木彫像のお話(一木造)

 
仏像の歴史の幕開けは「木彫像」であるとも言われております。今回は「一木造(い
ちぼくづくり)」について、次回は「寄木造(よせぎづくり)」について掲載します。
 「一木造」とは頭部、胴部のみが「一木」であれば腕、脚などは「別材」で継ぎのも
良いことになっております。

 「木彫像」の素材は、飛鳥時代は「樟(くすのき・くす)」ですが「建物」は「桧」
で造営されておりました。
 中国、韓国では「木彫像」は希少ですが、わが国ではの文化財の約9割にも及びます。それは国土の7割が豊かな自然に抱かれた山岳と四季がはっきりした風土のお陰で、良
質の木材が豊富に恵まれた国だからです。
 
 インドの経典には「木彫像」は木目が美しく香りのある「檀木(白檀(びゃくだん)・紫檀(したん)・栴檀(せんだん))」で制作するように決まられております。それも
強い芳香がある掘り出した根で、しかも中心部の素材だけ使えと決められております。
したがって、小型の像しか制作出来ません。それに適った仏像が719年唐から請来した法
隆寺の「九面観音立像」です。「九面観音立像」はすべて 「白檀の一木造」であり、驚
かされるのは耳、耳璫(じとう・イヤリング)なども「一木」で最後に切り抜いたイヤ
リングが揺れるという神技(仏技?)で制作された仏像です。これは高い技量を持った
仏師と細緻な彫刻が可能である密度が詰まった堅い「白檀」により、典雅にして優美な
仏像が誕生したのです。
 珍重された檀木で作られた仏像は彩色、漆箔を行なわず髪、眉、目玉、唇のみの彩色で、木の香りの漂う格調高い像になっております。
 
 わが国には「白檀」などの香木が存在しない代わりに芳香が強い「樟」が代用材とし
て使用されたのでしょう。 それと切れ味が悪い刃物でも「樟」であれば仕上げが綺麗と
いう利点があります。「樟」は「楠」とも書きます。
 
 わが国には「霊木信仰」があり、仏教伝来以前から存在した神道で「神木」扱いされ
たしめ縄をめぐらした「霊木」か、天の神様であった「雷」が落ちたすなわち神様が降
臨された神の宿る木「霹靂(へきれき)木」で制作しなければなりませんでした。それ
だけ素材の入手条件が悪いだけに奈良時代までは「木彫像」は金銅像、塑像、乾漆像な
どに比べると数は少ないです。
 「霊木信仰」思想の影響か、神や位牌は柱の単位で、一柱、二柱と数えます。
 「樟」以外、榧(かや)、桜、桧が檀木の代用材として用いられました。「新薬師寺
の本尊」 「法華寺の十一面観音立像」「室生寺の釈迦如来立像・十一面観音立像・釈
迦如来坐像」は「榧材の一木造」で作られております。
 
 「木彫像」も次の白鳳時代になると 建築と同じ、「樟」から木目がきれいに通った「桧」が使われるようになります。
 針葉樹材の「桧」は木目が真っ直ぐで木口(こぐち)に楔(くさび)を打ち込めば、
縦に均一に裂ける特徴から「彫刻」「建築」などに多用されたのでしょう。それと
「桧」は芳香、光沢もあり、堅さも適当で加工し易いうえ狂いが少ないです。 それだけ
に「桧」はわが国では一番愛される最高の素材で、桧の家、桧の風呂、桧のまな板と桧
に囲まれての生活が最高の贅沢でしょう。
 
  「一木造」は当然のことながら大きな仏像は制作できませんが、一人の仏師の制作
であるため仏師の理想(夢)がこもっております。次の「寄木造」とは大きな違いです。
 
 「法隆寺の救世観音像」は現存最古の「木彫像」で、春秋の一ヶ月間のみ特別開扉さ
れます(参照:
お知らせ)。本尊は保存状態がよく、金箔を漆で貼った「漆箔(しっぱく)像」ですが「銅像」に金メッキした 「金銅像」の如く見事な金色表現です。多くの人々
を惹きつける神秘的な雰囲気を漂わせた像で、この「本尊」だけを拝むために大勢の方
がお見えになります。

 


 救世観音立像(法隆寺)

          
      増長天立像(法隆寺)

   

 
 

    
    十一面観音立像(法華寺)

     梵天立像(唐招提寺)
   

 
  薬師如来坐像(新薬師寺)

 
    釈迦如来坐像(室生寺)

   

 
 釈迦如来立像(室生寺)    

      
    十一面観音立像(室生寺)

       
      地蔵菩薩立像(法隆寺)

       
     百済観音立像 (法隆寺)

 「木彫像」を作る場合、像の細分を仕上げしていく整形材として「木屎漆(こくそ
うるし)」を使いました。「木屎漆」は「漆」におがくずなどを混ぜてペースト状に
したものです。
 「法隆寺の百済観音立像」は日本人の感性に合った優美で哀愁のこもった美しい像
です。像の表面はすべて「木屎漆」できれいに盛り上げ、 当初は白土で下化粧、各
部に極彩色が施されて華麗な像となっておりました。「百済観音像」が素材を僅か削
る仕上げで彫刻の絵画のようになったおりますのは「霊木の一木造」の制約からでし
ょう。
 
 素材が近隣地から豊富に入手できた時代は、素材を縦に四つ割りにし、その四分の
一で仏像を制作しました。四分の一になった素材も木の表皮に近い周辺部分で光合成
が活発だった白っぽい 「辺材( 白太・しらたとも言う)」を取り除くます。この工
法であれば木心もなく像が「干割れ(ひわれ)」することもありません。木心部を取
り去ることを「心去り」と言います。 素材の「干割り」は家の柱なら見えない裏で
起こせば問題ありませんが恐れ多い仏像では絶対に避けなければなりません。
 彫刻の素材としては、素材の表皮に近い「辺材」は柔らかいうえ腐りやすいので、「辺材」を取り除いた色の付いた部分「心材(赤身とも言う)」を用います。「心
材」は堅く腐りにくくしかも白蟻が付かない防虫効果があります。「心材」の木材で
自宅を建築されたならば数百年以上生活出来ることでしょう。
 
 木の表面から彫刻していくのを「木表(きおもて)」から彫ると言い、その逆、木
心から彫刻するのを「木裏(きうら)」から彫ると言います。わが国では通常「木表」から彫ります。
 
  像内部を刳り取るのを「内刳り(うちぐり)」と言い、「内刳り」を行なうと像に
空洞部が出来て軽くなるだけでなく、木の内部と外部の乾燥状態の違いから起こる木
の狂いも最小限に防げる利点があります。ところがこの工法は「像」の一部に穴を開け、その穴から刃物で「内刳り」ではきれいに削ることが出来ず、そこで考え出され
たのが「割矧造(わりはぎづくり)」です。「割矧造」は完成した像を「楔」で頭上
から前後に割って像内を刳り抜きます。二つに割った像の内部を刳り抜きますので、
完全な「内刳り」が出来ます。この「割矧造」は「桧」を産出するわが国ならではの
技法でしょう。
 
 「木彫像」の特徴は、「塑像」「乾漆像(後述)」は素材の制約による柔らかい表
現に対して鋭い角度の表現が出来て「翻波式衣文」「茶杓紋」「渦紋」などの華麗な
装飾が可能で、緊張感のある個性的な仏像が作れます。 
  参照:
新薬師寺のお話
 「唐招提寺の梵天立像」は「鑑真和上」に随伴した中国の工人が彫刻したと言われ
ているだけに像の風貌は異国風で男性的となっております。

                                             画 中 西  雅 子