愛するキモチ



<5>



足元をオレンジの照明が照らす中を、ゆっくりと片岡の後について歩く。
石の上を、なれない下駄なんか履いてるもんだから、気を抜くと離れてしまう。
ほらっと優しく差し出された手も、素直にとることが出来ないおれに腹を立てることもなく、ゆっくりゆっくりと庭園を奥へと進んでいく片岡の背中にふれたくてたまらなくなる。
しばらく行くと、大きな岩があり、そこに片岡は腰かけた。
「成瀬、ここすわれ」
隣りをパンパン叩かれ、そこに腰を下ろす。
「足、大丈夫か?」
おれの足にふれようと前かがみになった片岡に、「大丈夫だっつうの!さわるなって!」ときつく言ってしまう。
「ならいい」
姿勢を戻した片岡は、そのまま黙り込んでしまった。
怒らしちまった・・・か?
そりゃ怒るのも無理ないだろう。親切心でしたことを全部拒否されりゃたまらないだろう。
「―――怒った・・・?」
「―――なぜそう思う?」
逆に聞き返された。
「だって、おれさ・・・」
「怒ってないって。おれ、これでも成瀬の性格、わかってるつもりだし。全部かわいいっつってんだろ?」
そう言って、おれの手に手を重ねた。
「おまえ、もちっと小さくならねえかなぁ。したらこうぎゅっと抱き寄せたりできんのにさ。ちとでかいわ」
「んなもん、仕方ねえじゃんよ。おれはオンナじゃなくオトコなんだから。しかもかわいくねえ身体してるし。悪うございましたっ!」
何をいまさら、そんなこと言うんだ!今まで散々抱きしめたりしてるくせにさ!
「怒んなよ。おれが悪かったから。なっ?」
顔を覗きこまれたが、ぷいっとそっぽを向いてやった。
沈黙が流れ、握られた手に神経が集中する。汗かいてやがる、とか思われてないかと心配になる。
「やっぱ、こうやって、好きなヤツとまったり過ごすのっていいよなぁ」
片岡が口を開いた。
「んなこと言って・・・経験豊富なくせにさ」
こいつ、オンナ切らしたことないって二ノ宮が言ってたもんな。
「まあセックスの数は自慢できるかもしれないが、本気になったことはないな」
「セ、セックスって・・・」
「あ、もちろんオンナ相手な」
んなこと聞いてないっつうの!えっ、じゃあ・・・
「本気になったことないって・・・」
「そう、マジになったのはおまえだけ。だからどうしていいかわかんなくて二年も無駄に過ごしちまった」
「おれ・・・?」
「ちょうどよかったかも。おれ、二年も三年もバレずに学校にいれそうにないし、来年卒業でよかったよ」
「―――しつこいようだけど、なんでおれなわけ・・・?」
ほんと、これだけはわからない。わざわざオトコのおれにホレることないのに・・・
「強いて言えば、一生懸命生きてる姿にホレた・・・かな?」
「一生懸命生きてる?」
「ああ。親のため弟たちのため、まだまだ甘えたい歳なのに、地に足踏ん張って生きてる。家族のためなら自分なんて厭わないってのが表れてた。すげー大きいもの背負って生きてるおまえは、たくさんの金持ちボンボン生徒たちの中で光ってたよ」
おれはびっくりした。片岡がそんな風におれを見てたなんて思ってなかったから。
「同時にすげー苦しくなった。同情とかそういうんじゃなく、おまえ見てるとたまらなくなった。人間なんてしょせん弱い生き物なんだ。知恵があるだけに傷つくことだってある。だれかに寄りかかりたくなることだってある。そんな時、成瀬はだれを頼りにするんだろうて思った。そして、そんな安心できる場所におれはなりたいと思ったんだ」
その話に、胸がキュンとした。なのにおれの口からでた言葉は・・・
「おれはそんなに弱くないぜ」
もうおれは自分が嫌になる。なんで素直になれない?
「わかってるって。だけど、そういう場所があったって邪魔にはならないだろう?おまえがいらないと思えば、使わなければいいだけだし。それとも・・・・・・」
そう言って、片岡は黙り込んだ。
「何だよ、途中で止めるなよ」
おれが握られた手で、片岡の腿を叩くと、片岡は大きく息を吐いた。
「おまえ、おれが迷惑か?ここへ来たことも後悔してたりするか?」
たまに片岡の口から漏れる弱々しい言葉。学校なんかでは絶対見せないこいつの弱音。
そしてそれはいつもおれが原因だ。
「さっきまでの強気な態度はどうしたんだよ!あんただろうが!おれがあんたのことを好きだっつったのは!」
だから、おれは素直に抱かれる、そう言ったじゃねえかよ!
「ああでも思わないと、やり切れねえだろ?ここまできて拒否されちゃあ、さすがのおれだって傷つくんだ!」
なんでおれたち、こんなところで言い合ってる?わけわかんね!
「覚悟もなしに、弟たちにウソついてまで、わざわざ来るかっつうの!それくらいわかれ!あんた、おれの気持ち、理解してるっつただろう?」
「じゃあ、今夜は素直におれに抱かれるんだな!」
「もちろんだ!受けてたってやるよ!でも、痛いのはヤだかんな!キモチよくないとヤだかんな!」
あわわわ!また言っちゃったよ!し、しかも痛いのはイヤだなんて、おれが受身だって言ってるも一緒じゃんか!
また片岡に乗せられて、おれって学習能力ゼロじゃん・・・でもこれが全部本音なんだよな・・・・・・
してやったりの顔してるんじゃないかと思って片岡を見ると、すごく真面目な表情だった。
「・・・おい?」
「―――本当にいいんだな?」
おれ、こいつのこの瞳にすげー弱い。なんでも正直に言ってしまいそうになる。
もうっ、確認すんなっての・・・
「―――いいよ」
言ったそばから照れくさくって、目線を泳がせた。
片岡の手がおれから離れ、後頭部にふれたかと思うと、肩口に引き寄せられた。
「おれ・・・ほんとマジだから・・・自分でもびっくりするくらい、好きだから・・・」
その甘い声がぞわぞわと身体に響く。
「おれも・・・」
続きの好きだからと言う言葉は、さすがに言えなかった。やっぱ素直じゃねえな、おれって。





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