Blue Morning
前編
布団の中からもぞもぞと顔を出し、手を伸ばして近くに置いていた目覚まし時計を目に映るところまで持っていく。それから寝惚け眼をこすり時計を見詰めた。ぼやけた視界は次第に時計に焦点をあわしていき、目に入ってきたのは長針が12を、短針が9をさして9時だと知らせてくれている時計で、しばらく茫然と見詰めていた青年は思わず我が目を疑った。もしかしたら秒針と見間違えたんじゃないかともうしばらく時計を見詰めるが、長針はそんな青年をからかうかの様に一分だけカチリと動き、そのまま止まってしまい本当の秒針が長針を追い抜かしてカチカチと時を刻んでいた。
青年が目覚まし時計にセットしていた起床時刻は4時。しかしそれは余裕を持ってであって最低でも6時半には起きようと確か携帯にも設定していたはずだ。目覚まし時計を持っていない手で携帯を探し、同じ様に目に映る所まで持って来てボタンを押すが、眩しい光と共に目に入ってきたのは元から設定してあったいつものシンプルな壁紙だけ。どうやら無意識のうちに止めていたらしい――いや、止めた事はぼんやりとしていた頭がそれでも記憶している。眠気の方が勝ってしまい止めてまた眠ってしまったようだ。こんな事になるんだったら目覚まし時計の方を6時半に設定しておけば良かったと思うが、すぐに目覚まし時計を止めた方が記憶にないと思い出す。
眠い。いつもだったら目覚ましが鳴る前に起きているのだが、そういえば昨日は仕事が残っていて確か1時ぐらいに寝たような記憶がある。眠い。起きなければという気持ちよりやはり眠気の方が勝ってしまい目覚まし時計と携帯を横に置いて目を閉じ、再び眠りにつこうとした時であった。違う思考が青年を叩き起こした。
起こさないと殴られるぞ。
勢い良く上半身を起こしたせいでめまいが襲ってきたがそれにかまっている暇はない。無言のまま布団を蹴り飛ばし地面に足をつけ、寝起きで思うように動かない足を一生懸命動かして絡まりながらも洗面台へと向かう。
「……こういう時に限ってひどいんだよな――って、そんな事気にしている場合じゃなくって!」
鏡に映ったあちこちに好き放題跳ねている短いオレンジの髪を見て嘆息を漏らすが、すぐに自分にそう言い聞かせ取り敢えず眠気覚ましに蛇口をひねり、顔を洗う。3度水を顔に擦りつける様に洗い顔を上げ、ふと再び変わらず跳ね回っている髪が視界に入り早く伸びないかなぁと溜息をもらいしてタオルで顔を拭き、近くにある服を適当に選んで着替え始めた。本当は着替える暇も惜しいのだが、さすがに寝間着のまま彼の前に姿を現せばご丁寧に力を込めた握り拳が頬に直撃しそうで逆に嫌だ。
着替えも終わった青年は朝食も取らず部屋を飛び出し、それでもちゃんと扉に鍵をかけて隣の部屋の前に行き、もらった鍵で中に入る。部屋に入ると薄暗い闇が部屋全体を包んでいたが慣れた足取りで奥へ進んできっちりとしまっている雨戸を開けていく。雨戸の隙間から今か今かと待ちきれず入ってきていた光は雨戸を開けてもらった事により勢い良く中に入り込んできて、今まで部屋を支配していた闇を追い払っていく。
ごそっと布と布がこすれ合う音が聞こえてきて雨戸を開けていた手を止め音のした方を肩越しに振り返ると、そこには布団から手を出し見事顔に直撃してきた光から逃れる様に布団の中に顔を埋めた彼が眠っていた。意識があってやったのか無意識のうちにやったのか、それでも不機嫌そうに唸る声が小さく聞こえてくる。彼が見ていない事を良い事に青年は小さく溜息をつくとその溜息を掻き消す様に勢い良く雨戸を開け、しかしゆっくりと彼が眠っているベッドに近付いた。固唾を呑み小さく、けれどはっきりとした声で呼ぶ。
「先生……」
当たり前だが返事はないしピクリとも動かない。第一これくらいで起きてくれれば苦労はしないし、そもそも自分なんて必要ないじゃないか。覚悟を決め布団の上に両手を置き、激しく揺する。
「先生、起きて下さいよ……朝ですよ。先生、もう9時ですから起きて下さいよぉ……。せんせぇ……」
最後の方はもう懇願になってしまっている。しかし青年がどんなに激しく揺すっても彼は先程よりも不機嫌そうな声で唸るだけ。これ以上不機嫌になって欲しくはないが仕方ない、青年は決意すると布団をめくり、眩しくて目を隠した彼の腕を持ち思いっ切り引っ張る。「せーんーせぇー、いい加減起きて下さいってばぁ……!」力強く引っ張っていると最初は全然起きる気もなく腕に力の入っていない彼だったが、しぶしぶ青年の手を使い起き上がり、しかしまだ眠そうに寝惚け眼をこすった。そして力尽きたかの様にそのまま後ろに倒れて寝ようとするので急いで彼の背中とベッドの間に体を入れ、支えになる。しかしそれでも彼は器用に青年に体を預けたまま寝ている。
「……昴先生! もう寝ないで下さいよぉー!」
そう、青年が何故早く起きなければいけないのか、それは彼――昴がなかなか起きないせいであった。起こしたとしても着替えるのに一つ着たら呆然とし、やっと一つ着たらまた呆然とするという行為を繰り返すので30分はかかり、更に食事まで半分寝ながら食べているので時間がかかり早く起こさないといけないのである。しかし早く起こせば起こすほど昴はなかなか起きてくれず、結局いつもの時間になってしまうのであった。
昴が倒れないよう支えになったまま手を伸ばし、それでも後数センチ届かない位置に置いてある昴の服を取ろうと指先を動かす。しかし空をつかむばかりで無駄に唸っていたら耳元でうるさかったのか昴も少し唸ると青年から背中を離し、大きくあくびを一つ漏らして背伸びをした。支えの必要がなくなった青年は腰を浮かせて服をつかみ、ちらっと横目で昴の表情を窺うがやはりその表情はまだ眠たそうで、しかし心なしかいつもよりはすっきりとした表情を浮かべている。起こす時間が遅かったからだろう。
「先生すみません、起こす時間が遅くなりました。すぐにコーヒーを用意しますので着替えて」
「予定」
ぼんやりとしている昴の前に着替えを置き今日一日の行動を頭の中で考えながらそう言っている途中、昴の呟いたたったそれだけの言葉によって台詞も思考も遮られた。昴の方を向くと、頭をかきながら眠くて仕方がないと訴えている瞳とぶつかる。「……予定」それ以上言う気力もないのか同じ言葉を呟くだけで、多分今日の予定は何だと聞きたいのだろうと勝手に解釈する。
「あぁ……いえ、今日は」
一瞬、目の前で電気が走り真っ白になった。気が付けば自分は違う方向を向いており、まるでしびれた様に左頬が痛い。舌も少し噛んでしまった様で涙が出そうなほど痛むが、それでも青年は頬を手で覆わず涙も流さず再び昴を見る。彼の先程の眠そうな目付きとは違い睨み付ける鋭い目付きを見て、そこで初めて自分は昴に叩かれたのだと理解した。どうやら今日はものすごく寝起きが良いらしい。最初の予想通り、平手打ちであったがご丁寧に力を込めて叩かれた。
「予定がないなら起こすな」
口調が悪い、どうやら本気で怒っている様である。朝に弱い人が何も予定がないのに無理矢理起こされて、しかも彼の場合手帳には溢れんばかりの予定が書いてあり自分の時間なんてほとんどない。そんな状況に置かれたなら彼じゃなくても苛立つであろう。
「すみません」
自分のした事がどれ程ひどい事かをたった今知り、そんな自分が情けなくて昴と目を合わしている事ができず視線を落とす。昴に叩かれた頬よりも噛んでしまった舌の痛みよりも、自分のしてしまった事に対しての罪悪感の方が重くキリキリと痛んだ。
このまま沈黙が続くかと思ったが、
「――いえ、アナタが謝る事ではありません。私の説明不足のせいです。まさか全く予定のない日が出てくるなんて思いもしなかったので……これはただの言い訳ですね。すみません」
意外にも沈黙を破ったのは昴の謝罪の言葉であった。驚きのあまり思わず失礼なほどまじまじと昴の顔を見詰めてしまう。何故昴が謝らないといけないのだろうか。予定がないのならそのまま寝かしておいてあげる、それが普通だ。例え言われていなくても、考えれば分かるはずである。そう、全て自分が悪い。だから昴が謝る必要などない。何故なら自分が悪いんだから。
「しかし……別に疑う訳ではないのですが、本当に今日は何もないんですか?」
そんな事ありません、そう言おうと口を開くが昴の方が一拍早くそんな質問をしてきた。いきなり話を変えられて、しかもそれは自分に向けられた質問だとすぐに理解したつもりだが開いたままの口は反応が遅く、何も発せられなかった口はそれでも自身を強調するかの様にしばらくの間開きっぱなしになってしまった。やっと口を閉じられたのは、着替えを一つ摘みながら質問したのだが返事が返ってこなく不思議に思い青年を見ると間抜け面が目に映り、思わず口元を押さえ失笑してしまった昴の反応の後で、恥ずかしくて思わず俯く。頬が熱く赤面していると分かると更に恥ずかしくなってきた。
「はい、今日だけ何の予定も入っていませんでした。何度も見直したので間違いないです」
せめて声だけでもと冷静に答えようとしたが、恥ずかしさが頭の中で回って自分の声を聞いただけで頬が更に熱くなる。しかしそんな熱さも「だけ、ですか……」昴の呟きで全て冷めていった。顔を上げると昴の整った顔が目に映る。また無神経な事を言ってしまった。彼だって人間なのだから休息は必要なのに。
「……何そんな表情を浮かべているのです? そんな表情をつくっている暇があるなら次の仕事でもしたらどうですか」
再び沈みかけていた青年を引っ張ってくれたのはやはり昴の言葉。「それに、さっさと出て行ってくれませんと着替えができなくて困るんですが」綺麗にたたんで置いてあった着替えの上に手を乗せ軽く叩きながら溜息をつく姿が見え慌てて謝り、飛び出すように部屋を出て勢い良く扉を閉める。バタンと一度大きく響きわたり静寂が戻ってきた中、かすかだが部屋の中からくすくすと抑えた笑い声が耳に入ってきた。今日はどうも調子が変だ。扉にもたれかかり天井を見上げ、ふと視界に入ってきた相変わらず跳ね回っている髪の中で一番ひどい跳ね方をしているオレンジの毛を持ち、小さく溜息をついた。
少し歩いて右側にある扉を開ければダイニングがあり、こちらはカーテンを閉めているだけで部屋は明るい。カーテンを開けてからキッチンに行き、ヤカンに水を入れて火をかけてから棚の中にしまってあるインスタントコーヒーを取り出しマグカップに入れる。沸くまでの間じっとヤカンを見詰めて、煙が出てきたらすぐに火を消しマグカップになみなみと注ぎ、スプーンでゆっくりとかき混ぜる。だんだん茶色くなっていく液体を見詰めながら、先程の昴とのやり取りを思い出した。昴は自分が落ち込んだ時、すぐに話を変えた。これは今日だけではなく、いつもの事である。自分は何かあると自分の事でも他人の事でもすぐ落ち込み、いつも周りの人たちに迷惑をかけていた。迷惑をかけたくなくてそれでもやってしまった事に落ち込み、更に迷惑をかける。周りの目はいつも冷たかった。また始まったと溜息をつかれた。
だが、昴は違う。話を変えたり時には無言で頭に手を乗せそっと撫でてくれたり、昴の目はいつも優しかった。よく周りの人は昴の事を良く分からない、からかって困らせる、冷たいなどと言うが、それは間違っていると思う。いや、間違っている。彼はただ不器用なだけで、人と接するのが苦手なだけなんだ。そんな事昴に言ったら分かりきった事を言うなって怒られそうだが、だってそうではないか。本当に周りの人が言うような人であれば、自分を隣に置いていてくれるはずがない。
時々お前はよく昴の隣にいられるなと言われる時がある。その時自分はいつもこう言った。
「違うよ、先生が隣にいさせてくれるんだよ」
大抵変な奴と言われて終わってしまう。お前大丈夫かよなんて言われた時もあった。この時ほど言葉をもっと知っていたらと悔しい思いをした事はない。何故皆分かってくれないのだろう。そりゃ自分も第一印象は怖そうな人であった。だけど全然違う、こんなにも優しくて温かい。皆に勘違いされて嫌われるのは嫌だった。特に自分が好きな人には。
その事を昴に言ったら彼は顔をしかめ、「アナタが心配する事ではないでしょう」仰々しく溜息をついた。人に好かれるなんて考えただけでも寒気がします、と。だけどやっぱり――。
「かき混ぜながら喜んだり落ち込んだりと、随分忙しそうですね」
そんな呆れ声が耳に入ってきて、はっと我に返り一番初めに目に入ってきたのはすっかり溶けきっているのに未だにかき混ぜている自分の手。顔を上げると扉にもたれかかり腕を組んで呆れた表情を浮かべている昴と目が合い、慌ててマグカップをテーブルに運ぶ。椅子に腰掛けた昴の前にこぼれない様そっと置き、椅子をひいて自分も昴の向かいに座った。もちろん自分の分なんて持って来ていないし勝手に食べ物をもらう訳にもいかないので何もする事がなく、ただ呆然と昴がコーヒーを飲み終わるのを待つ。
昴はいつも朝はコーヒーしか飲まない、というよりも、よく考えてみれば昴がまともに――まともになんて言葉を使ったら失礼だが――食事を取っているところを見た事がない。自分と一緒にいる時に食べるのはサンドイッチぐらいで、後は全てコーヒーだ。コーヒーだけでよくもつものだと、毎度ながら感心する。
そういえば急いできたから朝ご飯食べていないなと考え始めたらお腹の方も今気がついたかの様に小さく訴え始め、しかし今は何も持っていないので空腹を満たす方法がなく小さく溜息をついた。さすがにいったん自分の部屋に戻るなどそんな失礼な事はできない。
「先程起きたばかりなのによく食べる気になりますね」
誰も何も喋らずただ何かがこすれ合う音しか響かない部屋の中では小さな音でもよく鳴り響く。呆然としていたおかげで恥ずかしいという感情が顔に表れなかったが、何と答えればいいかわからず「え、あ、それは……」自分でも何が言いたいのか分からない言葉しか口にできなかった。何を言い訳しようとしているのだろうか。こんな事すら答えられない自分が情けなく感じる。
そんな困った様子を見て昴は小さく笑みをもらすと、マグカップに口をつけながら指を差す。指先を辿りながら振り向くと指が示していた物は冷蔵庫であり、「夜食にしようとサンドイッチを買ったのですが、結局食べなかったんですよ」
「え、頂いても良いんですか!?」
反射的に思わず身を乗り出す勢いでそう尋ねてしまい、一瞬の間の後再び失笑されてしまった。「食べてくれた方がありがたいですね」その後も口元に手をやり納まらない笑いを抑え様としているが、それでも小さく笑われる。
さすがに何度も失態を見られると恥ずかしい感情が込み上がってくる。それを抑えながら冷蔵庫を開けると、無駄に広く感じるひんやりとした所にやけに目立って見えるサンドイッチが入ったパッケージがすぐに目に入ってきた。それを何故か両手で丁寧に持ち静かに冷蔵庫を閉め、マグカップを持ちながらじっと自分を見詰めている昴の前に再び座る。
音を立ててはいけないという気持ちが出てくるのは、昴が目の前で見詰めているせいだろうか。ゆっくりとパッケージを机の上に置き、それから少しだけ顔を上げると昴の碧眼と視線がぶつかる。
「それじゃあ……いただきます」
「はい、どーぞ」
にっこりと満面の笑みを浮かべられた。こんな笑みをいつも浮かべていたら皆に好かれるのに……。そう思いながらパッケージを開け中からツナが入ったサンドイッチを取り、一口食べる。普段考えを隠した笑みではなく、自然に浮かべた笑みを……って、自分が言える台詞じゃないか。自分の考えに呆れを感じ心の中で溜息をついた。現にこの笑顔を見せてくれる、普段見せない姿を自分には見せてくれて喜びを感じている自分がいるのだから。
しばらく無言のまま口にツナサンドを運んでいっていたが、昴の視線を嫌というほど感じてしまい何だかとても落ち着けないので口の中にある物をごくっと音を立てて飲み込み、恐る恐る口を開く。
「…………あの、どうかしましたか?」
しかし昴は笑みを浮かべたまま見詰めるばかり。その笑みは先程の満面の笑みとは違い、何かを企んでそれにひっかからないか楽しみにしている笑みに見えるのは気のせいだと信じたい。
とても昴を見詰め続ける事ができず視線を逸らすが、逸らした先の事を考えていなかったので瞳は困ったようにあちこちを探し、ふと視界の隅に映ったパッケージにすがる様に動きを止める。それからなるべく視線を意識しない様に小さくなったツナサンドを一口で食べた。
「美味しいですか?」
いつもは聞かない言葉に思わず勢い良く顔を上げてしまい、少しの間まだ笑みを浮かべている昴の顔を見詰めてから、「あ、はい」いつもとは態度が違う昴に戸惑いつつも頷きながら答える。こんな調子だとまた笑われてしまう、そんな思考が浮かび上がり次に何がきても大丈夫な様に自分なりに構えてじっと昴を見詰めてみたが、昴はそれで話が終わったのか青年から目を逸らし少し冷めてしまっただろうマグカップに入ったコーヒーを一口飲み込んだ。そういえば……、ふと思い出す。そういえば先生は猫舌だったっけ。いつもは着替えるのに時間がかかるのでコーヒーは自然に熱さを失うが、今日は入れてすぐ来たはず――かき混ぜながら考え事に没頭してしまったので正確な時間は分からないが――。なら今まで自分を見詰めていたのは、単に冷めるまで待っていただけであって特に意味はないのだろうか。
次は卵とレタスが挟まったサンドイッチを取り出し、口にくわえる。ちらっと瞳だけを動かし昴を見てみるが、いつもの無表情を浮かべてコーヒーを飲んでいる昴が目に映るだけ。当たり前だ、コーヒーを飲みながら一人で笑っているところなんて他の人でも考えられない。
「……ところで隆」
考えながら食べていたせいかあっという間に卵サンドを食べ終わってしまったので残りのハムサンドを口にくわえていた時、今日初めて名前を呼ばれた。口の中に残っているハムサンドを一生懸命噛み砕き飲み込んでから「あ、はい」慌てて返事を返す。
「今日は何もないのである人の診察に行こうと思っているのですが……一緒に来ます?」
昴を朝起こしには行っているがそれだけで、その後は別行動であった。ただ朝に弱いだけで他は何でも一人でこなしている。なので一緒に来るかと尋ねられ驚きを隠せなかった。もちろん昴が自分を頼りにして尋ねた訳ではない事も、昴がどんな診察をするのか見られない事も分かっている――当たり前だけど――。それでもどんな人が昴を頼りにしているのか知りたかったし、何より休みの日にわざわざ行くほど昴が気にかけている人がどんな人なのか興味深かった。もちろん興味だけで行ってみたいと思った訳ではない。
こうやって一緒に行くかと尋ねてくれただけで少なくとも自分を信頼してくださっているという事を実感できて、それが一番嬉しかった。
「もちろん一緒に診察なんてできないので顔をあわせるぐらいですが……」
「構いません。一緒に行かせてください!」
パッケージに食べかけのハムサンドを置いて椅子が倒れる勢いで立ち上がり、深々とお辞儀をする。「そんな大袈裟にしなくても」そんな困った様な声が耳に入ってきたので上半身を起こすと、しかし困った素振りを見せず先程と同じ様な笑みを浮かべた昴と目が合う。
「そうと決まればさっさと出かける準備をして下さい」マグカップに残っていたコーヒーを勢い良く飲み込み、軽く水洗いをしただけで流し台に置いてそのままダイニングを去ろうとした昴は、ふと何かを思い出したかの様にドアノブを握ったまま振り返り、「そんなに気になるんなら、どうぞ洗面台を使って下さい」口元に手を当て楽しそうに去っていった。
しばらくの間昴の言った意味が分からなく立ったままぽかんと静かに閉じられた扉を見詰めていたが、ふと自分の指が一番ひどい跳ね方をしているオレンジの毛を一生懸命真っ直ぐ伸ばしている事に気付き、それで先程まで何故昴があんなに面白そうに見ていたのかはっきりと分かった。思わず仰々しい溜息をつき、取り敢えず食事を終わらせてマグカップを洗ってから洗面台を借りようとハムサンドを一口食べる。
わ、私も携帯に設定しても眠気の方が勝って止めたら寝てしまい、目覚まし時計なんか止めた事すら記憶に残ってません…;
平日なんていつもこんな感じです;(苦笑)腕を引っ張ってもらうのが私の中で一番起きれるんです。いや本当に。腕引っ張られると痛いじゃないですか。で、寝起きじゃ何も喋る気にならずしぶしぶ起き上がると…。まぁまた倒れて寝ますがね(おい)。
隆は自分を殺して相手に合わせる付き合い方しか知らないので、無意識のうちに自分が悪いと思い込みます。
昴は自分がどれだけ無力な人間か分かっているので自分を守る為にどうしても他人に冷たくなってしまいます。そんな昴は隆の相手を気にするばかりに自分を殺してしまう生き方に呆れを感じつつも、自分にはない事をできる彼をどこか尊敬していて、無意識のうちに彼の前では表情が和らぐ……という設定になりました(え)。じゃないと『病気』の時の彼と全く違う人になってしまうので…;
昴の「それに、さっさと出て行ってくれませんと着替えができなくて困るんですが」という台詞があるのですが、最初、
「さ、早く出て行って下さい。それとも、そんなに私の着替えている所を見たいのですか?」
どこかからかいが含まれた口調でそう言われ、慌てて部屋を飛び出した――みたいな感じにしようかと思っていたのですが…止めました(笑)。
本当影響されやすいですからね…思いついたまま打ってるので、その前にたまたま読んでいたのがギャグ系だったらギャグ話になり、暗い系だったら無駄に暗くなり…ふっ(鼻笑い/え)。
随分時間をかけて作りましたが、絶対最後に髪の毛の事を書くぞと決めていました(笑)。
…どうでもいいんですが、自分でつくったくせに“リュウ”を“リョウ”と打ってしまう;
予定よりも遥かに長くなったので後編へ続きます…;さすがに二つくっつけると長くなりすぎそうなので…。
05年3月29日