、ほら立って」
先輩はソファに座ったまま、床に座り込んでいたぼくの脇に手を差しこんで立つように促す。
「はいっ、ここに座って」
横向けに座ろうとしたら、「違うよ優」とぼくを止めた。
「おれの両脇に膝着いて、おれと向かい合わせに座るの!」
えっえ〜〜っ!
たまに先輩はこういうことを言い出す。わがままなコドモのように。
ぼくが躊躇っていると、「おれ、ロビーでかなり待ってたんだよな〜」って上目遣いに見る。
仕方なく、先輩の腿の両脇に膝を着くと、ソファが沈んでバランスをくずし、先輩のほうに倒れこんだ。
自然と抱きあう形になってしまい、先輩を背もたれに押しつけてしまった。
「ご、ごめんなさいっ!」
体勢を立て直そうと身体を起こしかけたのを、ぐいっと抱きしめられた。
「いいよ、これで・・・やっとぎゅって出来たんだから・・・・・・」
久しぶりの先輩のぬくもりとにおいにめまいがしそうだ。
「優のにおい・・・すっげー恋しかった」
「どんなにおいですか・・・?」
興味があって聞いてみた。
「う〜ん・・・甘いものばっか食ってるから、お菓子のにおいかな?」
お菓子って・・・おかしくてくすくす笑った。
「優は、どこもかしこも甘いんだ。それはおれだけが知ってる」
腕を緩めて身体を少し離したかと思うと、ぼくのくちびるをぺろっと舐めた。
「ここもすっげー甘い・・・だからもっと食べさせて?」
激しいくちづけに、先輩の首にまわしていた腕に力がこもり、頭がくらくらする。
だけど、その恍惚感がたまらなく好きだ。
生暖かいこの感触も、先輩だと思うだけで身体に熱いものがほとばしる。

くちびるが離れていく・・・・・・
「なに?もっとしてほしい?」
えっ?ぼくはそんなにもの欲しそうな顔をしているのだろうか?
恥ずかしくてうつむくと、「だめだ〜優、かわいすぎる〜」と、再びぎゅーと抱きしめてくれた。

                                                                       




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