去年の夏もこれでもかという猛暑が続いた。ことしの熱波は一歩外に出ると身体が沸騰して茹であがりそうな炎暑。昨夏に較べて段違いに暑い。7月27日、やっとセミが鳴いた。鳴き方が控えめなのは炎暑と関係があるのだろうか。
食料品は週に3度買い出しにいく。魚肉類は冷凍していても、野菜を冷蔵庫にためるのは避ける。運びきれないほどの野菜、加工食品を買いだめする女性を見るが、ぜんぶ片付けているのだろうか。3分の1は捨てるような気がする。
食品選びは面倒。自分的には野菜の色、形、しなり具合などを見て、できるだけ鮮度のよいものを選ぶ。新鮮な野菜は味もいい。しかし時々だまされることもある。特にトマト。
見た目と違って甘くないトマトに当たったとき、こんなものを店頭に置くなよと言いたくなる。ひとり暮しだから少量しか買わないけれど、まずいトマトは生で食べず、煮込むかトマトソースにする。
交流のあった男は食材選びがうまかった。ネギとか白菜、キャベツならわかる。彼はジャガイモやタマネギといった根菜類の選び方もよく、どこをどう選別するのか教えてもらいたかったが、そんなことも知らないのかと思われるのがイヤで尋ねなかった。
彼の自宅には60坪の畑があり、祖父がさまざまな野菜を育てていた。タマネギ、ジャガイモも栽培していたらしく、子どものころから経験で見分け方を知っていたのだろう。
食材に限らず、外食するとき、あたしの知らないおいしいものがあるのではと思うとお腹が鳴る。彼はあたしのお腹を読む。初めてのレストランへ行き、食べたことのない料理を食べる。二品食べてもまだ食べ足りないとき、一品追加して彼とシェアする。ほとんどあたしが食べてしまうのだけれど。
お腹がすくとご機嫌斜めになると読まれているから、そういうときは陽気を装う。ふだんも陽気なので特に変わりはない。なのに彼は、早めの夕食にしようと促す。まだ早いよと一応言ってはみるが、お腹はせかせる。男には逆らえてもお腹には逆らえません。
それやこれやでそこかしこのレストランでめずらしい料理を食べさせてもらったが、2年くらいたつと行きつけのレストランは数店にしぼられてきた。銀座のイタリア料理店、新宿のインド料理店、赤坂のシチュー専門店ほか。「ほか」と書いたのは、そのほかはあまりに昔のことで思い出せないのだ。
赤坂のシチュー料理店「シチュー・ド・ケトル」でビーフシチューを食べた翌月、彼があたしの家に来てビーフシチューを作った。牛肉、マッシュルーム、ベビーオニオン、ブイヨンの下味のコンソメ(の素)、赤ワインは彼が下宿先の渋谷で買い、タマネギ、じゃがいも、ニンジン、トマトピューレはあたしが大宮で買った。マッシュルームは当時、ホワイトは日本で栽培されておらず、ブラウン・マッシュルームしか売ってなかった。
5時間かけたビーフシチューは絶品で、シチュー・ド・ケトルより美味。とろ火で煮込む時間が長ければもっとおいしくなると言う彼に対して、お腹をすかせたあたしは「早く食べようよ」と却下した。
話題は食べる量より豊富だった。一度話したことを二度話さなかった。同じ話をするのは健忘症人間がやればよい。健忘症人間は何度でも同じ話をする。聞かされる相手はたまったものじゃない。
男が去り、顔もみたくない、思い出したくもないと思って数十年過ごした。いまになれば彼の抜群の記憶力が懐かしい。あれほど話が通じたのは空前絶後といっても過言ではない。昔話をしても打てば響く対応をする。健忘症人間はつまらない。昔話をしてもおぼえているのは二つか三つ、「そんなことあったか」とハテナ顔をされて話にならない。
昔の知人に健忘症人間がいた。恐妻家で仕事にしがみつき、意気地がなく、有給休暇をまったく取らず、元々旅行好きではなかったから旅の経験は皆無に等しい。話題も少ない。趣味は若い女性をウォッチングすること。
そういう人生を過ごすと、経験の豊かさのなんたるやを理解できなくなる。救いは、感性の乏しさに気づかず、悩まずにすむことである。
35年くらい前、妹の家族とファミリーレストランで食事した。ファミレスは初めてだった。何を食べたのか思い出せないが、どうしたらこんな味になるのかと思うほどまずかった。以来ファミリーレストランは行かない。
世代が違うと許容しがたい味でも問題にしなくなる。そういう世代が料理人をやっても、食べにくる世代もそういう味に慣れているから平気なのか。
自分が何を言ったかよく思い出せないが、彼なら多くを記憶にとどめているだろう。過去のあたしが言ったことを現在のあたしが論じるのもわるくない。会話の材料は彼が持ち、味つけはあたしがやる。
料理の味つけは彼に軍配を上げても会話ならあたしだね。何を話すのか。考えるまでもない。あのころ聞けなかったことを聞く。自問だけして話さなかったことを。
彼と奈良の古刹へ行くと、「奈良の仏より生き仏」と言った。飛鳥時代・奈良時代の仏像だけが美術ではなく、美しい女も美術という意味だ。「美しくない女はガラクタなの?」と言うと、「そこまで考えなかった」と応える。ウソだよ、そこまで考えて「生き仏」と言っているのだ。
古寺の本堂、観音堂、美術館などに鎮座していない仏像にもみるべきもの、美しいものはある。多くの見物人は陳列されている作品、美術評論家、専門家の評価が高いものだけに目を奪われ、評者の文言をアタマに刷り込んでいる。
しかし美は多様であり、観察眼も審美眼も多様。美の評価を他者に委ねていいのだろうか。専門家が美しい女と評しているので好きになりましたと言うバカはいない。
いや、世の中広いから主体性のない、模倣人間はいるかもしれない。主体性がなくても誰が責めるわけでもないし、当人は主体性のなさを自覚していない。
古美術への関心は識別眼を育て、鑑賞を続けることによって感性も豊かになるだろう。とかく凡庸な人間は古美術鑑賞を高尚なもので、卑近なものの鑑賞を低劣と思いがち。仏像の美が高尚で、女性の美は低俗と誰が決めたのか。大学教授や専門家のなかにそういう者がいるとしたら、美しい女性と縁がないか、奥方が不美人なのか。
美しいから魅了される。しかし美しくなくても魅了される。魅了されるのは思い出や思慕があるからこそ。思慕はいつしか愛となる。思慕も愛も美しさと関係ないように見えるけれど、思慕も愛もそれ自体が花であり、美なのである。
老齢となって体力、記憶力が著しくおとろえ、発想力が乏しくなっても、思い出す力は健在。ほんとうは健在ではないのだが、そう思おうと自分を励ましつつ猛暑に耐えている。
2017年7月19日 京都市下京区 渉成園

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