「日本の面影」を読んで思うのは、山陰の情景描写がすばらしいということだ。
「神々の国の首都、杵築(きづき)、日本海に沿って」(角川ソフィア文庫「日本の面影」)、「美保関にて、日御碕にて、八重垣神社、狐、伯耆から隠岐へ」(「日本の面影U」)でハーンが描いた風景や風物詩はいまなお出雲、松江、境港、鳥取県西伯郡伯耆町へ行けば見ることができる。
ハーンの山陰についての文章に勝るとも劣らないのは、志賀直哉著「暗夜行路」の時任謙作が大山登頂時に見た(おそらく七合目から)米子市内と弓ヶ浜をのぞむ広大で、清々しい風景描写。
明治j代まで出雲大社が杵築大社と呼ばれ、土地名も杵築だった。「日本の面影」には「杵築 日本最古の神社」と記されている。古事記には「国譲り」、すなわち、大国主命が大和政権に国を譲り、大国主命が出雲大社に祀られたと記す。
伊勢神宮の天照大神を最高神とするのは、国譲りを受けた中央政府の虚構というふうに考えると、伊勢神宮と出雲大社の違い、性格を理解できるかもしれない。太陽の神を崇めるなら諸人の理解も得られるだろう。
大国主命を出雲大社に引き籠もらせ、伊勢神宮の天照大神こそが正統な皇祖神である。中央政府は史実と神話をないまぜにした記紀をつくらせPRする。勝てば官軍、負ければ賊軍。細工は流々、仕上げを御覧じろ。
古事記は官製ストーリーなのだが、作者は中央政府の意思とは別の英雄譚を語る。一部の貴族にしか伝わらなかった物語は江戸時代になって本居宣長が「古事記伝」を著したことによって広く知られる。私たちが興味を持つのは大和政権の正当性ではない、ヤマトタケルの活躍や海彦、山彦の物語、あるいはコトシロヌシの犠牲である。
「日本の面影」の「杵築」の自然描写は秀逸。「陽光を受けて雲のように金色に霞む幻の船は、どこか透き通るように見え、まるでほのかに青い光の中で宙に浮かんでいるようであった」。名文なのだが、訳者が3度も「ように」を使っている。
「すみれ色の北山が、落日に向って大きな山影を伸ばしている。そしてそれが、西の空に伸びるにつれて、色はだんだんとあせていき、突然、幽霊が姿を消すかのように、はるか彼方の空に消え失せた」。
「どれを見ても美しく、いくら時が経てども、変わらない。畦道は、見渡すかぎりどこまでも、紙の白羽をつけた祈願の守り矢が点在する水田の中を縫うように続いている」。「ように」が2度。「縫うように続いている」は「縫って続く」と記すほうがよいのでは。
「左手には、緑の山々が続く。右手には、紫色の連峰が西へ西へと幻影を重ね合うように霞んでいき、しまいには大気の中へ溶けこんでいる」。「こうした風景の単調さを破るものがあるとすれば、ときおり通り抜ける美しい村や、路傍にたたずむ興味深い石像や石碑ぐらいである」。
明治期以降の作家、詩人はハーンの文章の影響を受けている。同時期の日本人作家と較べて自然描写が克明で緻密、美的感覚にすぐれているからだ。
小生の父は鳥取市で生まれ育った。将校として大陸に従軍し、終戦で帰国後、鳥取の女学校を卒業後、鳥取市内に住んでいた母と結婚、その後京阪神へ出た。小生は両親が借りていた百姓家の離れで産湯をつかった。
伯母のひとりは鳥取県庁勤務の男性に嫁ぎ、もうひとりの伯母は戦前、外国航路の貿易会社勤務の男と米子で暮らす。米子の伯父が外国航路の話をしてくれたのは晩年だった。ホンジュラスの港、サンフランシスコなどに寄港、上陸。北米では日本人排斥運動のさなか、二度と行きたくないと言っていた。伯母は「極楽は日が短い」と言った。
米子と松江の距離は約35キロ。鉄道のなかった時代、徒歩で10時間。文化交流も容易なお隣さん。趣味人だった松江藩七代目当主・松平不昧は松江、米子の有名人で、両市の住民は明治期になって抹茶をたしなみ、松平の殿様は不昧公と尊称され、市民の生活に溶けこんでいた。
松江には不昧公のおかげもあって和菓子屋が繁盛。金沢の有名老舗和菓子店は代替わりし、新しい女将が和三盆を砂糖にかえ、和三盆の上品な甘さは失われ、甘くなりすぎた。松江の和菓子屋は和三盆を使いつづけているので味は保たれている。仰げば尊し「我が師」の恩。
有名な怪談「鳥取の布団」は「日本の面影」の「日本海に沿って」に出てくる。浜村温泉の宿で女中が語り、朝ドラ「ばけばけ」では主人公(小泉セツ)が語る。「あにさん、寒かろう」。「おまえ、寒かろう」というくだりが切々と訴えかけてくる。ハーンが山陰に深く傾倒したのは山河だけではない、民話も彼の心を揺さぶったのだ。
浜村の墓地の話は山陰に住む人々そのものかもしれない。奥に立つ墓の前に御膳が供えてある。ごちそうが美しく、つつましやかの盛られ、新しい箸、小さな湯飲み茶碗もそえられ、料理のいくつかは湯気を立てていた。情愛の深い女性が供えた心づくしの品々。小さな草履の跡が、道にくっきり残っていた。
令和の昨今、テレビほかのメディアが盛んにグルメを紹介し、世は空前のグルメブーム。低料金のものから高額なものまで多種多様。老いも若きも寄ると触るとグルメ談議。
かれらは知らない、一杯のお茶と菓子があれば満ち足りた気持ちになる日の来ることを。これを書きつつ、好物の駄菓子を食べるのを楽しみにしている老人のいることを。
(未完)
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