どんな体験でもそうだが、はじめての体験はなににもまさって忘れがたく、馥郁たる味わいの残るものである。はじめて旅したヨーロッパ、はじめてインドで食べた木なりマンゴ。それらは感動が脳からではなく直に皮膚に入って血管をかけめぐり、全身をわななかせる。
はじめてヨーロッパへ旅したのは1969年8月、期間はちょうど4週間、ヴェネチア、フィレンツェ、ピサ、アッシジ、シェナなどのイタリアのちいさな町、ハイデルベルグ、ケルン、バーデン・バーデンといったドイツの地方都市をいそいで旅した。
当時、都内の大学に在籍していて、海外旅行といえばハワイというほどハワイが海外旅行のメッカといってもよい時代だった。イタリアをメインに選択したのはまことに単純明快、美術館と遺跡、古い教会を見たかった。
夕映えが好きだった。旅先から出す絵ハガキは決まって夕景で、美しい夕映えに染まった絵ハガキが見つかるまで町中のギフトショップや書店を探し歩いた。これはといった絵ハガキが見つからないとき、ほかの絵ハガキで妥協することはなかった。次の町でも、そのまた次の町でもそうした。そうするうちに納得のゆく絵ハガキを見つけることができた。
日中の景色とはちがって夕景は、あかるい町とは異なる様相を呈している。単に色の出具合のことをいっているのではない、色のことなら日中のほうが多くの色に満ちているし、そのほうが目にあざやかでわかりやすいだろう。
夕映えに染まった町は日中の景色を肉視している者でなければ、じっさいの色調はわからない。屋根や壁の色、樹々の色、さまざまな色に微妙な濃淡がある。
夕映えの色は茜色、橙色と相場は決まっていて、ほかの色すべてを二色で染めあげずにはおかない。建物も道も、人の衣服も顔もすべて濃いオレンジ色に変えてしまうのだ。それくらい勢いのある夕映えは空気の澄んだところならどこでもお目にかかれるだろう。
空気にどれくらいの勢いがあるか、そしてまた、どれくらい澄んでいるか、如実に示すのは昼間ではなく夕暮れなのである。都会にはこれが欠如している。勢いのある人間は数多くいるだろうが、空気に勢いがない、だから私は旅に出る。
昼間は明るすぎる。宵闇が少しずつせまる夕暮れの薄暗さに人は目を凝らし、多くを見ることができる。若かったころ、そんなことなど知るよしもなく、すべてを橙色や茜色に染める夕映えを愛したにすぎない。夕映え色は自分好みの色であってみれば、茜色と深くなじみを重ねることがすなわち色に耽ることだったのだ。
インドで食べた「木なり」マンゴは、タイ産のロイヤル・マンゴよりも色が濃い、表皮だけでなく中身の色も。タイ産はおおむね山吹色をしているが、インド産は橙色である。そしていうまでもなく、身(み)の味もインド産マンゴは濃密である。
はじめて食べたとき、世の中にこんなに美味しい果物があったのかと思った。舌にあたる感触がたとえようもなかった。舌がとろけるようで、口腔がムズムズするうまさだった。食べものでああいう感覚を味わったのはほかになく、溶けかかった柔らかいバターにバターナイフを入れたときのあの感触に似ていた。
愛した女は、十分に熟していなかったけれど、熟れぐあいのしっとり感、すべすべ感、肌のきめこまかさがなんともいえず、完熟していないところがいい。
なじみをかさねるほどに互いの密度が高まるのは肌合いがよいからだ。若いころ、逢えない日々がつづいたときも女の感触がよみがえって気持ちは高ぶった。相手がどう感じていたかわからない、が、同じように思っていただろう。
愉悦のなかで強くよみがえるは快楽だった。30年以上前の出来事が昨今のように思える。快楽を読み取られるのを避けるかのように平然とする女性の表情、仕種。こんなことであたしを籠絡できないよと言わんばかりの顔つき。肉体の快楽を思い出せなくても、表情は忘れない。快楽であり続けるのは忘れないからだ。30年はあっという間である。
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