I wonder which horse Victory
will smile on





<1>


〜side 優


楽しかったゴールデンウィークも終わり、ありふれた日常の生活に戻った週明けのある日の夕食、ぼくが作ったカレーを二杯も平らげた先輩は、満足そうな顔でこう言った。
「優、今週の土日、バイト休めるか?」
「―――土曜は夕方までは店長にどうしてもと言われてるんで無理ですけど・・・日曜は大丈夫だと・・・・・・」
土曜日は人出が足りないらしく、開店から夕方までシフトに入って欲しいと随分前から頼まれていた。
先輩の様子をうかがうと、安堵の表情を浮かべていた。
「おしっ、じゃあ土曜日の夕方から日曜日終わるまで、身体開けとけ!」
身体開けとけって・・・何するんだ?まさかヘンなこと考えてるんじゃ・・・・・・
数秒後には、そんな風に考えた自分が恥ずかしくなるんだけど。
「な、なにするんですか・・・?」
声が上ずってしまったぼくに気づかず、先輩はおもむろにポケットから1枚のハガキを取り出した。



「じゃ〜〜〜ん!」



妙にハイテンションの先輩は、ぼくの前にそのハガキを差し出した。
しかも、宛名側だったため、内容がわからない。
宛名が・・・ぼくになっている。

「―――そのハガキ・・・なんですか?」
先輩は、その問いを待っていたかのように自慢げに答えた。
「日本ダービー指定席当選通知ぃ〜」
ダービー当選通知・・・?
ダービーって東京であるんだよね?
「そ、それって・・・」

「だから、日曜日に、東京へダービー見に行くんだ。あれ、出るだろ?」
あれとは、昨年の夏、先輩に初めて連れて行ってもらった小倉競馬場で、一目ぼれしたあいつ。



『ゴッドオブチャンス』



「連れてってやるって約束したのに、なかなか実現できなくてごめんな。皐月賞は抽選でハズレたし、今回も当選したのは優の名前で出したハガキなんだ」
おれって、ほんと運がないよな〜とため息をつく。
「先輩、すごくうれしいです。こないだ、福岡に連れて行ってもらったばっかりなのに・・・」
「心配するな。優と競馬で遊ぶようになってから、優のおかげで結構な回収率なんだ。それ、ずっと貯めてあるから。おれと優の共同貯金で行くプチ旅行だから、遠慮することはないんだ」
それも初耳だった。配当金を貯金していたなんて、全く知らなかった。
これまでの旅行はいつだってぼくの旅費も先輩が負担していて、ぼくが支払おうとしても一切受け取らなかった。
先輩と旅行やデートはとても楽しいのだけれど、そのことはぼくの心の片隅で重荷になっていた。
それも先輩は理解してくれていた。
そして、その重荷をなくそうと、優しい言葉をくれる。
「優、めいっぱい応援してやろうな。あいつにとっちゃ一世一代の晴れ舞台。この目で見てやらなきゃな」
にこりと笑う先輩に、ぼくは気のきいた感謝の言葉さえ見つけることができない。
胸がいっぱいになって、涙がじわじわ滲んでいて、また先輩を慌てさせてしまった。
心の中で、何度も繰り返す。
先輩、ありがとって・・・・・・








土曜日までの毎日が、競馬中心にまわっていく。
スポーツ新聞をチェックし、ネットでいろんな情報を集める。
待ち遠しくてならなかった。
競馬の祭典『日本ダービー』
この世に生を受けた瞬間から、サラブレッドたちの目標となるレース。
一生に一度しか出走できない、最高峰のレース。
何万頭の中から、出走できるのは、選ばれた18頭のみ。

そして、その18頭の中に、初めて好きになった彼がいるなんて、夢のような話だ。
去年、初めて出会ったレースで、圧倒的勝利を収めた彼は、そのまま短期の休養に入った。
彼が復帰してきた頃には、もうぼくも競馬にかなり詳しくなっていた。
秋から冬に変わりつつある頃、休み明けの復帰戦に勝利した彼は、年末のGTレース朝日杯フューチュリティーステークスに駒を進めたが、3着に終わった。
ゴール手前でかわされてしまって。

今年に入って、シンザン記念で初めて重賞制覇し、そのままの勢いで弥生賞に臨んだが、これまた3着に破れた。
彼の脚質は、いわゆる逃げってやつで、単騎で逃げをうてるとそのまま押し切ってしまえる力を持っているのだが、前で競われると持ち前の闘争心に火がついてしまって抑えることができず、最後にバテてしまう。
それでも、賞金面で余裕を持ってクラシックの第一弾、皐月賞に駒を進め、三番人気で二着という、すばらしい成績をおさめた。
ゴール前200メートルまで先頭を走っていた彼に、ぼくはテレビの前でありったけの声援を送ったのだけれど、最後の最後にかわされた首差の敗北。
だけど、勝った馬は一番人気の無敗の馬だったから、よくやったと思う。
そして、彼は、今週のダービーに出走する。
皐月賞馬ダイナビックビートは皐月賞後に故障が判明し、本命不在のダービー、彼はおそらく一番人気か二番人気に支持されるであろう。
追い切りもよかったと新聞に載っていた。




「ゴッチャンは人気しそうだよな〜」
ぼくが、リビングで買ってきた競馬雑誌『ギャロップ』を読んでいると、スポーツ新聞を見ていた先輩が口を開いた。
「先輩、ゴッチャンて・・・」
「ゴッドオブチャンス、略してゴッチャン、かわいいだろ?」
そうかな・・・何とか娘のメンバーみたいだと思うんだけど・・・
あえて口にしなかった。
「枠順もいいとこ引いたよな〜」
3枠6番。逃げ馬には、理想の枠だと思う。
「先輩、逃げると思いますか?」
ぼくは、先輩と競馬の話をするのが大好きだ。
こうやって週末に近づくと、いつも予想大会が始まる。
「う〜ん・・・まあ同脚質のヤツがいないからなぁ。逃げるんじゃないの?」
「だけど、府中の直線は長いですよ?ぼく、500メートルも見てられないです。心臓壊れてしまいそう・・・」
想像するだけで、ドキドキする。
いつ抜かれるだろう。頑張れ!もう少し・・・
はあっとひとつため息をつく。
「ゴッチャンの血統は府中の長い直線は大得意だしな〜どうするかなぁ」
「全姉のゴッドオブハピネスは府中のオークスでスゴイ脚で突っ込んで三着でしたもんね」
あれから、ビデオでそのレースを見たけれど、それはもうスゴイ脚だった。
一頭だけ違う世界にいた。あと100メートル長かったら、おそらく勝っていたに違いない。
「だな〜勝ってほしいな。まだ、着外なしだぜ?すごくない?とにかく応援してやろうな!」
ああ、神様っ!彼の名の通り、チャンスの神様を、彼にお遣わしください!
ぼくにできることは、勝利を祈ることだけなんだよな・・・・・・






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