先史時代・・・道具の歴史
先史時代は、歴史時代(有史時代)以前の歴史区分です。文字記録に乏しいため、主な道具に基づいて、
石器時代(旧石器時代、中石器時代、新石器時代)、青銅器時代、鉄器時代、に分類されています(年代や分類は、文献や新しい発見により諸説あります)。
概ね、新生代第四紀の更新世に相当し、ほとんどが氷河期でした。
前期 :約200万年から10万年前
中期 :約10万年から3.5万年前
後期 :約3.5万年から1.2万年前
旧石器時代は、石を道具として使い始めた時期です。石器時代の初期に当たり、
約200万年前から1.2万年前の間とされ、さらに前期、中期、後期に区分されます。
(約250万年前頃の石器も発見されており、猿人段階のアウストラロピテクスも、石器を製作していた可能性があります。)
この時代の人類は、狩猟採集社会で遊牧民的な生活を送っており、社会も非常に小規模で平等なものであったと考えられています。
しかし、食糧が豊富な所や、貯蔵方法の発展によって、首長や社会階層を持つような複雑な共同体を構成していた所もあったようです。
前期旧石器時代 旧石器時代
地域によって異なりますが、約200万から10万年前の期間とされています。
原人段階のホモ・ハビリス(と近縁種)が、石器を使い始めた頃に相当します。
石器として、ハンドアックスが、広く用いられていたようです。
この時代は、氷期と間氷期を繰り返していたとされます(ミランコビッチ・サイクル)。
30万年前には、人類の人口が推計100万人に達しました。
ヒト科人類による最古の石器は、オルドワン石器といわれています。
これは、礫(れき)を打ち欠いて制作した簡単な礫器(れっき)や、剥片(はくへん。フレイク)を特徴とする石器です。
最古のものは、アフリカの大地溝帯(オルドヴァイ峡谷など)で遺跡とともに発見されています。
中期旧石器時代 旧石器時代
地域によって異なりますが、約10万から3.5万年前の期間とされています。
剥片石器が使われ出して、石器や骨角器などは精巧で種類も豊富になったようです。
7.5万-7万年前に、トバ火山大噴火が起こり、人口が約1万人まで激減したようです(トバ・カタストロフ理論)・・・30万年前の人口の、実に1/100ですね。
約7万年前から1万年前まで、最終氷期でした。
ヨーロッパなどでは、約9万-7.5万年前頃、旧人段階のネアンデルタール人によるムスティエ文化が発生しました。
新人段階である、初期のホモ・サピエンスも登場し、7万から5万年前にはアフリカからアジアに拡がり、
約4万年前頃には、現生人類が現れた、と考えられています。
埋葬や、原始的な音楽(4.3万年前の、ネアンデルタール人の笛。確実なものは、約3.6万年前の骨の笛と考えられています。)もみられるようになったようです。
地域によって異なりますが、約3.5万から1.2万年前の期間とされています。
この時代から、日本列島に人類が住んだ遺跡や遺物が多く発見されています。
2.85万年前には、アジアまたはオーストラリアを経由して、人類がニューギニア島へ到達したようです。
石器が急速に高度化、多様化しました。
石刃技法(せきじんぎほう)が発明され、同じ規格の石器が量産可能となりました。
これは、東北アジアにおけるこの時代開始の技術的指標で、
日本では、約3万年から1.5万年前頃にかけて発達したようです。
芸術が始められたといわれ、フランスのラスコー洞窟の壁画や、ヴィレンドルフのヴィーナスが製作されました(オーリニャック文化)。
また、数の概念も誕生したようで、コンゴ民主共和国で出土したヒヒの骨に刻まれた記号が最古の数表現、という説があります。
紀元前1万年(約1.2万年前)から前8000(約1万年前)または前6000年頃の期間です。
この時期は、第四紀の更新世の終わり頃に始まり、地域によって様々な農耕が導入されるまでの時代です。
氷河が後退しはじめ、気候が温暖になったため植物が繁茂し、動物が増えるなど、人間が狩猟採集で食物を得やすくなりました。
この時代の遺跡には、貝塚があります。
1万年前には、人類の人口が推計500万人に達しました・・・30万年前の5倍、(トバ火山噴火からだと、500倍)ですね。
細石器など、小さな燧石(ひうちいし)を用いた石器が特徴的です。
また、場所によってはカヌーや弓など、木製具も発見されています。
このような技術はアフリカのアジール文化で起こり、北部アフリカやレバントを通じてヨーロッパに伝わったようです。
近東などでは、更新世の終わり頃には農耕が始まっており、そのような所では中石器時代は不明瞭です。
一方、北欧(マグレモーゼ文化)など、氷河時代終焉によって自然環境が好転する恩恵を受けた地域では、はっきりしています。
地域によって異なりますが、オリエントでは紀元前8000年(約1万年前)頃に、中米やメソポタミアでは紀元前6000年頃に始まりました。
この時代には、農耕や牧畜の開始によって社会構造が変化し、文明の発達が始まったことから、新石器革命とも呼ばれます。
人類は、火を使い加工する手段を得てはいましたが、常に飢餓の危険にさらされており、より住みやすい土地を求めて移動を繰り返していました。
しかし、農耕や牧畜など食糧生産手段の変革により、人口が増加に転じました。
磨製石器はJ.ラボックによって新石器時代の指標とされていましたが、
北西ヨーロッパや西アジアで、中石器時代に当たる紀元前9000年(約1.1万年前)に局部磨製石器が発見されています。
また、局部磨製石斧(きょくぶませいせきふ)という、刃先だけ磨いた石斧も、主として日本で発見されています。
これは、約4〜3万年前の後期旧石器時代初頭のものと考えられています。
そのため、新たな指標として、土器の登場、農業・牧畜の開始、が加えられました。
生活様式は、地域によって異なります。
日本の縄文時代はこの時代に位置づけられますが、日本で農耕が発達したのは縄文時代中期以降であり、牧畜は存在しませんでした。
(日本は、石器時代から近世まで南九州や南西諸島を除き、牧畜が発達しなかった点で特異です)。
土器は、日本(縄文式土器)やバイカル湖周辺など紀元前1.3万年(約1.5万年前)頃には製作が始まっていたようです。
メソポタミアでの土器製作は、紀元前6000年(約8000年前)頃と推測されています。
製作方法は当初の手こねから、型にはめるもの、更にとぐろ巻き等に進化し、合わせて装飾や彩色も発展しました。
用途は、主に貯蔵や調理、食器として用いられ、やがて鑑賞や埋葬用などにも使われるようになったようです。
農耕は、8000年前から7000年前、メソポタミア北域で始まったとされます。
紀元前5500年(約7500年前)頃、シュメールでは組織化された灌漑や専従労働が始まったようです。
当初は、オオムギやコムギが栽培され、ビールやグルーアル(粥)、スープに調理され、後にパンが作られたようです。
中東以外にも、アメリカや東アジア・東南アジアでも、複数の作物や家畜を育成する農耕システムが発生していたようです。
一方、オーストラリアのアボリジニのような遊牧的な民族では、農耕を自文化に取り入れた時期は比較的近年のようです。
家畜は、最も古い家畜であるイヌが、紀元前1万年(約1.2万年前)頃に西南アジアで家畜化されたといわれています。中国や北アメリカでも独自に家畜化が行われたようです。
ヒツジ・ヤギ・ブタは、紀元前8000年頃の西南アジアで、それぞれムフロン・パサン・イノシシから家畜化されたようです。ブタは中国でも独自に家畜化されたようです。
ウシは、紀元前6000年頃に西南アジア、インド、北アフリカ?で、オーロックスから家畜化されたようです。
ウマは、紀元前4000年頃のウクライナで、ロバは同時期のエジプトで、スイギュウも同時期の中国で家畜化されたようです。
牧畜は、家畜を人工的に養育して数を増やし、その乳や肉を生活の糧とするものです。
紀元前5000年(約7000年前)頃、古代エジプトなどで行われるようになりました。
石器の代わりに、青銅(ブロンズ。銅とスズの合金。)を利用した青銅器が主要な道具として使われるようになった時代です。
青銅器により、石器時代に比べ、農業生産効率の向上、軍事的優位性を確保する事ができ、
社会の発展と職業の分化、文化レベルの向上が起こった、と考えられています。
4000年前には、人類の人口が推計8700万人に達しました・・・1万年前の約17倍と、増加が加速していますね(ちなみに世界人口は、2011年(国連)に70億を超えました)。
メソポタミア・エジプトでは、紀元前3500年(約5500年前)頃から、ヒッタイトが現れる紀元前1500年前後までが青銅器時代と考えられています。
ヨーロッパでは、紀元前2300年(約4300年前)から前1900年頃のビーカー文化や、紀元前1800年(約3800年前)から前1600年頃のウーニェチツェ文化などを経て、
紀元前800年頃から青銅器時代から鉄器時代への移行期に入りました。
中国では、紀元前3000年(約5000年前)頃から春秋時代までが青銅器時代に相当します。
この時代には人類の文化が発達し、露天状態の鉱石から銅やスズを精錬し、合金である青銅を成型する金属加工技術が体系化されました。
ただし金属製錬そのものは、新石器時代に発明されたと考えられ、
金属器が広まるまでの間には、「金石併用時代」や「石青鋼期」と呼ばれる過渡期が存在した、という説があります。
青銅器時代は文字記録も始まりました。
メソポタミアでは、紀元前2600年(約4600年前)頃のシュルッパクの粘土板に刻まれた文字が発見されています。
これらは主に行政・財政上の収支や土地配分などの記録です。
3700年前には、楔形(くさびがた)文字が発明されました。
青銅器時代が存在しない地域
日本では、弥生時代に鉄器と青銅器がほぼ同時に伝わったと言われており、
青銅器は祭器としてのみ利用され、青銅器時代を経ずにそのまま鉄器時代に移行した、と考えられています。
また中・南アメリカ(アンデス文明)においては、鉄を発見する事なく文明・文化を発展させて歴史時代に入った事から、青銅器時代という区分は存在しません。
鉱業・冶金技術の発展とともに、青銅だけでなく、金や銀、あるいは金・銀・銅の合金が使われるようになる一方、石器も実用品として長く使われていました。
鉄冶金技術が実現し、青銅器の代わりに鉄を利用した鉄器が主要な道具として使われるようになった時代です。
この分類法は先ヨーロッパ史を前提にしており、ヨーロッパ、中東、インド、中国などでは時代区分が可能ですが、日本など例外もあります。
鉄の使用は、農作業の効率を高め、信仰や芸術の発展など文明へ大きな革新をもたらしたと考えられています。
鉄の利用自体は、メソポタミアでは紀元前3300年(約5300年前)から前3000年頃のウルク遺跡から鉄片が発見されています。
これは、ニッケルの含有量から隕鉄製と考えられています。
製鉄技術を伴う最初の鉄器文化は、紀元前15世紀(約3500年前)頃のヒッタイトとされています。
ヒッタイトはその高度な製鉄技術を強力な武器にし、メソポタミアを征服しました。
鉄の製法は秘密にされていましたが、ヒッタイトが紀元前1190年頃に滅亡すると周辺に広まり、エジプト・メソポタミア地方で鉄器時代が始まりました。
中国では、殷代の鉄器が発見されていますが、広く普及し始めたのは春秋時代です。
鉄器の普及は、農具などの日用品から広がり、武器は戦国時代まで耐久性のある青銅器が使われていたようです。
日本の先史時代 日本列島の旧石器時代
日本の旧石器時代の遺跡として、1949年、岩宿遺跡が初めて発見されました。