ふたつのこころ


<3>



おれはどうしてこいつに抱かれてイヤじゃないんだろう?
しかも自分から抱いて欲しいといわんばかりに泊まりに来ている。
フロに向かった片岡をソファで待ちながら考えた。

初めてのセックスは、痛みを伴ったものの、かなりキモチよかった。
だから、以来おれに手をださない片岡がもどかしくて・・・
でも、それ以上に片岡を感じたいと思う自分がいる。
何度も耳元で囁かれる愛の言葉とおれの名前。
汗ばんで額にまとわりつくおれの前髪をかきあげる優しい指。
ごつごつした丸みも何もないオトコのおれを包んでしまう広い胸と腕。
思い出すたび恋しくなる。
そして、何よりも片岡がおれの中でキモチいいと感じてくれることが、そしてひとつになれることがうれしいから・・・
おれは、なかなか感情を素直に表現できないから、セックスすることで、おれの好きが伝わればいいなと思う。
今日、ここで、おれは片岡に抱かれる・・・
日常暮らしているこの空間で、いつも片岡が眠っているベッドで・・・・・・
「なんだ、ここにいたのか?」
げっ、もうタオル1枚でいやがる!
目の前には、タオルを腰巻にした片岡。
「あっちの部屋で待ってればいいのに」
んなもん待てるかっつうんだ!
おれはその均整のとれた身体から目をそらした。ドキドキ鼓動が響く。
そのままおれの隣りにどさりと腰を下ろし、ふう〜と気持ちよさそうに息を吐いた。
わしわしと髪を拭く音。

「おまえ、まだ雫(しずく)たれてんじゃんか・・・」
今度はおれにバスタオルをかぶせてわしわしと髪を拭き始める。
人に髪をさわってもらうのってすっげー気持ちよくて、されるがまま片岡に身を預けた。

頭からすっぽりかぶせられたバスタオルの隙間からちらちら見えるひきしまった身体に視線を泳がせる。
「―――あんた・・・そんな格好じゃ湯冷めするぜ?」
片岡の手が止まり、バスタオルが取り払われると、目の前に濡れた前髪の間からおれをじっと見つめる切れ長の双眸が現れた。
「じゃあ、おれを温めてくれよ」
おれの手をとり立たせると、寝室へと誘った。





先ほど見たでかいベッドと再びご対面したわけだが、ひとりで見るのをふたりで見るのとは全く違って気恥ずかしい。
おれを部屋に入れると、後ろ手にドアを閉めた片岡は背後から抱きしめ、おれの顎を持ち上げると、キスを仕掛けてきた。
首を後ろに伸ばす強引な体勢に、自然とおれをしっかり抱きしめる片岡の手に手を合わせる。

その手が、シャツの上から身体をすべりはじめても、くちびるが離れることはなく、どこかしら繋がっていたいという思いの表れのようだった。
そのまま、ベッドに押し倒され、借りていたTシャツを脱がされ、直にぬくもりを感じ、どんどん羞恥心が解けてなくなっていく。

けど、ふと頭をよぎってしまった。
大学時代から住んでるこの部屋で、このベッドで、どれだけのオンナを抱いたのだろう?
今、おれにふれているその手で、そのくちびるで、どれだけのオンナを善がらせたのだろう?
おれに、好きだ愛してると言うそのセリフを、どれだけのオンナに与えたのだろう?
そして、そんな風に愛されたヤツは、みんな、おれなんかとは違い、柔らかい身体を持つオンナ。
誰に後ろ指さされることなく、堂々と気兼ねなく恋愛を楽しむことができるオンナ。
おれがどんなに好きでも、一生敵わないかもしれない、おれとは正反対の性を持つ・・・・
後ろめたさなんてないはずなのに・・・
不安が、やるせなさが、おれの心を支配してゆく。
片岡の動きが止まった。
「―――どうした・・・?」
おれの前髪を優しくかき上げ、瞳を覗きこみ発せられた言葉には、若干の驚きが混じっていた。
自分でもびっくりした。
頬を伝う冷たいものを感じて・・・
「なんでもない」
片岡の背中にまわしていた腕をほどき、ゴシゴシと涙を拭った。
見られたくないから、そのまま顔を隠すと、その手をベッドに押さえつけ、おれの顔を真上から真っ直ぐ見下ろしてくる。

その視線が恐くて、顔を横にそむけた。
何があっても、人前で泣いたことはなかった。
弱い部分を見せたくなかったから。

陸といざこざを起こした時でさえ、片岡にその部分を見られはしたが、泣くことはなかったのに。
こいつは、今、おれを好きだという。
その言葉にウソはないと思うし、愛されているという実感もある。

なのに、なぜ、過去にこだわってしまうのだろう。
このベッドの中で愛されることに抵抗を感じてしまうのだろう。
「―――なんでもないから・・・早く抱けよ」
腕を拘束していないほうの手が、おれの頬にふれ、上を向かされたけれど、おれの視線は泳いだままだった。
「なんでもないならどうして泣くんだよ・・・」
おれの心を必死で探る、その声に胸がきりりと痛む。
「いいから!おれに余計なことを考えさせないくらいあんたでいっぱいにしてくれよ!」
こいつの優しい動きが今日はイヤだった。
何も考えられなくなるくらい、この部屋であることを忘れるくらい、愛してほしかった。
おれのその言葉を、片岡はどう受け止めたのだろう。
「―――そのかわり、途中で止めないからな・・・」
少し狂喜を含んだその声と同時に片岡の重みを身体で感じ、おれはセックスという行為に没頭した。





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