2003.02.09 (Sun)   ラ・ロシュフコー箴言集(二宮フサ子訳 岩波文庫)
 
 『われわれが新しい知り合いを好むわけは、旧知の人々に飽きたとか、目先を変えるのが楽しいからというよりも、むしろ、われわれをあまりにもよく知っている人たちからは充分に誉めそやしてもらえない忌々しさと、彼らほどよくわれわれを知らない人ならもっと誉めてくれるだろうという希望のせいなのである』(Maximes178)
 
 フランソワ6世・ド・ラ・ロシュフコー(またはロシュフーコー)は1613年9月15日パリに生まれ、1680年3月16〜17日パリで没した。没時ロシュフコーは公爵であったが、父フランソワ5世が1622年に貴族最高位の公爵に叙任されているので、ロシュフコーは家督と共に爵位も相続したわけである。しかし、彼は爵位云々より剣士として名を馳せ、さらに著作(箴言集)によって後世にその名をとどめた。
 
 ラ・ロシュフコーから遡ること約100年、ミシェル・ド・モンテ−ニュの大作「エセー」同様、フランスが生んだ箴言、警句の珠玉とでもいうべきか、何度読んでも、読むときの自分の年齢と状況に応じた新たな発見があって面白い。「エセー」が歴史上の人物や語録を引用して背景と心理を克明に描写しているのに比べて、警句を羅列しているにすぎないという批判もないわけではないが、面白いものは小賢しい批判などまったく寄せつけず面白いという次第なのである。
 
 原文をどう料理するか、つまりはいかに翻訳するかは訳者の腕ひとつにかかっており、その点岩波版は見事な翻訳ぶりである。渡辺一夫氏、原二郎氏、井上究一郎氏の没後、仏文界にこの人ありという訳者が輩出しなかったせいか、いっそうその思いが強い。しかしこの傾向は何もフランス文学にかぎったことではなく、欧羅巴の読物を翻訳する研究者、著作家全般にいえることであるようにも思える。一部の訳者を除けば惨憺たる有様で、これもひとえに出版社の怠慢というほかない。
 
 近年、出版にかかわる者たちは何かというと手近なところで間に合わせようとして、優れた訳者を探す努力を怠っている。都内とその周辺のみという狭いテリトリーを物色するだけでは腕のいい翻訳者は見つかりっこない。優秀な者はみな都内にあつまるなどという頑迷さがその傾向にいっそうの拍車をかけている。何とかならないものか。
 
 さて、箴言集に関しては書評を述べるより、箴言の日本語訳をそのまま引用するにしくはない、世代や状況によってはチンプンカンプン、あるいはつまらない警句もあると思うが、まずは以下に列挙いたしましょう。
 
 『自分の与えた恩恵にそれなりの感謝を期待しても見込み違いになるわけは、恩恵を与える側の傲慢と受ける側の傲慢が、恩恵の値段について折り合えないためである』(Maximes225)   [以下MaximesはMと表記]
 
 『幸福な人びとはめったに自分の非を改めない。そして運が彼らの悪行を支えているに過ぎない時でも、きまって自分が正しいのだと信じている』(M227)
 
 『自分が間違っているとはどうしても認めようとしない人以上にたびたび間違いを犯す人はいない』(M386)
 
 『友達の悲運も、それが彼らに対するわれわれの友情を示すのに役に立てば、それだけでわれわれは悲運のことはさっさと忘れてしまう』(M235)
 
 『充分に検討せずに悪ときめつける性急さは、傲慢と怠惰のあらわれである。人は罪人を見つけようと欲して、罪状を検討する労を厭うのである』(M267)
 
 『人の偉さにも果物と同じように旬がある』(M291)
 
 『人間一般を知ることは、一人の人間を知るよりもたやすい』(M436)
 
 『われわれは相手にうんざりしても、その人を大目に見てやることが多いが、われわれにうんざりするような相手は、容赦できない』(M304)
 
 『自分について話す時にわれわれが味わう無上の楽しさは、聞かされている人がその楽しさを共にするはずはほとんどない、という不安を、われわれに抱かせるべきなのである』(M314)
 
 『信頼は才気以上に会話を潤す』(M421)
 
 『われわれは友達に対して、われわれ自身に累を及ぼさない欠点は容易に許す』(M428)
 
 『恋する女は、どちらかといえば、相手の小さな不実よりも大きな無分別のほうをあっさり赦す』(M429)
 
 『大らかさと見えるものも、実は小利に目をくれずに大利をねらう、偽装した野心に過ぎないことが多い』(M246)
 
 『われわれの憎悪があまりにも激しい時、その憎悪はわれわれを、憎んでいる相手よりも一段劣る人間にする』(M338)
 
 『大多数の若者は、単にぶしつけで粗野であるに過ぎないのに、自分を自然だと思いこんでいる』(M372)
 
 『みんなが従っている意見にどこまでも頑固に反対する人がいるのは、不明のせいよりも傲慢からであることが多い。正論の側の上座がふさがっているのを見て、下座につくのは嫌だというわけである』(M234)
 
 『真の雄弁は、言うべきことをすべて言い、かつ言うべきことしか言わないところにある』(M250)
 
 そして、ラ・ロシュフコーは箴言集の「考察」で次のように述べている。
 
 『歴史は世界に起こることをわれわれに教えるが、重大な出来事も平凡な出来事も同じように伝える。この玉石混淆は、各世紀の中に含まれている驚くべきことどもを、充分に注意深く見わけることを往々にして妨げる。現在われわれが生きているこの世紀は、私の考えるところ、過去の諸世紀にも増して数多くの珍しい出来事を産んだ』と。
 
 ラ・ロシュフコーに関しては堀田善衞の名著「ラ・ロシュフーコー公爵傳説」(集英社)があり、箴言集の著者の人生と行動の詳細、さらには17世紀フランスの歴史を見てきた者のごとく知ることができる。興味のある方には一読の値打ちありと思うが、それはさておき。
 
 闇にいると闇の暗さを把握できないこともあるが、日なたにいて闇の見えることは多い。だが日なたにいれば、単に闇の存在を知っているだけで、闇の深さや、闇の中に何があるか知ろうとしない人は多い。闇を知り、闇の深さを追究しようとする者にだけ闇は隠れた扉のありかを教え、さらに深く豊かな感性と知性の宝庫へと導いてくれるのではないだろうか。神が隠したとしかいいようのない自分自身の力や才覚が顕示される時が来るとすれば、それは不断の探求心によってである。
 
 逆説的な物言いをすれば、経験を研ぎ澄ますのは感性と探求心であり、表現は探求心という母から産まれたのである。ラ・ロシュフコーも、訳者・二宮フサ子さんもそうした強い探求心の持主であると思われる。いずれにせよ、「ラ・ロシュフコー箴言集」が数多(あまた)のモノ書きのバイブル、いや、虎の巻のひとつとなっていることに疑いの余地はない。

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