愛するキモチ



<3>



がたっと物音がして目が覚め、がばっと起き上がった。
板の間に寝転んでいたためか、身体が痛い。
「悪ぃ。起こしちまったな」
片岡が寄ってきた。
「すげー気持ちよさそうに寝てるから起こしたくなかったけど、夕方になると風が冷たくなるからな。何か掛けるものないかと思ったんだけど・・・起きちまったものは仕方ないな」
腕時計を見ると、もう5時だった。真っ青だった空も、少し白んでいる。
「いつから起きてた?ひとりで退屈だったんじゃ―――」
「んなこたないぞ?成瀬の寝顔見てたから。初めて見たけど、やっぱカワイイな、おまえ」
「かっ、かわいい〜?」
「おお、いい夢でも見てたのか?無邪気でかわいかったぞ?襲いたいのをガマンするのが大変だった」
「かわいい言うな!オトコがかわいいって言われたってうれしくないっつうの!」
「けど、かわいいものはかわいい」
そう言って、広縁にすわりこんだままのおれをぎゅっと抱きしめる。
「離せよっ!」
「うん、成瀬はかわいい。おれだけにしか、見せんなよ。あんな寝顔」
おれの言葉、聞いてないのか?自分の世界に突入か?
でも、おれの身体が冷えていたのか、片岡の身体があったかくて・・・
ちょっと気持ちよかった。

片岡は、夕飯までに露天風呂に行こうと、さっさと準備を始めた。
ふとテーブルの上の灰皿を見ると、かなりの吸殻がたまっていた。
やっぱり、おれ寝ちまったから・・・せっかく連れてきてもらって悪いことしたな・・・・・・
罪悪感に少し胸が痛かった。





露天風呂には、数人の客がいた。みな夕飯前にひとっ風呂浴びようってとこだろう。

すでにオレンジの照明で脱衣場と洗い場が照らされ、柔らかな雰囲気だった。
あくまで上品で、おれが知ってる温泉のように、でかい体重計や古臭い扇風機、ましてやブリックパックの自販なんてありゃしない。

おれの隣りで、どんどん脱衣籠に着衣を落としてく片岡とは反対に、おれは恥ずかしくて脱げずにいた。
すげーいいカラダじゃん・・・・・・
服着てる時はそんなに感じないけれど、脱ぐとスゴイタイプか?
繊細な顔立ちに少し不釣合いだった。どう見たって、普段はさほど健康そうに見えない。

おれって、このカラダに何回も抱きしめられて・・・んでもって今日は・・・・・・
「成瀬、何やってんだ?早く来いよ」
すたすたと外に出て行ってしまった。
おれも覚悟を決めて、ばばっと服を脱ぎ捨てる。
そう、意識するからいけないんだ。オトコオトコっ!
一応前だけ隠して浴場へと足を踏み入れた。
シャワーを使っている片岡からひとつカランを開けて、汗を流す。

横目でちろっと見た背中。
おれは、こいつの背中が好きだ。授業中にいちばんよく見る場所。
肩甲骨のラインが何だかきれいで、羽でも生えてそうだった。

湯船につかり、天を仰ぐが、まだ明るいため星も見えやしない。
それでも、熱すぎないお湯は気持ちよくて、何で真夏に温泉で熱いお湯につかって気持ちいいのだろうと思ってたけど、理屈ぬきでほっとできた。

「何でそんな離れたとこにいるんだ?こっちへこいよ」
おれは、片岡からいちばん離れた場所に腰を下ろしていた。
「何言ってんだよっ、人が―――」
いつの間にか誰もいなかった。
「誰もいねえだろ?こっちへこいって!」
「やだね。こんな広い風呂で何でくっつかなきゃいけねえんだよ!」
「好きなやつとはいつだってくっついていたいだろ?」
ああもう、こいつはそういうことをしれっと言いやがる。恥ずかしくないのか?
「やだって。くっつきたかったらおまえが―――」
やべ、おれまたあいつに乗せられてないか・・・?
「ならおれが行ってやるよ。逃げんなよ!」
ぱしゃぱしゃとお湯が波打って、片岡が近づいてくる。
おいっ!前ぐらい隠せってんだ!
おれは、かなりビビッた。こいつの・・・おれに入るの・・・か?挿れるときはさらにデカくなるんだぞ?
何だかケツの穴がムズムズした。
おれが、バカなことを考え巡らせているうちに、片岡がおれを捕らえた。
「つっかまえたっ!」
鬼ごっこじゃねえっつうの!
おれの横に並んですわり、両手を目一杯左右に伸ばして後ろの岩にもたれかかった。
「やっぱ温泉はいいな」
ふうっと気持ちよさそうに大きく息を吐き、天を仰いだ。
「じじくせえ〜」
いつもお洒落でスタイリッシュな片岡とのギャップがおかしくて笑った。
「どうせおれは25のじじいだよ!おまえからしたらな!」
空を見上げたままで目を閉じてしまった。
おれも同じように天を仰ぐ。うっすらと赤く染まった空に見とれてしまった。
ここんところ、空なんて見上げたことなかったよな・・・・・・
忙しさにまかせて、ただ前だけを見て、ひたすら歩いてた。
「たまには、ゆっくり立ち止まってみるのもいいかもしんないぞ?」
片岡に目をやると、まだ目を閉じたままで頭を後ろにもたせかけていた。
おれの視線を感じたのか、ゆっくり目を開けてこっちを見た。
大きな手が近づいてきて、指先がおれの前髪を揺らす。
「おまえはさ、一生懸命頑張りすぎなんだ。たまには気を抜くことも必要だ」
おれは、片岡と付き合うようになって、こういう甘い言葉に弱くなった。いつもはおれをからかってばかりのくせに、こういうときは、すごく澄んだ真剣な眼差しでおれを見るんだ。
そして、おれはこいつのぬくもりにすっぽり包まれたくなる。
おれの前髪を弄んでいた指が、頬を伝い、くちびるをなぞると、片岡とばっちり目が合った。
どちらからともなく近づくくちびる・・・・・・

「うっわ〜すごい感じいいですよ、おとうさん!」
くっそ〜いい雰囲気だったのに、何なんだ!
おれたちは、何もなかったように身体を離した。
ガヤガヤと数人が入ってきた。
「成瀬、そろそろ食事だ。あがろう。また入りにくればいいから」
「だな。今度は星が見える時間がいいな」
おれが、珍しく素直に答えると、「まあ、おまえの足腰がきけばなっ」と意地悪く言い放ち、脱衣場に向かった。
そうだ!メシ食ったら・・・とうとういたしてしまうんだ・・・・・・






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