ふたつのこころ


<4>



目が覚めると、隣りに片岡の姿がなかった。
いつの間にかシーツも取り替えられているらしく、肌ざわりもいいし身体のべとつきもない。
また、片岡に後始末させちまったのか・・・・・・
起き上がろうとしたが、身体が重くて動かせない。
もぞもぞしていると、ガチャリとドアが開き、片岡が戻ってきた。しかも素っ裸で。

おいおい、いくら自分ちだとはいえ、パンツくらい穿けよ・・・というおれも何も見につけていないんだけど。
「起きたか・・・のど渇いたろ?」
差し出された水滴のついたミネラルウォーターのペットボトルを受け取り、身体を起こそうとした時、下半身に激痛が走り、思わず声を上げてしまった。
すると、片岡は何も言わず、ベッドに戻り、おれの手からペットボトルを奪うと、ミネラルウォーターを口に含み、おれにくちびるを重ねた。
「―――ぬるい・・・」
そう言ったおれの声は、かなり掠れていて、激しかったセックスを物語っているようだった。
片岡は「おれのぬくもりつきだ」と微かに笑い、数回おれにミネラルウォーターを飲ませた。
おれも、甘やかされているのが心地よくて、何も言わず、それを受けとった。

ペットボトルをサイドボードに置くと、シーツの中に身体をすべりこませ、おれを腕の中に抱きしめる。
適度に冷房の効いたこの部屋で、人肌はとても気持ちがよく、それが片岡であるということだけで、心地よさが増す。
「―――ひどくして悪かったな・・・」
おれの髪をなでながら、至近距離にあるその薄いくちびるが謝罪の言葉を紡いだ。
「いいよ。おれがそうしてくれって言ったんだから」
この腕に抱かれている時、おれはいつもより素直になれる。ほんの少しだけれど・・・・・・
おれが求めたように、片岡はおれを攻めつづけた。
あの旅行での優しいセックスがウソかのように、おれがどんなに頼んでも止めなかった。
おれは、片岡に何度もイカされ、片岡はおれの中で何度もイッた。

「成瀬は何考えてた?」
「成瀬って呼ぶな。ここでは・・・」
「―――亮は・・・あの涙はなんなんだ?」
言うべきか、言わざるべきか・・・おれは悩んだ。
こんなこと聞かせたって片岡が困るだけだろうし・・・・・・

「―――おれと、こんな関係になったこと後悔してるのか?」
「それは―――」
あんたのほうじゃないのか?という言葉を飲み込んだ。
片岡はオトナだから、いつだっておれより先を行って、おれを楽にしてくれるけれど・・・・・・
そんな恋愛、こんな不毛な恋愛にいつ飽きたって仕方ない。
オンナを知ってる片岡なら・・・・・・

「―――あんた・・・ここでもオンナ抱いてたんだろ?おれを抱いたみたいにさ」
勇気を出して言ってみた。片岡の弱々しい口調がおれにそうさせた。
片岡の瞳が一瞬驚きで見開かれたが、すぐに笑みにかわった。
片岡のことだ。おれの一言で、おれが何を考えていたか解ったに違いない。
おれは、照れくさくなって、向かい合ってた片岡から顔をそむけ、枕に埋めた。

過去に嫉妬だなんて、みっともなくて恥ずかしいから。
「ここで、オンナなんて抱いたことねえよ」
意外な言葉に、顔を上げる。
「マジで?」
心をうかがうように瞳を覗くと、「マジで」と言いながら、おれの頭を肩口に引き寄せた。
「圭がしゃべったんだろ?おれの素行については。おまえにはウソつきたくないからさ、ほんとのこと言っとくけど・・・」
おれはごくりと息を飲んだ。
「ヤリまくってたのは事実。けど、本気になったことなんてないし、ここにオンナ連れ込んだことはない」
「けど、さっき料理―――」
「ああ・・・それでおまえあんなに気にしてたのか。勝手に押しかけてきたオンナもいるわけ。おれ、すっげーモテたからね」
それは、わかってた。二ノ宮に話を聞く前から。こんないいオトコをだれが放っておくものかって。
「けど、真剣になったのは、おまえだけ・・・亮だけだ・・・・・・」
片岡の口から何度も聞いたセリフ。
愛されていると確信はしているけど・・・

「おれ・・・不安なんだ。恋愛なんてはじめてて、全然余裕なんてなくって、まだコドモで、素直じゃなくて・・・いつか嫌われるかもっていつだって思ってる。あんたは経験豊富で、オンナも知ってて、いつかきっとオンナのところに戻ってくに違いないって・・・・・・」
家族以外の人を好きになるなんて初めてだから、どんどんハマっていく自分が怖い。
素直になれない、生意気な男子高校生を、いつまでこいつが好きでいられるのか、不安でいっぱいになる。

不安なくせにやっぱり全然素直になれなくて、憎まれ口ばっかりたたく自分がイヤで・・・・・
いつしか、おれは心にずっと溜めていた想いを全部片岡に吐き出していた。
ずっと抱えていた不安が、この部屋に来て、オンナの存在を意識して、溢れてしまった。
片岡は、何も言わず、ただおれの髪をずっと優しくなでていた。
おれの話が一段落着くと、今度は片岡が口を開いた。
「おれだって不安さ・・・」
「―――あんたも?あんたはいつだって余裕じゃんか」
そう、その余裕におれはなかなか素直になれないでいるんだ。
「おまえを好きになったのはおれ。おまえに告白したのもおれ。おまえを抱きたいと無理やり旅行に誘ったものおれ。おまえがおれを好きだって言う言葉を信じていないわけじゃないけれど、流されてるんじゃないかって不安になる」
「流されてる?」
「圭に聞いたところ、おまえは恋愛経験はなさそうだし、初めて告白されて優しくされて、セックスも覚えちまって、そういうのを好きと勘違いしてるんじゃないかって思うときがある」
おれを抱きしめる腕に力がこもった。
「だから、いつおまえがおれから離れていくのかと、いつだってびくびくしてるんだ。それに・・・もしそうなってもおれに引き止める権利はない。モテるおまえは、普通ならオンナの子と明るい恋愛をしているはずだ。家の中でしか会えない、不毛な恋愛なんて、おまえにいいはずがない。しかも相手はオトコで教師だし」
初めて聞いた片岡の弱い心の内。片岡がこんなこと考えていたなんて、気がつかなかった。いつだって余裕見せて・・・
おれは、片岡の頬を両手で包んだ。
「おれは、流されてなんかない。自分の意志で恋愛してる。あんたのこと、好きだと思ってる・・・・・・」
片岡もおれの身体から腕を解き、おれの頬を両手で包みこんだ。
「おれだって、心からおまえのこと好きだ。自分でもびっくりするくらい真剣だ・・・・・・」
「おれは、たぶんこれからも素直じゃねえし、生意気なままだぜ?」
「いいよ?」
「かわいくねえガキで、あんたより家族のほうが大事だとか言うかもしんないぜ?」
「そんなところも全部好きだ・・・それより、おれなんかじゃおちおちデートもできないぜ?」
「いいよ?そのかわり遠くへ連れてってくれよ」
「普通の高校生みたいに、手つないで外歩いたりできないぜ?」
「いいよ?ここでいちゃつけばいいじゃん・・・」
ぷっと片岡が吹き出したから、おれもつられて笑った。
恋愛って初めてでよくわかんないけど、こうやって悩みながらもふたりで解決して、次のステップへと上がってくもんなのだろう。
おれも、たまには素直になんなきゃいけないかな・・・?
おれは、片岡に軽くキスをした。
「なぁ、も一回やろうぜ?」
「けど・・・おまえ身体・・・・・・」
「今度は優しくしてくれよな・・・?」
もう一度くちづける。今度はさっきより少しだけ深く・・・・・・
「さっきのは、苦しかったから・・・身体はキモチよかったけど、心はキモチよくなかった・・・」
迷いがあったから。迷いを打ち消すだけのセックスだったから。
「そんなふうに誘われちゃ、断れないな。じゃあ、今度は愛し愛されるエッチにしよう」
片岡がおれに身体を重ねる。そして、おれは片岡に身体をゆだねる。
おれは、こいつとどこまで一緒に行けるだろうか?
先のことなんてわからないけれど・・・こいつについて行きたい。
いや、ついて行くんじゃなく、ともに歩いていきたい。
片岡のぬくもりと、においと、優しさにつつまれて、おれは心地よい陶酔感に満たされた。




                                                    おしまい


back next novels top top