愛するキモチ



<7>



のぼせそうになって、覚悟を決めて部屋に戻ると、布団二式、デーンと広い和室のど真ん中に敷かれていて、向こう側の布団に片岡が寝そべって煙草を吸っていた。
な、なんか、すげーエッチなシチュエーションじゃんか!おまけにすでに眼鏡も外してやがる!
おれが立ち尽くしていると、「こっちこいよ」と手招きする。
おれは、初夜を向かえる新妻のように、そろりそろりと布団の上に正座した。
「どした?緊張してんのか?」
「べっ、別にっ!」
こんな時まで強がりなおれ!心臓バクバク言ってるくせに!
「ほんとかよ〜」
片岡が肘の力だけで、おれに寄ってきて、耳をおれの胸にくっつけやがった。
「なっなに―――」
「別になんていいながら、心臓バクバク言ってんじゃん」
うろたえるおれを、下から意地悪そうに見上げる。
くっくっそ〜こいつのこの余裕、マジムカつくんだ!
けど、おれにはその言葉に気のきいた文句のひとつも返す余裕なんてなくて、黙り込んでしまった。
「すっげー成瀬、いいにおいする・・・」
くんくんと鼻をすりつけてきやがった。そりゃそうだろう。皮膚が擦りむけるくらいゴシゴシ洗ったんだからな。
「エロオヤジみないなこと言うなよ・・・」
「今からすること考えりゃ、エロオヤジで結構だ・・・」
片岡の体重が、どんどんおれにのしかかってきて、おれはついに押し倒されてしまった。
おれの両脇に手をついて、おれを見下ろす片岡の瞳は、今まででいちばん優しかった。
おれの身体はすでに片岡の両足の間にすっぽり挟まれていて、もう逃げられない。
まあ、もう逃げる気もないけれど。
目を閉じると、くちびるにふわっと柔らかい感触。でも、すぐにそれが逃げていく。

ゆっくり目を開くと、さっきと同じ位置に片岡はいた。
「教師が生徒にこんなことするなんて・・・最低だな・・・・・・」
自嘲気味に笑う片岡に、どうしてか涙が出そうになった。
もしかして、そんなこと気にしてたんだろうか?

「今さら何言ってんだよ。んなことおれにコクった時からわかりきってることだろ?」
おれは、少し身体を起こして、片岡にくちづけた。
自分でもびっくりするほど自然だった。
おれがそうしたかったから。

「今はそんなこと忘れようよ・・・愛し合うもの同士、当たり前のことだろ・・・?」
いつの間にか、好き同士から愛し合うもの同士に格上げされているけれど、あまりに片岡の笑いが悲しそうだったから、おれは逆に正直になれた。
その言葉に、片岡はふっと笑った。
それはさっきの自嘲の笑いではなく、こっちまで笑みを返してしまいそうな、優しい笑顔だった。

マジ、かっこいい・・・
見とれていると、再びくちびるが重ねられる。
徐々に深くなり、熱い舌が絡みついて、気が遠くなりそうになる。

キスに夢中になってしまっているおれの浴衣のヒモは器用にほどかれ、脇をすうっとなで上げられると、身体がぞくぞくした。
長く深いくちづけに、苦し紛れにのどの奥から声を漏らすと、くちびるが離れた。
うっすら目を開けると、おれの唾液で濡れて光ったくちびるが目に入る。

すっげ〜やらしい・・・・・・
おれのくちびるもあんななってるんだろうかと思うと、恥ずかしくなった。
おまけに、浴衣の前広げて、パンツいっちょうの姿って間抜けじゃないか・・・?しかも・・・おれだけ?
確かに、片岡は何の乱れもなかった。これは、ダメだ!
おれは、今日は突っ込まれてやるけど、本来はオンナじゃないから、ヤラれるだけってのはイヤなんだ!不公平は最大の敵だ!
「―――あんたも脱げよ・・・おればっか恥ずかしいじゃんよ・・・」
「じゃあ、おまえもパンツ脱げよ・・・」
な、なに〜?こいつは・・・・・・いや、でもこいつに脱がされるより自分で脱いだほうがいいかも・・・?
おれは、片岡の浴衣のヒモを解いた。
するとこいつはおれに布団を掛け、「恥ずかしいなら中で脱げ」なんて言いやがった。
バカにしてんのかと思ったけど、恥ずかしいのは当たっていたから素直にゴソゴソと布団の中で脱ぎ、外に放った。

片岡が電気を消して、そばにあったランプを灯すと、室内がオレンジに照らされて、ドキドキした。
全裸になった片岡が布団の中に入ってきて、さっきのようにおれの上に覆いかぶさった。
おれに体重をかけずに手をついておれを見下ろしている。

「おれ、おまえを抱けるなんて思わなかったよ」
「おれもあんたに抱かれるなんて思わなかったよ」
顔を見合わせてくすくす笑った。
「おれ、マジでおまえのこと好きだ・・・」
「わかったから・・・早くしろって・・・気ぃかわっちまうぞ・・・?」
おれって、だいた〜ん!
だけど、人肌が恋しくなったのは事実で・・・片岡の首に手をまわしてやった。
まるでキスをねだるかのように・・・
だって、マジこいつ、キスうまいんだ。キモチいいったらありゃしない。

今度は最初から舌を絡めるキスだった。
されるばっかりはイヤだから、あいつの中に舌を忍ばせると、軽く噛まれてビビッときた。
今までここまでしなかったろうってくらい、熱を絡めると、唾液が口端から溢れてきたけれど、そんなことも気にならない。

片岡はくちびるを離すと、その零れたモノを舐めとり、そのままおれの顔中にキスを落としていく。
吐息がかかるたびにぞくぞくした。
耳朶を噛まれた時には、ふわふわした変な気分になった。

「亮・・・」
耳元で囁かれ、頭ン中がさわさわした。
亮なんて呼ばれたの・・・久しぶりだ・・・・・・

友達はみんな成瀬って呼ぶし、家族だってみんな亮兄ちゃん。オフクロもお兄ちゃんとおれを呼んだ。
死んだオヤジだけだった。おれを、亮と呼んでくれたのは・・・・・・
「もっと呼んでくれよ・・・」
信じられないほど、甘ったれた声に、おれ自身もびっくりした。
クスっと笑いが聞こえたけれど、片岡は何度も呼んでくれた。
「亮」って・・・






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