I wonder which horse Victory
will smile on





<2>


〜side 三上



おれが差し出した、ダービーの指定席当選ハガキを見たときの優の顔!
あの笑顔が見れるのなら、おれは何だってする。
だけど、本当に当選してよかった。
優の名前で出したハガキが当選するってのには納得いかないが、ともあれこれでゆっくりとダービー観戦だ。
たとえ、ハガキが当選しなくても行くつもりだった。
ゴッドオブチャンス陣営が、NHKマイルを使わずにダービーへ直行すると発表した時に、すでにこのプチ旅行を決めていた。
昨年、優を初めて競馬へと誘った時、優がこんなに競馬にハマるとは想像できなかった。
あの日、偶然ゴッチャンのデビュー戦で、しかも姉のハピネスも出走していた。
そして、二頭とも勝利した。

なぜ、優があの二頭にこんなに入れあげるのかわからないが、優はどんどん競馬の世界に足を踏み入れ、今やおれ以上に熱をあげている。
新聞やネットで、この二頭の出走チェックをおこたらない。
あまりに熱心なので、おれは厩舎に差し入れでもしてみたらと言ってみた。
すると、めったに自分から行動しない優が、八百屋に注文してニンジンを送ったのである。
しばらくして、厩舎の関係者からお礼状が届いた。
まだ新馬戦を勝ったばかりの一勝馬と、もうピークを過ぎた感のあるその姉に、熱心に声援を送るヤツなんて他にいなかったのかも知れない。
それからも優は、迷惑にならない程度に何やらいろいろ送っているらしかった。
姉のハピネスは、あの小倉のレースで何年ぶりかの勝利を挙げた後、短期休養に入り、府中牝馬ステークス二着、GTのエリザベス女王杯五着、そして昨年暮れの阪神牝馬特別で自らの引退の花道を飾った。
弟のゴッチャンは、おれの予想通りクラシック戦線に乗り、善戦を続け今週のダービーに臨む。
本当なら、この姉弟のレースを全部ナマで見せてやりたかったが、なにせメインの競馬場は京都・阪神。
だからこそ、おれは優に見せてやりたかった。
皐月賞も指定が当たらなくても行こうとしたのだが、なにせあの人の山。
レースなんて見えないに違いないとあきらめた。
だからこそ、このダービーにかけていたのだ。

知ってるやつの名前を全部使ってハガキを出した。
何十枚も。
なにに当たったのは優のだけ・・・
我ながら、運のなさにあきれてしまうっつうか、もう笑うしかない。
とにかく、競馬の祭典、日本ダービーを思う存分楽しまなくては!








土曜日、バイトを終えて帰ってきた優と空港へ向かう。
飛行機で一時間半。あっという間に羽田に到着した。
「先輩、ぼく、東京って初めてなんです」
弾んだ声で、優が楽しんでいるとわかる。
「おれだって、初めてだよ」
ふたりできょろきょろしまくりで、田舎から出てきたってバレバレかも知れない。
プチ旅行のくせに、何の荷物も持ってきていない。
明日はホテルをチェックアウトしたら競馬場へ向かい、そのまま空港に行かなければならないから、邪魔になる荷物は持ってこないようにした。
いまどき、ホテルに全部備え付けてあるし、そういうホテルを予約した。
「とにかく、新宿に出ないとな」
東京モノレールで浜松町へ。
山手線に乗り換えて新宿へ。
さすが東京。人が多くて歩きにくい。
電車なんて数分ごとに走ってるのに、座れたもんじゃない。
ドアにもたれて、無言で立っているおれたち。
何か浮いてないか・・・?
ドアのガラスに映る優に目をやると、瞼をしょぼしょぼさせていた。
「優、眠いか?」
おれの声に、閉じかけの瞼をパチパチさせる。
「だ、大丈夫!」
必死に目を見開くその姿があまりにかわいくて、頭を胸に抱き寄せてしまった。
「せ、先輩っ!」
人目を気にする優が、小さな声で抵抗するが、おれは離さなかった。
「おれが、支えててやるから、目ぇ閉じてていいぞ?」
優は、赤のギンガムチェックのシャツにジーンズをはいていた。
長めの髪にかわいらしい顔立ち。ボーイッシュなオンナに見えなくもない。
だからこそ、こんな電車の中での大胆な行動に出れたのだが。
だけど、それは言わなかった。
優の機嫌をそこねるのは、真っ平だから。





新宿に着くと、大きなシティホテルだけあっていたるところに案内があり、迷わずホテルに着くことができた。
チェックインをし、荷物もないからふたりで部屋へと向かう。
ルームナンバーでわかる、25階。
カードキーを差し込み、ドアを開けた。
「どうぞ、優」
優、絶対喜ぶぞ?
ちょっと奮発してスーペリアクラスの部屋にしたんだ。夜景もきれいだろうし。
「せ、先輩っ!」
ほら来た、と思ったのに、優は想像とは違う言葉をおれにくれた。
「ダダダダダブルベッドじゃないですかっ!」
あわあわと慌てふためく優。
いまさな何言ってんだよ。照れることか?
そんな優におれはしれっといってやった。
「せっかくこんないいホテルに泊まるのに、優と同じ部屋で寝泊りするのに、なんでベッドがふたつもいるんだよ。邪魔なだけだろ?」
「で、でも―――」
「ハウステンボスの時だって、ひとつは使わなかったじゃん。優は、怪しまれるとか言って、帰る前にごろごろ寝転がってたけど」
その光景を思い出して、おれはくすりと笑った。
優は何も言い返せず俯いてしまった。
おれは、優に近づき、抱きしめた。
一瞬身を強張らせたけれど、おれの背中に手を回してきた。
横には、使いなさいと言わんばかりの大きなベッド。
そういや、おれたちセミダブルしか寝たことないんだよな・・・・・・
おれは、あのラブホのでかいベッドに憧れているんだけど、優が絶対嫌がりそうなので誘えないでいる。
このまま押し倒してしまいたくなるが、明日は大事なダービーデー。
優を疲れさすセックスは厳禁。
「大丈夫だって。今夜はな〜んにもしないから」
何にもしないなら、ツインにしときゃよかったな・・・
自分の首を絞めるようなことをしたおれは、ひとり自己嫌悪に陥った。
「優、ゴハン食おう。どっか食べに行く?」
優は、ひとり大きな窓にへばりついて、夜景を見ていた。
「せっかくこんな広い部屋取ったんだし、ルームサービスにしましょうよ」
優の言うとおり、ふたりではもったいないくらいに広い。
「だな。じゃあそうしよう」
適当なものを見繕って注文した。
「料理来るまでに、フロ入って来いよ」
優を先にフロへと促した。





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