尺八譜面のよみ方
- 尺八の譜面(楽譜)を読むと言っても、譜面に書かれた独特のカタカナ文字(指遣い記号/運指記号)をみて、即座に演奏出来るようになる解説ではありません。
本格的に学ぶには、先生に師事するか、市販されている尺八の入門書等を入手して勉強して下さい。
尺八の譜面は、その記号から、指遣いと共に、音の甲乙(かんおつ=オクターブ)を知り、補助記号からは音の長さを読み取らなくてはなりません。
これらの記号は、各流派によって独特の決まれが有りますので、自分の学びたい流派のものを学びましょう。出来れば都山流や琴古流の両方、あるいは五線譜も読めるようになるのことが理想です。
とりあえず、入門書などの資料が手元にない場合、次のサイトの資料を印刷して下さい,
- ここで取り扱う尺八譜は古曲(地唄)の曲を対象にしています。
新曲など、楽理によって作曲されているものはそちらの楽理を参考にして下さい。


- 日本の音楽は一般的には五音階で出来ています。
ある基準音を基にこの音から、この音のオクターブ上の音に至る間に用いる音の数が5つ有ると言うことです。
(今日、洋楽と言われるものの多くは7音で一オクターブの音階が作られていま
す。)
一オクターブは、12の半音で出来ていると考えた場合、この5つの音が、隣り合った音と、いくらの音程で並べられているかによって、これらの音による旋律は、特徴のあるものになります。
日本旋律には、呂旋律、律旋律や、陽旋律、陰旋律等々と言った、様々な五音階が有ります。
箏曲の古曲に付いて考える場合は、俗旋律である陽旋律、陰旋律を基本に作曲されていると考えれば概ね理解できるようですが、ここでは、もう少し実用的な簡便方法を提供したいと思います。
- まず予備知識から入ります。右の図1を参照して下さい
この図で升目が立て1列に並んでいますが、隣接した升目は半音程、即ち1律の関係にあります。12個で一オクターブと言うことになります。
また、ロ音を宮音(主音)にした場合で説明します。
この宮音から宮音の一オクターブの間に、五つの音があります。
尺八音で言うなら、ロ・ツメリ・レ・チ・リメリ(都山ではハメリ)の5音です。
この音の相互関係を見てみると次のことに気が付きます。
ロとツメリが1律ツメリとレが4律と言う音程差に並んだ3っの音の集合体と、もう一つはチとリメリが1律、リメリとロが4律の音程差で並んだ2つの集合体が有ります。
この二つの集合体は、おのおの第1音と第2音間が1律、第2音と第3音の間が四律と言う音程差になっています。
このようにオクターブの間には、相似した二つの音の集合体が2律隔てて存在し、オクターブを形成しています。
今後集合体を、音階ブロック(略してブロックと言います)と称します。
この音階ブロックはこれから説明する転調についての内容の重要な認識事項ですので是非ご理解下さい。
ようは、この二つのブロックの一方を足がかりに音を上あるいは下側に積み重ねることによって、スムーズに転調を繰り返すことが出来るのです。
- 音を上の方に転調する場合は、元のブロックとは2律離したところにもう一方のブロックを並べます。下方に転調する場合は元のブロックの一番下の音から2律下がったところに新しいブロックの一番上の音が来るようににします。
このようにして転調することにより、表情豊かな複雑な旋律が生み出されることになります。この辺のことをさらに詳しく述べてみましょう。
- 日本の音階について少し知っておくべきことがあります。
日本の多くの音楽は、有る決まった楽理に基づいて作曲されているわけではありません。
慣習、経験的な日常の中から自然発生的に生まれたと言ったような様々な曲が、ある共通の特徴をもって今日に至っているわけです。その間、これらの曲を研究し、これらの曲の”有る共通の法則”とは何だろうと疑問に思い研究した人々がいて、楽譜を収集し、整理し分類により考察を行い、一定の規則性を見いだし、それを理論として発表されていますが、残念なことにすべての日本音楽に当てはまる普遍的な法則というものは無いようです。
いや、無くて当たり前なのです。法則によって音楽が作られている訳ではないからです。多くの曲は、人間の、自然的な精神の要求に基づいて生み出されてきたからです。
ここでは、そう言うことを理解した上で、邦楽、三曲、尺八曲の譜を読み解き、演奏の一助にしょうとするのがこのぺージ「譜面の読み方」の目的です。

- ブロックについての概念が理解できましたら、図Uについて説明します。
- この表は、尺八の指遣い記号(=音高)が書かれています。表では琴古流の記号を使っていますが都山流の場合も記号の違いがあるだけで考え方は同じです。
同じ様な枠が【1】から【6】の6つの図が描かれています。
何れも共通なので、【3】を参考に説明します。この場合はレの音が二重枠内に有るので、レ音が宮音で有ることを表しています。
- 縦枠列が3列あり、左端列は陰旋律の音階、中央列には陽旋率の音階、右端列は音が一時的に変移する場合の音の高さを表しています。(律旋の音階でもあります。)
縦3列即ち陰旋律、陽旋律、律旋律の各音階に共通の音(指遣い記号)がある場合は、横行3枠をまとめて、横長の大きな一枠にしてあります。
その中でも特に宮音(主音)の音は、二重枠で表しています。
【3】で言えば、レが宮音となり、陰旋律はレ、チメリ、リ、ロ、ツメリ、の五音で、音階を作られています。
陽旋律はレ、チ、リ、ロ、ツ中メリ、の五音となります。
ロ=箏平調子の壱に合わせてある場合、レが宮音の場合、陰旋律(古曲=地唄)では、ロ、ツメリ、レ、チメリ、リが旋律に使われています。もし、ロ、ツメリ、レ、チ、リメリ、が使われていれば【4】のパターンであり宮音はロと言うことにになります。(違いはチとリの2音に注目)
大きな曲になると、陰旋律から陽旋律に転調したり、別の陰旋律に移調したりします。
陰旋と陽旋の転調は、上図の【3】縦枠列を左から中央に移った音の並びに成ります。
この場合、チのメリがチ音になったり、ツのメリ音がツの中メリ音に変化します。
それと、旋律的音階などの場合には、宮音(主音)に対して上接音(上主音とも言う)と、導音が旋律の動きによって変化します。
上接音の場合、主音(レ)から旋律が離れる場合、チメリ音がチ音と変化します。
導音の場合は、旋律が主音(レ)に向かう場合ツメリ音がツ音に変化します。
尺八譜で使われている音の並び、即ち旋律に使われている音の種類によってその旋律を表から求めるのです。
- つぎに、転調((違う宮音に音階が移動)する場合を考えましょう。
先に述べたように二つのブロックで作られている五音階の中、どちらか一方のブロックと、そのブロックより2律離れた位置に新たなブロックを並べます。このこと図示すれば、【3】が【4】図となり、あるいは【2】図となります。あるいは、【4】の場合は【5】あるいは【3】の音列に転調します。右に転調するほど音楽的には高揚感を、左に転調する場合は沈み、悲しみの感じを与えるようです。
- 古曲の多くは、前述のような陰、陽や、別の宮音に転調しています。
転調すれば使われる音(指遣い記号)が違ってきます。
尺八譜をみて、表の記号と照合すればどのように変化しているのか理解できると思います。
注意することは、全てが一致するとも言えないので柔軟に対処する必要があります。
一致しない音が有れば何故ここでその音が使われたのかを考えれば、演奏のポイントにも成りうるからです。
- 具体的に図Uの使い方を説明します。
参考譜面は琴古社の尺八譜「新高砂」を使ってみましょう。
最初の行で使われている音は、
ロ、リ、ウ、レ、ツメリの五音です。上図Uでは、【3】パターンの宮音がレの陰旋律(略して、レ調陰旋律)に該当します。
その後、チが出現しますが、これは陰旋律から陽旋律律に転調したのか【4】パターンの宮音がロ調に転調したものと考えられます。この場合部分的に、ロ調陰旋律と考えるのが妥当でしょう。リ-リ-レ-リは、【3】を経て【2】のリ調に転調しています。イ(本当はイのメリ)が出てくるのでこれは、【2】であることに間違い有りません。次のレ-レで【3】-【4】に戻り、チ-レ-ツ-ロは【4】転調が完了しています。ヒメリ(リメリ)が出てきますが、これは同じく【4】と考えられます。
その後ウ音が出て、再びレ調陰旋律に戻りますが、すぐに、ツ、ロメリ(イメリ)が現れますので【2】に転調しています。
三行目にツ-ロメリ-リの旋律がありますがこれは【2】の旋律です。その後再びレ調に戻っています。
このようにこの曲は【4】と【2】の音階を絶えず行き来しています。(経過的に【3】を使いながら)すなわち、一越調と神仙調の、2律違いの5音階を上手く使っていることになります。
- ここでもう一度、都山流と琴古流の尺八指遣い記号(運指)について確認してみます。
琴古のチメリとウは指遣いが違っているが同音です。一般的には前者は甲音で、後者は乙音です。
ヒとリは同音ですが、甲・乙の違いがあります。(当然指遣い記号が違いますから、押さえが違っています)
同じくロとイは同音です。(この辺の処は微妙なのですが)
ヒ、リは都山ではハの音になります。
琴古のイメリは都山のリです。
- さて、高砂のような比較的小さな曲でも、頻繁に転調しています。そこで問題になるのが、音階を構成する各音の調音のことです。
単純に一つの調子で始めから最後まで続く様な曲に使うなら、調絃は純正律でイイかもしれません。然し、参考例の「新高砂」のように頻繁に転調している場合は純正律にこだわっていては問題があります。
そもそも純正律は、基準の音の倍音から導かれる音であるので、どこかで基準となる音と派生音の振動とが、規則正しく一致するところがあります。だから、聴いていて気持ちよく感じられるわけです。ところが平均律は機械的に1オクターブを12半音に割り振ったものですから、何処まで行っても複数の音同志の振動が一致しません。しかし、転調などの場合どの調子に転調してもそのずれが一定であり、ごく微妙なずれであるので、今日では広く使われています。
元に戻って、箏で演奏する場合、古曲が絶えず転調を繰り返しているので、当然基準となる宮音が変化しているわけですから、そのそのたびに基準音が変化するので、純正律に音を替えなくては成らなくなります。三味線の場合、ツボの位置で有る程度修正可能ですが、箏の場合はこういうことはかなり難しいと言わざるを得ません。尺八もしかりでしょう。たとえ吹く角度を変えてある程度修正可能ではありますが、純正律なんて言う笛があれば、本当は古曲も吹けなくなってしまいます。
- 次ぎにもう一曲、「千鳥の曲」についても少し検証してみましょう。この曲も、琴古
社の「千鳥の曲」譜です。後唄に入るところです。
後唄の少し前の部分では【3】パターンの陰旋律から【4】の旋律に移つりまた、【3】に戻っています。音階はチメリ、ツ、レ、リ、ロの音であり、ツは宮音レに対する導音であり、変移した音と考えられます。真ん中のところで、ツメリが出てきますが、全音であるツの間違いではなく、【4】に転調したものと考えられます。これは、その後のチの音によって確実なものとなります。
手事が終わり、後唄に入ってすぐに【2】になります。赤丸の音がポイントです。そして、、”ちどりのなく”のところ(赤コ印の処)で【4】に一飛びしていますが、その前の音リ-レを、【3】に転調したと読めないでもありません。
- 演奏するのに全曲を詳しく分析する必要があるかと言えば、これはかなり難しい問題ですが、旋律の中で特に音が複雑に変化している部分がある場合、転調がどのようにしているのか分析してみるのも曲をよく理解するのに役立つものと思います。
- 前にも述べましたように、古曲は邦楽理論を元に作曲されているのではありません。その逆で、多くの古曲に備えたある特徴的な法則を推測し、それどもって帰納的に各個に当てはめているのですから、当然整合しない部分があります。細かい部分にこだわっていては全体が見えなくなる恐れが有るので臨機応変に対処することが肝心だと思います。
また、新曲など明らかに洋楽理論に基づいた曲はこの理論に当てはまらないことを申し添えます。
- ここで図Uをもう一度見て下さい。
【3】パターンのから【5】の下に、本調子、二上がり、3下がりと書かれていますが、これは、三絃(三味線)の調絃の変化によって、転調するパターンを表しています。これはレ音が宮音の場合ですが、この三つのパターンを最初に調絃する宮音のパターンの処にスライドすれば使われる音の変化が表から読みとることが出来ます。
- いままで、多くの邦楽の理論解説書においては和音階の説明になぜか五線譜を使って説明されています。それというのも今日の音楽は、五線譜全盛時代だからそれはそれで致し方がないことだと思いませが、ここで今一度振り返って、五線譜とはなんだろうと考えてみましょう。
そもそも五線譜とはどういうものなのでしょう。
五線譜の歴史はそれほど古くはなく15世紀頃の鍵盤楽器用に創案されてものが発達した、記譜形式の一種です。
そのことに気が付けば調号記号(変化記号のシャープやフラット)が一つも無い五線譜に7音階の音を並べてみると(ハ長調)、ピアノの白鍵そのものを表していることに気が付きます。変化記号のある音は、即ち黒鍵の音であることにも気が付きます。白鍵から黒鍵に位置が変化する記号だったのです。
このような鍵盤楽器に便利な記譜法で、一越(D音)の音を宮音に置き、調号記号(シャープやフラットの変化記号)を用いて和音階を説明することがホントに正しいのでしょうか。私には少し無理があるように感じます。いや、本来見えるべきものが見えなくなってしいる恐れがあります。和音階の研究にはこういったことを踏まえ新しい成果が生まれることを期待する次第です。