「ことば」の進化・・・文化との共進化について
現在地球上では、ヒトだけが複雑な「ことば」をもちます。
「ことば」は、コミュニケーションに必要であるだけでなく、文化とも深く関わります・・・
では、「ことば」はどのようにして進化したのでしょうか?言語の起源を参考に、私なりに考えてみました。
ヒトは生まれつき脳に普遍文法が組み込まれている、というものです。
これは、地球上の言語の全文法体系を内包する文法的なモデルからなる、と想定しています。
普遍文法の初期設定は、クレオール言語と似ていると考えられます。
初期設定は、子どもが個別の言語に合わせて言語を習得する段階になると無視されます。
子供が言語を習得する時、最初は個別言語の特性よりも、クレオール様の特性を習得するようです。
語彙音韻論(ごいおんいんろん) 「ことば」の構造
ヒトの言語を記述する特性リスト(ホケット(1966年))のうち、二つの特性が重要です。
生産性 : 言語使用者は、全く新しいメッセージを作ったり、理解したりできます。
(パターン形成の)二重性: 無数ある有意味な要素が、少数の、一つ一つは意味がないが、メッセージを差異化する要素から作られています。
言語の音韻体系は、有限個の単純な音素からできています。各言語に特有の音素配列規則の下で、
音素が連結して、無限の語彙が生まれることと、意味がその形式に結びついていること、が重要です。
語彙統語論によって語彙が結合し、新しく異なった意味をもつ語彙が生まれます。
・・・有限の音素から、意味のある語彙を無限に生み出すことができることが、「ことば」のすごいところですね。
ピジンとクレオール 「ことば」の構造 「ことば」とヒトの進化
ピジンは、文法が単純で、語彙も限られた、非常に単純な言語で、
異なる言語を使用する者の間で、商売上の必要性等から、自然にできた言語です。
初期段階では、主に名詞、動詞、形容詞からなり、冠詞、前置詞、接続詞、助動詞は、ほとんどありません。
語順も安定せず、単語は語形変化を起こしません。
ピジンを話す集団間での交流が長期間続くと、言語がより複雑になることがあります。
ピジンを自分たちの母語として採用すると、ピジンは、より複雑なクレオールへと発展します。
クレオールとは、ピジンを話す者の子供達の世代で母語として話されるようになった言語です。
公用語や共通語として使用されている地域や国もあります。
クレオールは、文法の面で互いに非常に似ており、ピジンから一世代で発展することが分かっています。
また、クレオールは独立に生じていても互いに類似しています。
ニカラグア手話の創生
施設に来た児童達は、最初家族との生活の中で習得した、ごく僅かで未熟なジェスチャーしか使えませんでした。
しかし、児童達が一緒に生活するうちに、互いのジェスチャーを、自分が知っていたものに加えて使うようになりました。
より多くの若い児童が参加すると、言語は更に複雑になりました。
ケグルらの分析によると、年長の児童達のピジン様言語を、若い児童達が、
動詞の一致とその他の文法の規則を成立させて、より高レベルで複雑な言語へと発展させる、ようです。
その他
ヒトの言語を、ヒト以外のコミュニケーション体系から区別するカギとなる特性は再帰性である、という説があります。
言語学的な意味での再帰は、複合的な文や、語句の中に語句を挿入することを言います。
また、問う能力にある、という説もあります。
ボノボやチンパンジーは、単純な形であっても自ら問うことができません。
一方、ヒトは、問うイントネーションを使うだけではありますが、喃語期から問うことができます。
更に、地球上に存在する言語は、一般疑問文には例外なく上昇調の問うイントネーションを使用します。
FOXP2のような遺伝子が、突然変異を起こして人がコミュニケーションを行えるようになった、という説があります。
しかし、最近ネアンデルタール人もホモ・サピエンスと同じFOXP2を持つことが分かりました。
また、ミラーニューロンという、自ら行動するときと、他の個体が行動するのを見ている状態の、両方で活動する神経細胞もあります。
これは、言語や、心の理論に関係するようです。
生得的な発声(笑う、泣くなど)は、脳幹や大脳辺縁系の神経回路によって制御されていますが、
言語は、ヒトの脳の多数の領域が関与する、分散的なシステムによって産生されます。
ヒトを含む霊長類の脳に存在するブローカ野とウェルニッケ野は、
音を認識するだけでなく、顔面、舌、口唇、喉頭の筋肉を制御する機能も持ちます。
ブローカ野は認知タスクや知覚タスクに関わっており、ウェルニッケ野は言語使用を補助しています。
ヒトの言語中枢は、全ての霊長類に共通して存在する神経回路を改良したもの、という説があります。
この改良と言語的コミュニケーションの能力は、ヒトに特有のようです。
ヒトは、特に共通の言語がない時に手や顔によるジェスチャーを用います。
また、手話は、話し言葉と同等の複雑さや洗練度、表現力を持ちます。
ジェスチャーによる言語と手話、音声言語は、同じ神経システムに制御されています。
即ち、手話を使う時と、音声言語や書記言語を使う時で大脳左半球の活動する領域に差はありません。
尚、大脳皮質では、口の運動を制御する領域と、手の運動を制御する領域は互いに接しています。
発話は喉頭の改良による、という説もあります。
声道や喉頭が頸部の低位置にあることが、ヒトが作り出す多くの音声、特に母音を作る上で必須だからです。
しかし、喉頭の低位置は他の動物でもみられるなど、発声能力の発展とは無関係とする説や、
喉頭の下降は音声を発する目的のために発展してきたわけではなく前適応、とする説もあります。(ホイザー、チョムスキー、フィッチ(2002年)、レイトマン)
霊長類の「ことば」
霊長類の喉頭では、ヒトが出すような多彩な音を出すことはできません。
霊長類の「音声的な鳴き声」は、脳幹や大脳辺縁系の神経回路ではなく、ブローカ野を使っていることが分かりました。
サルがサルの鳴き声を聞くときに活動する脳部位は、ヒトがヒトの発話を聞くときと同じ、という証拠もあります。
霊長類が鳴き声を発すると、それを聞いた別の霊長類が、鳴き声を発した者の精神的・肉体的状態の変化を評価しようとします。
野生のヴェルヴェット・モンキーは、天敵到来の警告や、個体確認など、十種の異なる音声を使い分けることで知られています。
また、チンパンジーが、異なる食べ物を指示する際に、異なる「ことば」を使います。
ある種の霊長類は、各要素があるものを指示するような単純な音韻体系を持ちます。
しかし、霊長類の体系の要素は、通常個々独立して生じ、語彙統語論の欠如を示します。
鳥類の「ことば」(泣鳴反応)
生得的な歌を歌うための脳の神経経路は、非常に単純です。
RA (robust nucleus of arcopallium )という前脳の運動中枢?は、音声出力を中脳に連絡し、脳幹へ運動核を出しています?
一方、歌を学習する脳では、RAは学習や社会的経験に関係するものを含む、前脳からの入力を受け、歌の生成はより柔軟に制御されています。
(鳥類にも歌を学習する能力があるようです。)
「ことば」とヒトの進化 :ヒトの「ことば」は、どのように進化したのでしょうか?
初期人類 「ことば」とヒトの進化
原言語(proto-language)(ビッカートン)は、以下を欠く原始的なコミュニケーションの形式です。
完全に発達した統語構造
時制、相、助動詞、等々
独立の機能を持つ(つまり非語彙の)語彙
これは、大型類人猿の言語と、現生人類の言語との間にある、言語の進化の一段階と考えられています。
また、言語は、自然の音、他の動物の鳴き声、ヒト自身の本能的な叫び声を、
記号やジェスチャーの助けを借りつつ模倣・改良したものからできた、という説もあります。(ミューラー、1861年)
350万年前頃のアウストラロピテクスは、二足歩行により頭蓋骨に変化をもたらし、声道がL字形になった、という説があります。
ホモ・ハビリスやホモ・エレクトゥスは、現生人類と霊長類の中間段階のコミュニケーションを行っていた可能性が考えられています。
ホモ・ハイデルベルゲンシス 「ことば」とヒトの進化
ホモ・エルガステルは、発話を行った初めてのヒト科動物とされ、
その文化を継承したホモ・ハイデルベルゲンシスが、原始的な形の記号言語に発展させた可能性が考えられています。
ホモ・ネアンデルターレンシス 「ことば」とヒトの進化
舌下神経は、舌下神経管を通って舌の運動を制御しており、その大きさが言語能力を表すとされます。
30万年以上前のヒト科の舌下神経管は、ヒトよりもチンパンジーに近いようです。
2007年、ネアンデルタール人の舌骨が発見されたことで、
解剖学的に現生人類と同じだけの音声を発する能力がある、という説が提唱されました。
ネアンデルタール人の石器技術から、身体の方は言語を発するのに十分発達した器官を持っていても、
脳の方は現生人類のように言語を話すのに必要なレベルに達していなかったと、いう説もあります(クライン、2004年)。
ホモ・サピエンス 「ことば」とヒトの進化
解剖学的に現生人類と同じ最古の人類は、ホモ・サピエンス・イダルトゥです。
しかし、ホモ・ハイデルベルゲンシスと違う行動をとっていた形跡はないようです。
ムスティエ文化のような、より洗練された文化への移行は、約12万年前に起こり、
ホモ・サピエンスとホモ・ネアンデルターレンシスの間で共有されていたようです。
現代的行動への発展は、7万から5万年前にホモ・サピエンスで初めてみられるようになりました。
骨やシカの角など一つ以上の材料から作られ、ナイフの刃や掘削具など様々な機能のカテゴリに分類できる、
洗練された道具の発展は、発達した言語の存在の証拠とみなされます。
道具の製法を子孫に伝えるのに言語が必要、とする説があります。
現在、「ことば」は全人類が使用しています。
言語の単一起源説は、全ての音声言語が世界祖語から生まれたという仮説です。
即ち、現生人類は、15万年前の、ミトコンドリア・イヴに由来し、世界祖語がその頃に生まれた、とする説です。
トバ・カタストロフ理論によると、7万年前に人口が1.5万から2万人まで減少したようです。
ボトルネック効果は、世界祖語誕生の候補であり、祖語を話す人間が必ずしも言語を初めて話したわけではない、ことも表します。
多地域仮説という、現代話されている言葉が全ての大陸で独立に進化してきた、という説もあります。
言語を使用するものがもつ、一種のだます能力は、話し手にとって直近ではないものについて述べる高いレベルの能力です。
この能力は心の理論、つまり、それぞれの欲求や意図を持つ自分とよく似た存在として他者を認識する能力、と結びつけて考えられます。
チョムスキー、ホイザー、フィンチ(2002年)によれば、6つの相からなります。
1.心の理論
2.個と性質の区別のような、非言語的・概念的な表現を習得する能力
3.指示の音声的シグナル
4.合理的・意図的なシステムとしての模倣
5.意図的なコミュニケーション(シグナル産生の制御)
6.数表現
多くの霊長類は、心の理論を幾分認識しているような傾向を示しますが、ヒトと同じ心の理論を持つものはありません。
コールとトマセロのチンパンジーに関する研究によると、
チンパンジーは、他のチンパンジーにも意識、知識、意図があることを認識しているようですが、
間違った信念については理解できていない、とのことです。
言語使用のために心の理論が必要、という点に関してはある程度合意がなされており、
ヒトにおいて心の理論が完全に発達したことが、完全な言語の使用に必要、という説もあります。
数表現 「ことば」と他の認知能力
松沢(1985年)によると、チンパンジーに数字を教えた時、1から9までの数字がそれぞれ一定の量を表すことを学ぶのに、
チンパンジーは、訓練時間中に何千回もの試行を必要としました。
一方、1、2、3(時に4)までを学んだヒトの子供は、後者関数(あらゆる整数「n」が前の整数より1大きい)を用いてより大きい整数を理解します。
(参考に、自然数を公理化したものに、ペアノの公理、というものがあります。)
つまり、霊長類は、他の指示記号にアプローチするときと同様に、数の意味を一つずつ覚えていくのに対し、
ヒトの子供は、最初に任意の記号リスト(1,2,3,4・・・)を学ぶと、続いてそれらの精確な意味を習得します。
この結果は、ヒトの数表現において言語の「無制限生成性」が適用されている証拠、とする説があります(言語も、数も、同じく記号とみなせます。)
母語(血縁選択)
言語の特質として、言語を扱う能力は遺伝しますが、言語自体は文化によって伝えられます。
また、物事を行う技術的な方法などの理解も、文化を通じて伝えられます。
そのため、「ことば」と文化との共進化が起こり得ます。
一般的に各々別々に一から学ぶより、先人の知恵からなる文化から学ぶほうが効率的と考えられます。
(もちろん、逆に文化に束縛されて、進歩できないこともあり得ますが。)
そのため初期の人類は、生き残るために文化的ニッチを作り出し、ニッチのもとで繁栄するように進化した、という説があります。
また、文化的適応を容易にするため、言語を扱う能力が広まった、という説もあります
(参考: ミーム)
言語様のコミュニケーションが進化する上で一番障害となるのは、記号が信頼できず間違っている、ということです。
サルや類人猿は、しばしば他のサルや類人猿をだましますが、同時に、敵にだまされないように常に用心しています。
霊長類のだまされまいとする用心こそが、情報伝達の体系の進化を阻む、という説もあります。
だまされないようにする最良の方法は、シグナルを無視することだからです。
言語が機能するためには、話し手が誠実と、聞き手が信頼する必要があります。
言語の起源の理論は、ヒトは何故お互いに信頼するようになれたのか、の説明も重要です・・・
(信頼できても、間違うこともありますので、ロバストネス、この場合はウソや間違いに気づいて修正する能力の進化、も重要と思います
・・・「ことば」はあいまい(別の解釈が生じ得る)な所があります。一方。別の解釈のおかげで、進歩することもあります。)
母語(血縁選択) 「ことば」と文化
フィッチ(2004年)は、ヒトが互いに信頼できる理由の一つとして、血縁選択説を提唱しました。
即ち、言語は元来母語であり、母と子の間でのコミュニケーションのために言語が進化した、という説です。
後に血縁関係にある大人たちにも広まると、話し手と聞き手の利益が一致します。
血縁選択が人に特有ではない、
母語のネットワークが血縁者から非血縁者へと広がることが説明できない、という反論があります。
(互いに利得があれば、非血縁者といえども広まる可能性がありますが。)
義務的な互恵的利他行動 「ことば」と文化
ウルベクは、互恵的利他主義により言語が進化するのに意図的な誠実さを説明しています。
互恵的利他主義は、しばしば互いに影響しあう個体間で生まれる関係で、
言語が進化するためには、社会が全体として倫理規定に従っていなければならない、と結論しています。
いつ、どのように、誰に「義務的な互恵的利他行動」が強いられることが、どうして可能であったかを説明できない、という反論があります。
儀式・発話の共進化 「ことば」と文化
ラパポートらによって提案された、言語は、ヒトの記号文化、とする説で、
言語は、社会的慣習や儀式など、社会機構や制度が一通りそろわないと機能しない、
ヒトの進化による記号文化の発生も含み、言語は重要だが、補助的な構成要素にすぎない、というものです。
チョムスキーは、この理論を「非存在説」と呼び、反論しています。
以上から考えてみると、 話し言葉には声帯の進化が必要ですが、
「ことば」は、記号を操作する能力と、(情報の正確性、又は自分との血縁や利得の)記憶、心(の理論)の獲得、
信頼関係の成立、などにより生じ、更に、文化と共進化した、ということでしょうか・・・