autumn breeze



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京都という街は、ぼくの想像とは全く違っていた。
見たところ、古い建物なんてないし、目に付くのはビルばかり。
もっとお寺とかがたくさんあるんじゃなかったっけ?
ちょっぴりショックだった。





ぼくは、京都にやってきた。
明日の菊花賞を観戦するために。
普通なら、わくわくして仕方のないところなんだけど、やっぱりひとりじゃ淋しい。
先輩は・・・東京にいる。
先週の終わり、指定席当選のハガキをポストに見つけた。
そりゃふたりで何十枚も書いたんだから!
ダービーに続いての観戦。
今度こそゴッチャンの勝つところを見たい。
喜びもひとしおだった。





ゴッチャンは、ダービー二着の後、北海道に放牧に出され、たっぷり休養をとった。
秋初戦の神戸新聞杯を持ったままの競馬で楽勝し、明日菊花賞に臨む。
ダービー馬のブラックジョーカーもセントライト記念を圧勝し、満を持しての登場となる。
そしてもう一頭、皐月賞馬のダイナミックビートは、驚異的なスピードで骨折から回復、トライアルレースに進むかと思いきや、三歳にしてオールカマーに出走し、古馬を蹴散らして勝利をおさめた。
菊花賞は、この三頭の三つ巴、三強対決と評されていた。
だけど、三頭の中でも、ゴッチャンは善戦するけれど本番では勝てない。
他の二頭がデビュー以来、連勝を続けているため、彼らよりも若干評価が下がっていた。





ダービーのとき、先輩が言っていた。
『菊は本当に強い馬が勝つ』って。
ぼくは、ゴッチャンがいちばん強いと思っている。
ゴッチャンは、負けることの悔しさを知ってるから。
だから、他のヤツより気持ちで勝ってるはず。
だから、ぼくはゴッチャンを応援する、そのために京都にやってきたんだ。





ぼくが、ポストで見つけたハガキをうれしそうに先輩に見せたとき、一瞬困った顔をした先輩。



「優、悪いけど、月曜日から東京で仕事あるんだ」



先輩は、9月に東京の大手音楽事務所と契約した。
来春のデビューが約束されている新人アーティストだ。
本当は、生活の場を東京に移したほうがいいに違いないのに、ぼくがこっちにいるからと行ったり来たりの生活を送っている。
それでも、ここ最近は、向こうにいる時間のほうが長かった。
先輩は、ぼくが卒業したら、一緒に上京しようと言ってくれた。
だから、それまでは我慢してくれと言う。
そんな我慢、ぼくはいくらだってできる。
頑張っている先輩に心配をかけないこと、ただ音楽のことだけを考えて、安心して夢の実現に進んでもらうことがぼくの願いだ。
いつも、そう思っているのに、ぼくはハガキが当たったことがうれしくて、先輩の都合なんて考えなかった。
もう、昔とは状況が違う。
好きなときに、好きなだけ遊べるような環境じゃないのに。
ぼくがあまりにうれしそうにハガキを見せたから、きっと先輩はとっても困っているに違いなかった。
何とか、どうにか都合つけるからと、何度も何度もぼくに謝る。





先輩は優しい。
ぼくの望むことは何でも叶えようとしてくれる。
だから、たぶん今回も無理するんだろう。
週末に休みがとれるように仕事を詰めるんだろう。
それでなくても、最近少し痩せてしまった先輩。
東京との往復だけでも疲れるはずなのに、少しでも時間があれば帰ってくる先輩。
ぼくは、先輩の負担でしかないのかもしれないと、最近思い始めている。
だから、先輩が東京に帰っていく月曜日の朝、ぼくは先輩に笑って言った。



「先輩、日曜日、バイトに入ることになったんです」



ゴッチャンの応援は、テレビの前でもできる。
それより先輩に無理して欲しくない。
先輩は、探るようにぼくを見たけど、「なら仕方ないな」とほっとした表情をした。
その顔で、ぼくは救われる。
ぼくのやったことは正しいと自信を持てる。





先輩がいなくなった家は、ただの住まいと化す。
ただ、寝るだけの場所。雨風をしのぐだけの場所。
その日も、学校から帰って、ひとりリビングでごろごろしていた。
突然鳴り出したケータイの着信音。
ディスプレイを確認しなくても誰からかわかる、特別な電子音。



「日曜、休みもらったから、行くぞ、ゴッチャンの応援に」



「で、でもバイト―――」
「嘘つけ。優は嘘をつくときに、ほんの一瞬目を伏せるからバレバレなんだよ。で、予定だけど、土曜日遅くまで仕事だから、日曜の朝に京都駅待ち合わせ。優は、前泊しないといけないから、ホテルのクーポンとJRの切符と送っといたから。そこに時間とか書いてるから、間違えるなよ。指定席のハガキも忘れるな」
早口で用件を告げて電話を切った先輩。きっと忙しいんだね。
また、先輩に気を使わせてしまった。
前日、遅くまで仕事をこなし、早朝に京都までやってくるという先輩。
ぼくは、気のきいた嘘のひとつもつけない、ほんとにしょうのないやつだ。
今度、先輩に嘘をつかなきゃならないことがあったら、目を伏せてはいけないな・・・・・・
嘘なんてつきたくないけれど、なぜかそんな日が来るような気がした。

                                                                       




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